異世界で始まるローグライフ
………さて。
どうやら俺は、俺を拾ったらしいこの集団、「ならず者集団」………平たく言って「傭兵団」、良く言えば「何でも屋」、悪く言うなら「野盗の一味」………に加えられることになった。
どこからか巨大なケモノ(皆はただ一言『魔物』と呼んでいた)を狩ってきたり、出所の知れない金品などの貴重品をアジトに持ち帰り、選び抜き、加工して、またどこかへ物品を持って行く―――そんな彼らの、何らかの仕事の片棒を担がされるのか。
ファンタジー世界に転移した身にて、まさかの初手からアウトロー……ワイルドライフ。
まさかまさか、どこかにギルドでもあって、そこで報奨金をもらって日銭を稼ぐ生活、その集団の下っ端として働くということ。この五感で感じるリアルさ、生々しさは、時に危機感も味わわせてくれる。
俺、売られたりしないよね? ね? ひとの臓器勝手に売ったりとか、しないでよ……?
まぁしかし、最初から本格的に何かをさせられるわけじゃない。俺みたいな心根も身体も貧弱なガキにできることなど、高が知れている。
言うなれば研修生。
今の俺は「ならず者見習い」だ。
ただ意外なことに、憶えること、やるべきことは多岐に渡る。
「おい新入り! てめぇそんなことにいつまで時間かけてやがる! さっさとこっち掃除しとけ!」
「はいぃ! すみませーんッ!」
例えば、埃っぽい洞窟内の掃除。
「あれ? 水は?」
「―――おい新入り! 先輩の使う水がねぇじゃねぇか!」
「はいぃ! ただいま井戸から汲んで参りますぅ!」
水汲み。
「おいこら! エサはやっとけって言ったろうが! 家畜を死なせたりでもしてみろ、俺らが飢えたら真っ先に殺すのはテメェだからな!?」
「はいぃ! わ、忘れないようにしますぅ!」
家畜のエサやり。
ちなみに、洞窟の外に農場や牧場らしきものがあり、そこで作物の生産と家畜の飼育を並行して行っていた。
………だから、新入りとはいえ俺の負担がものすごいわけだよな。
「おい新入り!」
「はい~!」
とはいえ、そんな感じで。
「おい!」
「はい!」
「これ」
「やっときます!」
俺も、少しずつではあるが。
「おい」
「はい!」
「相変わらず返事が良いな……」
「取柄ですから」
ならず者達との共同生活に、慣れてきていた。
「おい、しんい―――」
「ここに」
「うおっ!? きゅ、急に現れるじゃねぇよテメェよ………」
いい加減、俺も順応するというものだ。
なにせ、いきなり「強面のおっさん牛耳るムキムキ男女の住まう巣窟」で暮らすことになったのだ。
まぁ、飯にもありつけるし、何より今の俺の現状を説明するための知識も得られる。
メリットが大きく自分に害が無いとなれば、それこそ固辞する理由もあるまいし。
加えてこの洞窟が、意外なことに、慣れればそこまで悪い環境でもないように思えた。
「………よぉ」
「はい。こんにちは」
やたら俺に用件を言い付けてくる男共にも、もう慣れた。
すれ違う時にシカトなんてしたことないけれども、もしそんな無礼を働けば激怒すること間違いない連中だ。新入りには厳しいからな、彼ら。
とはいえ、冷たい、という方向性ではないのはありがたい。
どちらかと言えば熱血系、そういった方向性での厳しさだ。要するに体育会系ってやつ。
後輩に多少の辺りがキツいのは、先輩達にも「自分は先輩である」という自覚があることの表れだろう。
おそらくは、この集団の長―――「オヤジ」さんを、皆が尊敬し慕っているから、荒くれ達も秩序を守ろうとしているのだ。
彼の方針であるということ以上に、自分の時も似たように受け入れてもらった経験が、ああいう態度に表れている。
俺が雑用係として生活する中、皆の出自や身の上話を小耳に挟んだだけでも、皆がオヤジさんに拾われてここにいるのは間違いなさそうだったしな。
「………もう半年か」
「はい」
「慣れたか?」
「はい、少しは。自分などまだまだですけれども」
「……ケッ。謙虚ぶりやがって……」
謙虚ぶる、なんてのは割と初めて聞く部類の台詞だが、こちらでも多少は謙虚を美徳とする習慣があるのだろうか。
このように、毎日は小さな発見が意外と多く、俺にとって楽しいものだった。
そして、中には大きな発見も紛れている。
そう―――例えば、魔力。あるいは魔法。
そういった概念が、現象が、技術が―――歴然とした現実として、世に存在していることである。
「その歳で魔法の一つもロクに知らねぇなんて………お前、今まで土の中に埋まってたのか?」
「アハハ……」
田舎の芋野郎、みたいに言いたいのだろう、そんな罵倒というかスラングであるように思われた。
実際俺は何も知らなかったのだから、そのように言われるのも仕方ない。おかげで、面白くもないのに愛想笑いをする羽目になる。
だって魔法とか、俺のいた世界には存在しなかったし。いや創作上には溢れていたけどな?
「しょうがねぇな………つっても俺も魔法は全然だからよ、基礎くらいしか教えてやれねぇけども」
「魔法を教えてくださるんですか!? ありがとうニールのアニキ!!」
「うおっ来るな抱き着くな気色悪ぃ俺にはそんな趣味はねぇんだよ!」
つっけんどんな物言いが目立つが面倒見は良かったニールのアニキ。ニールニキ。彼に精いっぱい応えるべく、俺はこの世界での魔法、あるいは魔力なるものの知識やその実行について、学習を始めた。
………そんなわけで、異世界出身の俺でも、むくつけき屈強な男共に、あるいは少しワイルドなマダムや年上お姉さん達に、手取り足取り教えてもらい、魔法のいくつかを何とか習得することに成功したのだった。
さて、俺のいた地球……前の世界と、この世界とではおそらく一番の差異となるであろう、『魔法』について触れておこう。
と言っても、それほど奇想天外な何かではなかった。俺の知る創作上の描写がいくらか当てはまるような―――まるで、地球にある魔法概念も、魔法の存在する世界から来た人間が伝えたのではないかというほど―――元の世界で俺が見聞きしたものと、かなり似通ったもの。その辺の考察もいずれすべきかもしれないが………今はいいだろう。
とにかく、魔法だ。
おとぎ話に伝わる超常の力、現象。
これに実感が伴うと、やはり感動を覚えるものだった。
魔法に詠唱が必要だっていうのは、何だか前の世界で見たファンタジーそのままだったので驚くやら、納得するやら………しかしその行使は、何というか、生々しい。
一応ながら、決められたやり方が存在する。
独特の声の出し方、少し呼吸の調子を変えて、決められた文言を口にするというもの。
その際、身体の内側の魔力………俺の世界で言うところの気(?)のようなものを意識して、何というか、身体の中のソレを巡らせるらしい。
そうすると、声にマナが乗るのだとか。その辺の説明は感覚的なものだったのでやや分かりにくかったが……俺なりに理解はできたと思う。
声にマナを乗せて呪文を唱えるという行為には、それ自体に魔法的な作用があったりというような、劇的な変化があるわけでもない。つまり大した出力でもないが、そのマナを含んだ声により紡がれる呪文が、不自然な物理現象を引き起こすのだ。
空中に現れた水球(ただし重力に引かれてすぐに落下してしまうので、そもそも大きくはならないが)、薪もくべていないのに空中で燃え上がる炎、手も触れていないのに窪んだり隆起したりする地面などなど。
呪文を唱えた途端、物理現象が身体から、何というか、スタミナとも違うものが(この世界ではコレを魔力と)
では、実際にやってみよう。
例えば―――。
「豊穣の神、小さき恵みを司る精霊達よ、我に水の加護を与えたまえ―――【瓶を満たす水】」
こんな風に、少々小難しい詠唱をし、身体の中に不思議な温かみ(?)のようなものが渦巻いたら、あら不思議。
チャププ……と。
どこから湧き出ているのでしょうかこの水は、まるで魔法のように水瓶を水が満たしていくではありませんか。
底の方から、透明な水の水位が上がり、上がり、上がって、そして八割ほどを満たしたところで、俺は集中を解く。同時に魔法の行使も止まった。
目の前には、水で満たされた水瓶が。
……水、魔法で注げたんですけど。
川に汲みに行ったりとか、前の世界での常識は? いやいやそんな面倒なことはしないのだ。
まるで魔法のようなことが、現実に起こる。
………いや、魔法なのだ。紛れもない、現実に存在する魔法なのだ。
「何度見てもすげぇな………」
水瓶自体は、例えば前の世界で言う中世の資料にあるような土器や陶器みたいな、素朴な見た目をしているくせに、中に満ちているのはたった今魔法によって創られたばかりの清潔な水である。
だから近くに川とか湖がなくても、水筒など持っていなかったとしても、毎日毎日魔力がチャージされる高性能な魔法使いが一人いれば、少なくとも幾人かの集団については、水分の心配がなくなるわけだ。
うーん………何とも。
悩ましいね、この現実離れした現実を、どうやら受け入れなければならないときてる。
実際、魔法自体はとても便利なものだが……それについて、あえて言葉を選ばずに言わせてもらうなら、「だからその分、人の生活が原始的なままなのでは」という話。
まぁ、俺の知る人類の歴史でも、人は火の使い方を覚えてから文明を進めるのにも大分時間をかけたようだし、そんなもんだろうか。
俺の知る人類史では、人類は大河の近くとか、とにかく真水の採れる水源周辺、流域で原初の文明を発展させた。魔法で簡単にこの量の水が手に入るのなら、これを大規模に行えば、湖や河川から水を引くという行為の必要性自体が薄れることになる。農業の基礎、というか灌漑と言う作業からして、常識と定石が根底から覆る。
「とりあえず、俺の身に着けた常識が通じないことが多いってのは、肝に銘じておかないとな」
一見似通っているように見えるが、ひょっとしなくともこの世界は、この星は、地球とは異なる歴史を辿っている、異なる文化や常識を持っている。そう見た方がいい。
「分からないもんだな………」
俺以外にも、雑用専門ではないが各人が何らかの仕事をして回しているこの傭兵団。皆勤勉だし、俺のいた世界でも昔はこんな光景が普通だったのかなとも思う。
分からないものだ。これが、魔法が当たり前の世界に生きる人間の暮らしということだろうか。
俺は水汲み(水注ぎ)の雑用をしながら、自分が今は異世界におり、そこで暮らしているということを実感するのだった。




