覚醒
オヤジに言われたこと。
しかし、思いのほかアレが自分の中でしっくりきていることに驚く。
“万能”を超える“全能”。
今の俺が、強くなり、生き残る上での一つの指針。
それは、必ずしも魔法のレパートリーなどに限った話ではなく―――。
「――ソウジ!?」
振り返ったエレンが、驚愕の表情を浮かべる。
そりゃそうだろう、俺は今、素手で魔物を殴り飛ばしたからだ。
「………おぉ」
自分でやっておいて何だが、驚いてしまう。
だって、思いのほか拳に威力が乗っていたのだ。乗せることができたのだ。
膂力で言えば、前の世界で成人していた俺の肉体より、今の十歳くらいの少年の肉体の方が力が遥かに強いように思う。
これは「異世界だから」で説明がつく事態なんだろうか。
歳の割に筋肉質だとは思うこの身体に、まさか実際に(というかいつの間にか)魔物を殴り飛ばせるだけの膂力が宿るとは思わなかった。
これは………いや、考えてみれば兆候はあったのだろう。
例えば狩猟に出た時、小さな体に不釣り合いなほどの大きな獲物を引きずって歩くことができたのも、そうだ。
やたらめったら疲労に強いのも、そうだ。
俺の身体は、やはり良い意味でおかしい。
同時に、前の世界での自分自身を思えば、奇妙な変化であることこの上ないが。
若返った肉体に、俺の知らない力が宿っていた件、なんてな―――。
「すっご………」
「な」
エレンがこちらを見て驚嘆するのと同じく、俺自身、この説明のつかない怪力に感心してしまう。
これが日々の雑用の成果か……!
………と、俺のボンクラな部分がソレで納得したがっているが、おそらくそうではない。
この世界に来て、肉体が若返ったのとはまた別の要素。
俺自身の身体に変化した、忘れてはならない、重大な変化―――。
そう。
魔法が使えること。
―――魔力が、この身に宿っていること。
「………そういうことか」
おそらく、俺は今「武人」としてのスタートラインに立っているのだ。
というのも、これは―――例えば、俺の身にだけ生じたものではなく。
「―――ッラァ!」
前方少し遠くで、剛腕モッチを筆頭に、怪力を振るう人間なんかがそうだろう。
あれは―――単に筋骨隆々だから、とかそういう話ではない。
それでは説明がつかないほどの怪力、そして俊敏さ。
モッチという分かりやすい例がいてくれて助かった。対象がオヤジでも「まぁオヤジなら」と納得してしまったろうし、ニールやドラのアニキ達はそもそも戦うスタイルが違うから、この「魔力があることによる出力の増加」というタネに気付けなかった。
………そうだ。
この感覚、思い付き、閃き―――何より、俺の直感が正しければ。
身に宿った魔力は、身体能力を著しく向上させることがある。
「今の俺には魔力の感覚が分かっていて………身体の中をどう巡らせればいいか、それも分かるし………ということは………ということは………」
仮説を立証するために必要なだけの魔力はある。今の俺は―――この世界に来た今の俺は、それが使える。
身体の中を満たす、温かい水のような。
身体の内部に魔力らしいものがある感覚。これだ。
しかし常日頃から、末端神経に流れる魔力まで把握し、コントロールしているわけでもない。
魔力の流れを(それも、かなり何となく)意識するのは、魔法行使の際だけ。
これを、意識的に、そう、例えば―――体術に活かそう、と考えた場合。
そうだ、これをどうにか、魔力をどうにか、体術として出力できないか!?
「………」
魔法を行使する要領で、しかし魔法として出力はしない。
体内で循環させ、活性化させた魔力を、そのまま留める。
魔法という現象として出力させず、もっと別の、カロリーとはまた別の消費エネルギー概念として成立させるように。
………けれども、それには新たな何かが必要だった。
何か………何か………分からない………何だ………………あともう少し、あともう少しでコツが掴めそうなのに……!
何かがまだ、足りない!!
「くっ……!」
身体に満ちる魔力をビンビンに感じているのに、これをいまいち膂力に転換できていない。
魔法を使うわけでもないのに、体内で活性化させた魔力を、爆発寸前のまま抑え込んで、フリーズ。
これでは魔力をドブに捨てているようなもの。
ここまで歯がゆい気持ちはいつ以来だろう。
それこそ元の世界で、今とそう肉体年齢が変わらない時分(魂と肉体年齢が一致していた幼少期)、常に感じていたものだ。
殻は破るべきだ。こんなところで、俺は立ち止まっていられない。
「―――ソウジっ!?」
「!!」
背後に迫る魔物の影。
俺は隊列の後方、そして新しい何かを生み出す作業に気を取られ、側面を抜けてなぜか俺に狙いを定めた魔物に気付かなかった。
飢えた野生の犬みたいな獣だ。
ただし人間の背丈の二倍ほどの体躯、そして顔程も大きな爪、牙を持っている、異形のモンスター。
今の俺なら、魔法一撃で葬れるし、拳も何発か当てることで昏倒が狙えるだろうが―――振り向きざま、対応が間に合うか怪しかった。
その異形の犬の攻撃範囲は、かなり広いことが明らかだった。
あれに対処するには、圧倒的にこちらの速さが足りない。
「ソウジ―――」
そこに、視界の端にちらりと映ったのがエレンだ。
彼女はなぜか、俺の方に駆け出している。
いやいや、そんなことをしたら、お前まで魔物の攻撃に巻き込まれるだろうに―――。
というかそもそも、光景がかなりゆっくりに見えるのはなぜだ―――いや、そうか、これが走馬灯?
いや違うな。
死の縁にある我が身、その危機を本能で感じ取った脳が、演算能力を高めているのだ。
………マズい、と思った。
自分の命が危ないから、ではない。
このままエレンがこちらに駆け寄って来たら、彼女まで魔物の攻撃に巻き込まれるだろうことを、その攻撃範囲を、俺の脳髄はかなり精確に予見できていた。
俺が死ぬだけなら、まだいい。
でも、例え死の間際でも、自分の目の前で大切な人が、仲間が死ぬのは、何よりも嫌だった。
「―――!」
クソが、という気持ちを口で発することができていたか、声になっていたかは怪しい。
それくらい必死だったし、こんなところで死んでたまるか、そして―――死なせてたまるか、と。
ふと、頭の中がクリアになる瞬間が訪れた。
―――この期に及んで、まだトラウマを回避しようというのか。
―――目の前で再び大切な人間がミンチになれば、おそらく俺は再起不能になる―――そんな防衛本能でも働いたか。
人間は、というか自分は、なんて現金だろうと思うと同時に、俺の身体の内部で………何かが弾けるように、急速に膨れ上がった。
同時に。
俺の頭では、ほとんど無意識に近い何かが―――閃きが、爆発していた。
「……―――」
何か言葉を発する間もない。明らかに、この時の自分は何かを思考する余裕はなかったはずだ。
それでも、良くない未来を精確に予見するほど演算能力を高めた脳と、それに連携する身体が、一つの解を導き出していた。
体感では、この状態になるのは光の速さにも似たスピードで行えた。
いつの間にか、この身体を隅々まで魔力が満たしている、そんな速さにすら思えたほどだ。
「―――」
クリアになった脳が見せる鮮明な視界の中で、異形の犬の魔物の前足が、大きな爪ごと爆散した。
同時に、俺が放った右の正拳突きで、異形の犬の頭部が、その硬い頭蓋骨ごと、こちらも爆散した。
「………………………………………えっ」
エレンの驚いた声が聞こえる。
見開いた目がキラリと光った。
斜め上、頭上から浴びる血のシャワーを受けながら、俺とエレンはその場に立ち尽くす。
どちらも意味合いは、理由は違えど、呆然としながら。
「そ、ソウジ………? ど、え、今の、どうやって………???」
「………………どうやったんだろうな」
どうやって、と言われてようやく、俺は先程の戦闘の過程を脳内で素早く組み立てる。
前方から、様子のおかしい俺達を心配したアニキ達が騒がしく駆け寄って来るのをぼうっと眺めながら、この脳は、いや身体は、先程の感覚を、反芻していた。
さながら本能が生存のために成功体験を憶えようとするのに任せ、身体感覚まで、この余韻に浸らせる。
先程のは、魔力で行う体術―――否。
魔力によって飛躍した、魔力で満たした身体ならではの体術。
実際にやってみるまで、俺は少々誤解をしていたようだ。この脳と身体で憶える前に、しっかりと認識を修正しておかなければ。
魔力を体術として出力するのではなく、魔力で体術をさらなる高みにある技術へと昇華させるのだ、と。
俺は、直前までの自身の思い違いを悟ると同時に―――修正した概念の元、新たな戦闘スタイルを確立した。
【魔装体術】。
魔力で満たした身体を、魔力ごとコントロールすることで、パワーもスピードも耐久力も、元の数倍から十数倍にまでポテンシャルを引き上げる、奥義。
後に“魔法の域にある体術”と言われるまでになる、れっきとした技術。
ある意味ではほぼ生涯に渡って使い続けることになる切り札を、俺はこの時手にしたのだった。




