やばい、怒られる!?
さて俺は、喋り疲れたのか急に静かになった爺さんの、その枯れ木みたいな身体を濡らした布で拭いてやってから部屋を出る。
最初は突然死んだのかと焦ったのだが、かすかに胸が上下していたし、眠ってしまったみたいだった。
急な電池切れは子犬や子猫だけにしてほしい。老人のソレはシャレにならない。マジで。心臓に悪いから。
それにしても気になるのは、爺さんの、あの不思議ちゃんの妄言みたいな台詞。
―――占い。
……と言っても、この世界であの手の占いがどれだけ信ぴょう性のあるものなのかは分からない。少なくとも現代ほど統計学や心理学に寄ってはいないだろうと思われるが、それにしても根拠が不明なままなのだ。爺さんってば急に眠っちまうしな。
「変な爺さんだったなぁ」
部屋を出る。
扉の周りの狭い空間を見回しても、やはり見覚えのない区画。眼前にはひと一人もすれ違えないような細道が伸びており、壁に挟まれたその狭い通路には、壁掛けの蝋燭等の照明すら見当たらない。
そんな通路を戻って行くと、見覚えのある区画に出た。
「………ここが、今までの俺にとっての『アジトの最奥』なんだよな」
ここはアジトの最奥……だったはず。しかし本当は、最奥ではなかった、ということ。さらに奥に隠し通路があったのだ。
狐に化かされた、というのはこういう感覚のことを言うのだろうか。
二年もこの洞窟で過ごしていて、このように未知の領域があることに驚く。
振り返ると、さもありなん。
「………通路が、なくなってら」
振り返ったところに、通路がない。
しかし近づくと、そこに通路があることが分かる。
じゃあ今のは、通路がなくなったのではなく、見えなくなった……?
今は、視界の中でいつの間にか、目の前の岸壁が割れ、そこに細道が伸びている……そんな感覚。
何コレ不思議。一歩下がると、途端に見えなくなる通路。目の前の通路は、ただの壁に見えてしまう。
………認識、に関する魔法だろうか?
特定の人物以外の目をくらませる魔法の類か?
何それ知らないんだけど―――と、俺は興味を引かれてそこらの壁を触ってみる。
触ってみても何の変哲もないが………いや、何か、壁の下の方に、魔力っぽい(?)何かを感じる。
そちらの方に手を動かして―――
バチッ
「痛ッ!」
触れたところ、静電気のようにバチッとした感触が手指の先に走った。
幸いにして、我が身に何ら害が及んだとは思えないが―――問題は。
「………やっべ」
どうしたことか、目の前には、壁の間に伸びる通路が。
おかしい、先程までは近づいて目を凝らさなければ見えなかったものが、もはや何の仕掛けもなく、ただそこに伸びる通路として存在していた。
数歩だけ後ろに下がっても、遠目からも、問題なく視認できてしまう。
「………やったか、これ」
やらかしました。
俺は、何か―――この通路を隠すために施されていた、魔法的な仕掛けを壊してしまったに違いない。
あの、何か壊した感触は………憶えているが、しかし壊すことはできても、当然ながら知らない魔法、知らない仕組み。俺にはこの隠蔽魔法をかけ直すことはできない。
とにもかくにもオヤジがひた隠しにしていたらしい区画だ、その装置に何かしたとあっては、俺にどんな処分が、いやそもそもなぜオヤジは隠していたのだ―――と。
そんな風に、色々と考えながら俺が戦慄していた時のことだ。
「―――んだよ、テメェかよ、ソウジ」
「!?!?!?」
視界の端に突如として出現した人物の方へ振り向く。
そこにいたのは―――。
「お、オヤジっ!?」
ゴツい体格。耳の下から顎までを髭が多い、目つき鋭く、顔や腕などに数多の古傷のある人物―――ムジーク、こと、オヤジ。
この傭兵団のカシラ。
「こんなところで何を!?」
「それはこっちの台詞だ。テメェこそ、こんなところで何してやがる」
やや不機嫌そうに、言うオヤジが、その辺の壁にもたれかかりながらこちらへ問う。
「その壁に施した隠匿魔法は、テメェが壊したんだな?」
壁の照明に照らされた顔の陰影が揺れており、表情も相まって、今の彼には普段とは少し違う凄みを感じた。




