洞窟最奥・秘されし開かずの間
我らがアジト、広大な洞窟内にあるその部屋は、今の今まで秘されていたところ、そして誰も口にしない場所。
いわゆる「開かずの間」的なところか。
とはいえ、今までひっそりと誰かが世話をしていたのだろう、壁の明かりは燃え続けており、通風孔などから入り込む風が、部屋の中に一定の気流を作り出していた。
「お前さんが新人か………話には、聞いているよ」
「………ッス」
扉から入り、俺はやや腰を引いたまま、遠慮がちに部屋の主の元へと歩を進める。
部屋の主である、寝たきりと思しき老人は、部屋の中央にある厳かな装飾の施された木製のベッドの上。身体を起こす素振りも見えないが……それは病気か、あるいは単に身体が衰えているからだと思われる。
「………」
豊かな白髭をたくわえた、枯れ木みたいな身体をしている老人の元へ向かうまでに少し考える。
なぜこの洞窟内に、しかも彼だけがこうして隠される形で、寝たきりでいるのか―――この年齢になるまで生き延びる人間が珍しいのもあるだろうが、本当の理由は別にある気もするんだよな。
タチの悪い病気等色々考えたが、この人の良さそうな老人が俺を招き入れる様子、誰かが世話をしているらしいのに重い病気の話は団内で聞いたことがないことからも、その線は薄いだろうという判断だ。
「本当に、若い、のう………」
ベッドの上の老人は、その傍らまで近づいた俺を見上げて、そう言った。
「すみません、なにぶん、初めて見かける部屋だったので来てしまいました」
「ほ………ほ………歳の割に、落ち着いた、子供じゃぁ………」
「……」
まぁ、精神年齢的にはどうか知らんが、少なくとも前世じゃあ二十代前半の肉体を持っていたわけだからな。まだまだガキだったけど、世間的にはいわゆる「大人」というやつだった。
スマホなど情報端末を使いこなして生活しなければならない年齢だったのだ、流石に落ち着いていなきゃヤバいだろう。自分と同じ年代で、ネットにアホみたいな動画をアップロードして、デジタルタトゥーの一つでもこさえていた人間も世の中には存在しているようだったが………。伝説的なネットミーム、もとい、ネットのオモチャにはなりたくないな。
「この部屋は、確かムジークが、魔法で隠していたと思ったがの。ほ……ほ………探し当てた魔法の使い手が、まさか、かような少年とは、の………」
老人の言葉は一々意味深だ。彼がボケているかもしれないことを考えれば、余り真に受け過ぎるのも危険かもしれない。
何はともあれ、ムジークこと傭兵団のカシラであるオヤジがどうやらご執心らしいこの老人には、俺も低姿勢を貫きつつ。
「何か、必要なものは?」
頭を切り替え、介護モード。
ともかく、この老人……爺さんが、今目を覚ましたばかりなら、トイレか、飯か、それとも身体を拭いてほしいとか理由があるかもしれない。
……養親はいい歳だったが、高齢者というほどでもなかったし、つまり俺にとって老人の世話なんて初めてだが。
「そう、じゃなぁ………………ほれ、もっと、こっち、来い………」
「はい」
ともあれ、爺さんはそう言って俺を呼んだ。手招きすらしないのは、まさか腕を持ち上げるだけの筋力すら失っているからじゃあるまいな。少し心配になる。
「………」
そして彼に近づいて、見て、分かった。
爺さんの身体は、枯れ木よりなお細い。
眉も髭も白く、顔のほとんどを覆い隠しているが、それでも分かるほど、しわくちゃな顔。
ほとんど骨と皮だけの手足。
胴体なんかには、うっすい毛布がかけられてあるけれども、おそらく肋骨だって浮いているだろう。
まず間違いなく、老い先短いご老体だ。
「ほ……ほ………子供ながらにめんこい、勇壮な、顔立ち、じゃの………」
「……ども」
基本的にオヤジとはやり取りがあるのだろうが、俺のことは初めて見るわけだし、こうして観察するのも自然なことか。
俺も、この部屋に入ったことはなかったし、ここにこんな寝たきり老人がいるなんていうのも、今知ったばかり。そのためこちらからも遠慮なく観察させてもらうとする。
「………」
「………」
無言の空間で老人と見つめ合う。何とも奇妙なことになってしまったなと思いつつ。
そもそもオヤジがこの部屋の存在を俺に隠していた理由は?
他の皆は知っているのか?
俺は、何かマズい秘密を知ってしまったのか?
……色々な懸念が浮かんでくる。
オヤジ以外にもこの部屋と寝たきり老人の存在を知っている者がいたとして、では、コレを放置していたというか、そっとしておいた理由は……?
「最近、星が騒がしいと思うとったが………」
「星……?」
老人が不思議ちゃんみたいなことを言った。
星が、騒がしい……だと?
この星から見える空の星々は音を出すのか……?
いや、そういうわけじゃないだろう。真空じゃ音は伝わらない。振動する空気がないからな。
だが、宇宙線は何種類も、それもたくさん宇宙空間を走っているわけだし、そう言った意味だろうか。
まぁ、現代日本でも顔芸が多彩な人間に「顔がうるさい」などと冗談でツッコミを入れたりするしな。
なお、この爺さんがボケている可能性もあるが―――そんな失礼な想定は、次の瞬間に打ち砕かれることとなる。
「なるほど、のぉ……。星たちが騒いでおるのは……お若いの……お前さんが、来たからか………」
「……!!」
しかし、あれこれと考えていた俺の思考は、爺さんの一言で現実に引き戻されてしまった。
この人、今、なんて……!?
「………俺が、来たから?」
「お前さん、異世界の、出じゃろう?」
「……!!」
物語は静かに、そして確かに、動き出していた。




