ソウジとアル(2)
俺がオヤジから魔法を習い始めて、一年が経過した。傭兵団に拾われた時から数えると、およそ二年と少し。
「猛き神、荒ぶる火の精霊達よ、我が威に薪をくべたまえ―――【火炎放射】!」
アルの綺麗な声が朗々と響き渡り、直後、轟々と燃える火炎が空を割るように天へと上った。地に突き立つ火柱のような、凄まじい勢いだ。
これは、空を飛んでいる一匹の巨大な魔獣に向けられている。
黒い羽毛に、黒い靄のようなオーラをまとったダチョウのような鳥。
一年ほど前から近辺に出没するようになった、普通の魔獣よりはるかに強い『黒魔獣』の内の、鳥型の一種だ。
『ピギャーッッ!!』
ダチョウの黒魔獣は、アルの火柱に飲まれて絶叫を上げると共に、滞空を解いた。
とてもあの巨体を支えられそうには思えない小さな羽のばたつきがなくなり、地面まで落ちていく。本当に、アイツはどんな原理で空を飛んでいたんだろうな。
「ソウジ、靄は剥がした! 落ちるよ!」
「サンキュー!」
火柱から出た鳥の見えるところに、目立つ傷はない。その代わり、黒い靄のような防護オーラが取れて、黒い羽毛が露わになっているのだ。
今は絶賛落下中。このまま行けばものすごい勢いで地面に叩きつけられることになるのだろうが―――。
しかし、それで、その程度で絶命する『黒魔獣』ではない。
飛翔する元気は失っても、空中で難なく体勢を立て直し、その健脚でしっかり地面に着地しようとすることはできるし―――現に、アレはそうしようとしていた。
だが逆に言えば、今のあのダチョウ型の黒魔獣が、空中で姿勢を整えるのがやっとということだ。
落下軌道を変えないのであれば、すぐに仕留められる。
―――そこだ。
「【ウォーターカッター】」
地面に落下してくるダチョウ型の黒魔獣を射程距離内に捉え、俺は必殺の水魔法を行使する。
落下する巨体に合わせ、偏差撃ちのために狙いを定めるまでもない。落下地点に、地面とは水平に【ウォーターカッター】を発射し続けるだけ。
地面にワイヤートラップを張るように。
すると、ちょうどそこに落ちてくるダチョウ型の黒魔獣は―――。
『ギャッ――――』
短い断末魔を上げ、ちょうど身体の中心から真っ二つに裂けて――――ケツから頭のてっぺんまで、綺麗な真っ二つになって―――死体の左右側が、ボトボトッ、と地面に落下した。
まるでゆで卵をカットするように。ところてんを切り出すように。自分からワイヤーに切られに行ったような、自然な切断。
威力抜群の【ウォーターカッター】のため、断面も綺麗なものだった。
「ナイスっ、ソウジっ!」
「うわっ……とと………」
魔獣をあっさり仕留め終えると、こちらに駆けて来たアルがこちらに抱き着いた。
香水なんかを使っているわけでもないはずなのに、というか衣服だって、香りが余りしないような同じ石けんで洗っているはずなのに、アルからは妙に良い香りがふわりと香る。
少なくとも肉体的な年齢では小学校高学年くらいにあたる俺達。
………何とも下世話な話だが、アルの胸は徐々に膨らんできており、今も俺の胸板にふにゅりと、小さくとも確かに柔らかい双丘の感触を、リアルに感じていた。
プラチナブロンドの髪色だから、伸ばせばかなりお姉さんっぽい見た目になるだろう。将来はとんでもない美人さんになりそうだとは思う。
……とはいえ。
あーあ、これが妙齢の美女だったらなー。んで、俺の身体も大人だったらなー。くんずほぐれつして、念願の童貞をお姉さんで卒業していたところだろうが、まぁ、ガキどうしの触れ合いはこんなもんだろうという感想の方が大きい。
「ちょっと、アル」
それはそうと、まだ気は抜けないので俺はアルをやんわりと落ち着かせる。
「ちょっとアル、危ないよ。まだ周囲に魔獣がいるかもしれないだろ」
「………むぅ」
「むっ!?」
不満そうに片頬を膨らませたアルが、人差し指で俺の唇をぷにっと突く。
「二人きりの時は、エ・レ・ン!」
「……そうだったな、エレン。ほら、危ないから離れて」
「もぉ………」
さて、彼女の期待通りに呼ぶと、不承不承ながらも俺の言う通り、離れてくれた。
アルはある時明かしてくれたが、本当の名前はアルでなくエレンというらしい。
まぁ、傭兵団にいる以上、俺やアルのようにガキの頃に拾われる者もいるし、過去の経歴から偽名を名乗りっぱなしの者もいる。生い立ちの詮索はご法度なのでこちらから尋ねることはしないが、このアル……エレンも、出自は相当に謎に包まれたヤツなんだよな。
そんなエレンだが、今ではすっかり伸びた髪を肩口で切りそろえており、女性らしく綺麗で可愛らしい顔立ちもあって、非常に女の子っぽくなっていた。
身体つきも成長しつつあるし、何だか同年代としてはくすぐったい気分である。
既にこの年代の成長を経験している身としては、やはりこの時期、男子より女子の方が肉体の成長は早いなということを再確認することとなった。
「この鳥、ちょうど真っ二つだし、一人一つ持って帰れるね」
「そうだな」
さて、俺達は狩った黒魔獣の真っ二つになった死体を引きずって、アジトに戻ることにした。
今さらかもしれないが、血がドクドクと溢れ出る死体の表面を初級の氷魔法で氷漬けにし、持ち帰る。
「それにしても綺麗に切ったよね~! ソウジの【ウォーターカッター】、いつ見ても見事だよ~!」
「射程は思いのほか短いけどな」
二十五メートル、と言えば長いと思う人もいるかもしれないが、実際の狩猟、及び戦闘においては、短く感じることの方が多い。
この世界の戦闘では、自分も相手もかなりの瞬発力であることが多く、膂力もまた別の生き物といえるくらいには違うので、狙撃といえるほどの狙撃にはかなりのリーチを要するし、二十五メートルなどはもはや「近接戦」に限りなく近い「中距離戦」の領域なのだ。
「結局一年経っても、ウチは【ウォーターカッター】身に着けられなかったな……」
残念そうに溜め息を吐くエレンだが、なぁに、諦めるのはまだ早い。
「お前の【高圧水噴射】だって、割と威力が上がってきたじゃんか。この分なら、【ウォーターカッター】まではもうすぐだと思うぞ」
「ははーっ、是非ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたしやす~!」
「わぁ、やめろやめろ、お前に師匠っぽく呼ばれると鳥肌が立つんだよ」
「なっ!? ど、どういうことさ~っ!」
「ぐええ」
エレンに服の襟を引っ張られ、俺は奇妙な呻き声を上げてしまった。
「ヘンな声!」
くすくすと笑うエレンは、可笑しそうにしながら俺の肩に手を置いて笑っていた。
……さて余談だが、今のエレンに魔法を教えているのは俺だ。
俺はオヤジから魔法を習い、今では傭兵団内でもトップの魔法の実力を身に着けた。
今では、自身の魔法研究、その確認とアウトプット、修行も兼ねて、俺がエレンに魔法の指導をしながら一緒に訓練をする毎日。
エレンもまた凄まじい魔法適性の持ち主だというのが分かって以降、俺としても彼女との日課が日々の楽しみ・ルーティンになっているのだった。




