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【毎日更新】ユウシャ・イン・ワンダーランド ――ゼロ・ローグ―― ~異世界に来た元サラリーマン、異世界ライフのスタートは野盗の群れでした~  作者: むくつけきプリン
降り立つ異世界

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これって、もしかして………

 さて突然だが、ある日突然、見知らぬ土地で目覚めたことがあるだろうか。

 見知らぬ土地で、ダボダボのワイシャツとスラックスを身に着けた状態で、知らない光景を見回したことが。

「………どうなってんだ?」

 俺は本当にこれが現実なのか疑った。しかし夢にしては、余りにも夢っぽくない。

 端的に言えば、感覚がリアルだった。

 例えば、胃の腑を突いてこみ上げてくる不快感、背筋のゾワゾワとする感覚。

 そう、吐き気が。

「………………うぷっ。おえぇぇぇ!」

 その場で吐いた。

「なんっ………お、おいおい、二日酔いかぁ………?」

 としゃとしゃぱしゃん、ぱしゃぱしゃとしゃん。

 生えていた雑草すら嫌がるように背筋を反らしながらも、俺の吐しゃ物を受け止めるしかなく、雑草はかけられた吐しゃ物の重量に負けて地面に横たわる。

「うぅっ、おぇぇ………………うげっ、めっちゃ出た………」

 なんか憶えのないモノも混じっていた気がするが、まぁ気のせいだろう。というか自分のゲロとはいえ、直視したくない。

 吐しゃ物をその辺の茂みに吐き切ってしばらく、なぜだか荒い呼吸を落ち着けつつ。

 顔……いや眼球やその周辺に集まっていた血が引いていく。起きてから急激に勢いを増していた心臓の拍動が、少しずつ落ち着きを取り戻していく。

 気持ち悪いことには気持ち悪いが……ひとまず吐き続けていたら体力がもたないので、ひと段落させたかった。

「はぁ、はぁ、はぁ………………うん?」

 嘔吐感は不完全ながら弱まったところで、ぼんやりと辺りを見回したら、近くに川があることに気付いた。

 吐いた後なので喉や口の違和感がキツい。せめて()()()がしたい。

 俺は酸っぱい口から涎を垂らしながら、フラフラと川辺に戻り、川面を見る。

「………………ん?」

 ふと、違和感。

 ゆらゆらと揺れる水。

 その清き流れ………は、違和感を覚えるほどではない。

 では、おかしいのは何なのか。

 ―――誰なのか。

「んん~……?」

 そう。

「………………………………えっ」

 その、川の流れが映す、俺だ。

 俺の、顔が、見慣れたものとは違っていた。

「………………………………」

 予想外のことが起きた時。

 それが緊急のものであれば、人は大いに驚き、恐怖したりさえするだろう。

「………………………………………えぇ?」

 そして、緊急のものでなければ、人は自身の感覚を疑ったり、あれこれとすぐに状況把握に努めるだろう。

「………………………………………………………どゆこと?」

 しかし、何も分からなかった時。

 何も理解できなかった時。

「うわ~………………俺、若いな~………………何歳くらいの時の顔だ、これ」

 人は、思考を止めてしまうものなのかもしれない。

「なんで若くなっ…………うぷっ。おろろろろ」

 とにもかくにも気分が悪かったところに、混乱というとどめの一撃を見舞われて、俺はまた吐いた。




「くっそ………頭痛ぇ………気持ち悪い………………」

 何だか頭痛がするし、身体もダルく、吐き気もすごい。

 しかし胃の中の物は全て吐ききってしまったので、吐く物がなく、俺は全身に満ちる不快感を持て余して、だだっ広い草原の真ん中にダウンした。

 正直、意識が朦朧としていて、歩くのさえ、身を起こすのさえしんどい。

 まるで二日酔い、それもとびきり酷いヤツ。

 そういえば俺の記憶の最後では、アルコールをしこたま摂取していたはず。

 おぼろげながら記憶が戻ってきたことで、今の、現状に対する理解が始まる。

「これ………夢じゃ、ないよな………」

 まだ現実感に乏しいとも感じるが………感じている不快感は、本物だ。

 余りに不快感の波が引かないものだから、寝そべりながらあれこれと体勢を変える。

 寝返りを打つ要領で思い切って横を向いたら、少し楽になった。でも自分のゲロがのどに詰まって窒息死なんて冗談じゃないし、やはり今はこの体勢がベストか。

 横を向き、背中を丸め、全身の力を抜く。いわゆる回復体位というやつだ。まるで胎児。野ざらしの赤子。何とでも言うがいい、とにかく不快感を抑えるのに必死なのだから………あぁ、気持ち悪い、まだ吐き気が………。


 ―――さて、状況を整理しよう。

 俺は昨晩、彼女に振られて公園で酒を飲み、酔っ払い、公園の入り口の水路を跨ぐ橋の上で、幼い頃に死別したハルカと似たロリっ子を見かけた。

 夜の水路に下りてばしゃばしゃと探し物を続ける不思議なロリっ子の姿を肴に、何だか懐かしい気分で飲酒を続けていたところ、夜空に魔法陣のような、奇妙な幾何学模様が出現。

 その模様の中心に黒い穴が開き、そこから地上に無数の何かが降り注ぐ様を遠目に目撃することとなった。

 近くの草むらから現れたのは、この世のものとは思えない、デカくて奇妙な黒い猫……のような生物。

 そしてなぜだか、どこからかロリっ子を襲う黒い(つぶて)

 次から次へと脈絡もなく容赦のない不可思議に襲われるが、差し迫った危機に対して、俺の身体は迅速に動いてくれた。

 酔っ払いにしては、我ながらよくできた反射神経で黒い礫からロリっ子を庇ったら、俺は絶命寸前で、泣き顔のロリっ子の口から自身の名を呼ばれることとなる。

 そう―――ロリっ子は、紛れもない、俺が幼い頃、俺を庇って死んだ幼馴染みのハルカだったのだ!

 ………………とまぁ、そんな感じ。

 そんなわけあるか、とも思うし。

 あれは夢だったのではないか、って未だに思うもの。

 しかし、それにしては、夢の続きにしては、現在の自分の置かれた状況も妙だ。

 一度だに想像したことのない状況だったから。

 ―――まさか、俺が、昨夜の着の身着のまま、身体が縮んで子供のような体躯となっているなんて。

 そして、見ず知らずの土地、見渡す限り草原という景色の中、ぽつんと一人、佇んでいるなんて。

「………………嘘だろ」

 黒ずくめの男達の取引現場を目撃した覚えはない。薬を盛られた覚えもない。

 何だ。何が起こっている。

 ………それが、まぁ、現状なんだろう。

 現状の把握としては、そんな感じ。

 そんな感じ、なのだが………。

「わっかんねぇ……よ………」

 俺の、絶叫にすらならない弱々しい悲鳴が、何もないだだっ広い草原に吸い込まれていった。




「………はっ!」

 気付けばどれくらい経っていたのだろう。

 草原の真ん中で、再度目を覚ます。

 ああ、これは夢なのに、夢であってほしいのに………もう一度目を覚ましたのに、まだ夢が覚めないのかよ。

 そんな絶望と共に。

「腹減った………」

 吐く物をすっかり吐ききってしまい、空になった胃袋。もはや空腹の度合いから経過時間を測ることもできず、それゆえに時間の感覚も曖昧となっていた。

 俺は今さっき目覚めたばかりなのに、夜空には月が見えるし。

 そう、夜。

 夜になってしまった。

 空には既にお月様が昇っている、まごうことなき真夜中だ。

 暗幕に跳ねた白いペンキの飛沫のごとく、闇夜に煌めく無数の星々―――やけにたくさん見える無数の恒星。

 そしてそれらを背景に、一際輝きを放つのが、あの大きな月だ。

 ……いや、あれも「月」と言ってしまって良いのか分からない。

 何せ、見たことのない模様をしている。ウサギでもカメでもない、見たことのない、不規則な水玉模様のクレーターだらけだ。あの模様に何かの形を重ね、例えることすらできそうにない。

 しかも、やたらデカい。元の………地球から見る月だとするなら、あり得ない大きさをしている。十倍以上は大きい。

 そんな天体が夜空に見える。

 いつもなら、綺麗だ、などと感じることもできただろうが………生憎と、今はそんな余裕はない。

 景色の綺麗さを感ずる心より、その風変わりな、見たこともない月を目にしていることの戸惑いが勝つ。

「くそ………無駄に広いな。何だよここ………」

 足を止めていても仕方ない。

 未曾有の異常事態を前に、俺はただひたすらに足を進めることにした。

 本来であれば夜間の移動など危険もいいところだが、しかし見渡す限り何もない草原なのだ。

 少しでも移動しておかないと、俺は餓死してしまうかもしれない。

 ………とにかく非常事態だった。

 ただ、ここは草原だ、砂漠とも違う。水はあるから(生水は危険だが)、いざとなればあれを煮沸するなりして飲めばいい。だから、ただただ食料が無いのだ。

 幸いにしてここらの気温は、夜は程よく涼しくて、現に俺は凍死していない。

 むしろ昼間よりも活動に適している気温や湿度とみえて、空腹は感じるものの、身体には幾分か活力が戻っている。夜の活動が封じられていないなら、ギリギリやりようはあるはずだ。

「月が出てるってことは………えっと………」

 生憎と、どの方角にも街らしきものは見えない。

 見渡す景色が行き着く先は山々か、この広い草原が作る地平線のどちらかだ。

 俺の故郷では、遭難の際に川を下って人里を探すのは悪手、逆に川を上って頂上を目指せば登山道にぶつかるし、救助隊による発見も容易になる………と聞いたことがある。

 しかし、それは山中での遭難の場合だ。

 今の俺のように、どこともしれないだだっ広い草原(異国の地?)に、脈絡に関する記憶すらない状態で放り出されることは、一体誰が想定できただろうか。

 ロリっ子を庇ったら、身体が小さくなって知らない土地で目覚めました、ってか。

 何コレ。

 何のドッキリ?

 ……いや、俺をドッキリにはめて得する人物に心当たりは無いし、そもそもドッキリとかいうレベルを超えた、超常的な何かが起きていることに、流石に俺も気付き始めていた。

 とにもかくにも、やっぱり移動しないと………。

 ああ、とついついポケットを確認してしまう。

 いつもポケットの中に入れていた頼もしい相棒―――スマホは、今考えると時間も分かるし地図も見れる、他者と連絡も取れれば救助も要請できるしで最高の文明の利器だったんだなと分かる。

 もちろん、今の俺にそんなものはない。

 ポケットはすっからかんだ。

 一応服は着ているが、それでも首から提げていたペンダントはなくなっているし、一体何がどうなって自分がこの状況にいるのか、そのメカニズムについては全く分からないままだけどな。

「せめて町が見えれば………」

 やや大きい革靴、ダボダボのスラックスが足元の草を撫でて、さわさわと音がしていた。

 歩きづらい。

「くっ………」

 煩わしい気持ちで靴を脱ぐ。

「……お」

 くるぶし丈ほどの草は、踏みしめると足の裏に心地よかった。

 脱いだ靴同様、これまた今の俺の足のサイズに合わない大人用サラリーマンソックス。流石に裸足になるのは足の裏が危険かと思い、なるべく膝の方まで引っ張ることで無理矢理足にフィットさせる。

 スラックスの裾も捲り上げた。確かどこかの小学校の入学式、こんな格好で出歩いていた児童の姿を思い出す。気分は小学校に入学したばかりの子供だ。

 ………というか、本当に何だこれ?

 夢にしては余りに状況が―――いや、そんなことも言っていられまい。

 最初、この辺りで目覚めた時の凄まじい不快感、嘔吐。

 やっと不快感が引いて歩けるようになった今、これも夢の続きだとするには、余りに無理がある。

 足をつねる。

 頬をはたく。

 パンッ。

 痛い。

 耳がキンとした。

 この五感全てに訴えてくる外界の感覚が、やけにリアルだ。

 夜空に浮かんだあの見たことのない月(?)も、ここが地球のどこかでさえないことを、告げているようだし。

「何が、何やら………」

 俺は今、何か、超常的な現象にでも遭っているのではないか。

 そんな予感は段々と確信を伴っていく………。




 だだっ広い草原を、ただ歩いた。

 あてどもなく、彷徨った。

「………」

 それにしては。

「足、が………」

 ―――足が。

 そう、足が。

「あんまり、疲れない………?」

 いや、疲れていることは、疲れているのだけれども。

 おそらくサラリーマンやっていた時ですらこれほど歩き回ったことはないだろうに、それでも足が棒になるほど疲労しているわけでもない。

 体格に不釣り合いな、体力。

 おそらく現代では普段から相当な走り込みをしているか、四六時中歩き回っていないと獲得し得ないであろうスタミナ。

 何が起きているのか。

 しかし思考には靄がかかっていたようで、何というか、身体よりも心の疲労の方が深刻なようだった。なんだ、ただのランナーズハイのようなものか、と自分の体力の伸長に無理やりに納得してみる。

 本当、それでもなぜ俺が、こんな状態なのかは全く分からないが。

 誰か説明してほしい。

 まさか現代に生きる俺が、こんな身一つで、どことも知れない場所に放り出されるなんてことが、あるだろうか。

 ()()()()()()()()()()()()()()などということが。

「………」

 さて、グロッキー状態で目覚めたあの時ならいざしらず、再度目覚めてからさらに時間が経過し、あれこれと考え続けた結果―――それでもまだ混乱はあるものの―――ある程度落ち着いた。

 落ち着いた頭は、やはり現状を受け入れ始める。

 ………いくら何でも、と。

 これはもう、夢じゃない。

 現実で………しかも、超常的な現実なのだ、と。

 鈍い俺でも流石に気付いた。

「………」

 社会人二年目という年齢まで生きた成人男性の俺だが、どうしても思考が常識に邪魔をされてはいるが、この現実を認識できないわけではない。

 これって、もしかして………。

「………………………………………異世界転生? ………異世界、転移? ってやつ?」

 異世界転移ってやつじゃね―――と。

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