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【毎日更新】ユウシャ・イン・ワンダーランド ――ゼロ・ローグ―― ~異世界に来た元サラリーマン、異世界ライフのスタートは野盗の群れでした~  作者: むくつけきプリン
ライフ・ライク・ローグ

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覗き魔

「くあーっ、気持ちいいなーっ!」

 思わず南国のカラフルな鳥みたいな声が口から出るが、許してほしいところだ。

 朝の鍛錬の後の水浴びは気持ちが良い。

 この世界に来る前は冷たい水に入る機会なんて、それこそ海水浴や湖水浴、プールくらいなもの。サウナの後の水風呂も苦手だった身としては、信じられないほどの嗜好の変化である。

 あるいは、身体を清める、ということのハードルが下がってしまったゆえなのだろうか。

 何にしても、ワイルドな生活の中に入る文化的な習慣は、心地良さと楽しさが宿るものだった。




 アジトから少し歩いたところに、岸壁を覆う岩の隙間から湧き水がちょろちょろと出て小さな池を形成している土地がある。

 その湧き水の出口はちょうどよい高さにあり、小さな身体のはるか上方から―――大人の体躯と比較しても、そのさらに上くらいの位置にある―――天然のシャワーのようで、非常に便利だ。

 魔法じゃない、天然の水だから良いのだ。

 そこで頭と身体をしっかりと流しつつ、俺はこの世界でワイルドに生きる心地良さに浸っていた。

 最初こそ、元の世界に帰るんだと意気込んでいたが―――この世界も悪くない、なんて思いつつある自身の心境の変化に驚く。

 まだ何一つ解決していないのに。

 こちらの世界に俺が(おそらく)転移する直前、元の世界で起きた未曾有の「ふぁんたじー」な天変地異。あれを目撃しているだけに、俺としては育ての親が心配で心配で仕方なかった―――はずなのに。

 何とも恩知らずなことに、その記憶すら忘れかけている自分がいる。

 あの時は散々「夢でないこと」を確認したはずだが、しかし自分は酔っ払っていたし、もしかして夢だったのではないか………とか。

 最後は腹を貫かれて死んだかと思えば、自分の少年期の姿で、いつの間にかこの世界に来ていたことなど。

 俺が憶えている限り、自身の記憶にすら余りに現実味がなく、地に足のついていないものに思えてしまう。

 流石に「自分は誰だ」と思うほどではないが、自分の記憶を疑う程度には、元の世界であったこと、以前の記憶に対する自信が揺らいでいることは確かだ。

 ………もしかすると、俺は既に、別の要因で死んでいて。

 この世界に俺は「転生」したのでは、とか。あるいはこの世界そのものが「死後の世界」であることも考えられるのだ。

 面倒なので俺は「元の世界」でのことを「生前」の出来事、などと考えたりすることがあるが、もしかして俺という個体は一度死んでいる可能性もあるのだ。

 じゃあ何か? その場合は俺、生き返ったってことか……?

 ………。

 まぁ、それすら否定できないのが「ファンタジー」の難しいところだが。

 これからも、情報収集は続けるしかあるまい。

「………まぁ、腹も減るし、人も死ぬし、水浴びだってこんなに気持ちいいんだから、ここが死後の世界ってことはないんだろうけどな………」

 頭を濡らし、視界の中で地面に落ちていく水を見ながら、俺は少しばかり考え事をしていた。

 ―――その時である。

 ガサリ

「!」

 俺は振り返り、音がした茂みの方を注視する。

 獣だろうか?

 獣なら殺す、そして魔獣でも殺す。とにかく殺して安全確保だ。常に隙を窺われながらの水浴びなど冗談じゃない。

 俺はこの時間がもう、一日の楽しみの中に組み込まれてしまっているのだからな。

「………」

 どのような獣だろうか。

 ………ねっとりと、絡みつくような視線だ。

 こちらを観察しているのか?

 この世界の魔獣の中には、特殊な習性を持つものもいる。

 息を潜めていたところ、位置がバレて警戒されているのに、飛び出さず………さらには獲物に威嚇されても容易に飛び掛からず、致命的な隙が生じるまでじっとしている………そんな不気味な狩りの習性を持つ獣だ。

 俺がこの世界に来て、傭兵団に拾われてからのおよそ半年で遭遇した、あの奇妙な黒いオーラを纏う黒い毛並みの魔獣なども、こうした奇妙な習性を持つ。

 元の世界では、いかな肉食獣とはいえ、獲物に手を出されたら反射的に避けるか、仕掛け返してしまうもの。

 ところがこの世界の魔獣の一部には、そういった習性がない者もいるのだ。

 反射神経が死んでいる可能性も考えたが、戦ってみると決してそうではないことが分かる。

 もしや、今こちらを窺っている茂みの中の何かも、そう言った存在なのかと思ったが―――。

「……俺にとっては、先制を入れられるから格好の獲物だけどな」

 先制できるなら、弓、剣、そして最近では丸腰でも使える魔法がある。いずれも、今の俺なら、魔獣程度には必殺のものを繰り出すことができる。

「………」

 目を凝らして、警戒する。

 俺は一度覚えた魔法には詠唱を必要としない(ただし“慣れ”は必要)体質であることが分かってから、オヤジ指導の下、魔法は死ぬほど鍛錬してきた。

 魔獣の不意打ちにも魔法で対処できるほどに。

「………」

 一歩だけ踏み出した脚の膝がバシャリと水しぶきを上げた。

 俺が見つめる先、何かの気配が動いたが………これは、やはり()()()魔獣の類だろうか。

 もしそうであれば狩りの手間が省けるので、肉をダメにしてしまう炎系の魔法は行使しないことにする。

『………』

 ガササッ

 茂みの向こうで、慌てて走り去る音が聞こえる。

 こちらをねっとり観察するようだった気配が遠ざかっていく。

「―――逃がすか! おい今夜の夕飯、待てぇ!」

 俺は裸のまま駆け出した。

 今の俺には魔法がある。ぶっちゃけ剣や弓がなくても、野盗の数人なら簡単にどうにでもできてしまう技術を持っているとは思う。驕りでなければ、俺は今や、所属する傭兵団内でもそこそこ戦える方だ。

 偶には皆にサプライズで、狩猟班の狩って来たのとは別の獲物も添えて夕飯のメニューを豪華にしてあげるのもいいだろう。日頃の感謝のお礼とか言って。

 俺は茂みをものすごい速さで駆けていく「何か」に対し、負けじと追いすがって、やがて目の前の茂みくらいまで距離を縮めて―――ドサッ、と音がし、その「何か」は茂みの中でつまずいて転んだことが分かった。音からして俺と代わらない大きさの獲物だ。しめしめ、なんて思いながらすぐに茂みをかき分け、正体を拝んでから魔法で殺してやろうとして―――。

「年貢の納め時だなぁ! 大人しく死にやが―――」

『―――まっ、待ってっ!!』

「………………ん?」

 ふと、魔法の行使を慎重にして正解だったと思える事態に遭遇する。

 なんと、茂みの中、怯えた目で、腕を振りかぶった裸の俺を見上げるのは―――

「ソウジっ! ウチだよウチ、アルだっ……!!!」

 アルだった。

 おかっぱ頭の、とても綺麗な顔立ちをしたアルが、引きつった表情で俺を見上げていた。

「………………アル?」

 裸の俺は、野蛮人のように拳を振り上げたまま、「なんで???」と固まるのだった。

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