ある種の転機
「ふむ………」
普段、洗濯など日々の雑用をこなしながら、わたくしソウジは思うことがございます。
「もっと力を……なんてな」
そんな中二病くさい台詞を吐かずとも良かったが、しかし実際に思っていることはそう変わらない。
もっと強くならなければ。
例えば最近、俺は傭兵団でも指折りの弓の使い手であることが判明した。
異世界転移したばかりでこの傭兵団に拾われてから、約半年でのこの驚くべき上達と成長。快挙。
俺を世話してくれた面々からの賛辞を真に受けるなら、どうやら俺は才能の塊らしい。
いえいえそんなことはございません、それもこれもアニキ・姐さん方のご指導・ご鞭撻の賜物でございます―――とおべんちゃらを述べて、そして「謙虚なヤツめ」と笑いながらヘッドロックされるまでがお決まりだ。
全く、気のいい連中に拾われたものだと思う。彼ら・彼女らを好きになっている自分がいた。困るなぁ………いずれはこの巣ともオサラバしなきゃいけないのに。愛着が湧き過ぎるのも考えものだ。
「巣立ち………か」
水で満たした桶の中から、石鹸の泡が付着した服を引き上げると、波打つ水面に自分の顔が写った。
まだ幼く、「少年」と呼んで差し支えない、おそらく八歳~十一歳くらいだと思われる、自分の姿が。
「………」
考えれば考えるほど不思議だ。こんな幼子のどこに、大人一人を剣で殴り飛ばす力があるのか、デカイノシシの頭蓋を貫通する矢を放つ筋力があるのか。
いや、実際、それくらいの力があるんだよなぁ。これも異世界ならではのファンタジー要素だろうか。
本当に、この幼い俺の成長度合いと言えば驚くべきほどなのだ。例えば弓の腕にしてもそう。
前世……つまり転移してくる前の、元の世界では、弓道なんかとは縁もゆかりもなかったのに。
そんな俺について考えれば、そりゃあ弓の腕なんて、異世界にでも来なきゃ判明しない才能だよなとは、納得できるものだろうか。
「……弓、極めた方がいいか? いや……でもな………」
しかし、では、その才能と未来に積む鍛錬をアテにして、弓矢一すじでこの世界で渡っていけるかと思えば―――俺のしたい情報収集、とりわけ「元の世界へ戻る」という目的に照らすと、いまいち頼り切れない気がする。
廃村でやり合ったあのヘンな野盗(野盗にしては不審なやつら)との戦闘でもそうだったが、基本、この世界の戦闘員は人間離れした動きをするであろうことは分かっている。
剣にしては切れ味が良過ぎるし(デカイノシシの頭を割ったり、人体を真っ二つにしたり、といったことが普通にある)、魔法がある以上は、例え近接戦でも元の世界の現代近接格闘と同じとは思わない方が良いだろう。
そもそも弓矢では火力も連射力も即応力も敏捷性も、何もかも足りていない。言うなれば狙撃用だ。あっという間にリーチを詰められて近接戦に移行するなら、為す術がなくなる。
つまり、戦闘中に弓矢を使用する割合は、それほど高くないと思われる。
例えば馬に跨って弓矢を撃ち合う状況なら(なかなか想像しづらいが)、弓矢もずっと撃っていられると思うが………やはり望み薄だろう。状況として余りに特殊過ぎる。
現状だと、極めるべきは剣術、そして魔法。やはりこの二つか。
剣と魔法かよ(ただしガチ)。
ファンタジーとは思えない理由でファンタジー技能の習得を目指すのも、何とも夢の無い話ではある。
人殺しをする気はないが、しかし殺さなければ止まらない相手というのはいるものだ。
………俺にも、そういう力が必要なのか。
「どうしたんだよソウジ、難しい顔して」
洗濯をしながらぼうっとしていた俺の顔を覗き込んできたのは、俺と同年代で身長だって同じくらいの、アルという少年だ。これがなかなか美形で、男にしては中性的(あるいは女の子っぽい?)顔立ちをしている。将来は女性に熱狂的な支持を得そうで少々嫉妬している。
短髪がやや似合っていない印象を受けるから、やはり顔立ちは中性的、というより女の子っぽい、といった方が適切だろうか。中性的、ってのは、もうちょっと短髪が似合うもんな……たぶん。
「何か心配事か? もし悩みがあるなら……相談くらいには乗るけど?」
「アルきゅん………」
アルが優しい。
どうしたことか、以前、廃村への遠征を共にした時から、アルの俺への態度が軟化しているのだ。
「……うん。まぁお前のその『アルきゅん』ってのは相変わらず気色悪いけど、もう慣れてきた自分に驚いてるところだよ……」
「ごめんごめん。ところでアル君はさ、剣術とか魔法って誰に習ってるんだっけ?」
「ん? 誰に……いや、特に決まってはないな。気が向いた時に誰かが教えてくれるし、普段は一人で練習してる」
「なるほど………」
この傭兵団の生活は不思議なもので、「ただいるだけ」「ただ属しているだけ」で、不思議と各種能力、生活に必要な能力も含め、自身のパラメーターがどんどん伸びている気がするのだ。
例えばアル君みたいに一人で修行する人間がいようものなら、それを見かけた誰かが、気まぐれにコツを伝授する。お節介というほどでもなく上手い具合に。
おそらく、皆似たようなプロセスを経て上達したのだろうから、自身が教わったのと似たような教え方をしているのだと思われるが………実によくできているなと思う。
ただし精神面に関しては明らかに場数を踏まないと鍛えられない部分だから、俺やアルのようなガキでも遠慮なく遠征などに連れ回そうとするのだろう。
実は思慮深いのかとも思うが、どうにも頭で考えず「何となく」で実行していると思われる部分が多々あるようなので、やはり不思議な現象だと思わされる。
「……そうだっ!」
「うわびっくりした」
何かを閃いたアルが大きな声を上げた。
すると彼は目を輝かせ、俺の方を見て言う。
「よかったらソウジ、ウチと……一緒に鍛えないか!?」
「えっ。うん、いいけど」
「――っし!!」
ガッツポーズするアルきゅんが可愛かったのでついオーケーしてしまった。良かったねぇ。嬉しいねぇ。これでもう寂しくないねぇ。
「じゃ、明日から! 朝、広場の端に集合な! 叩きのめしてやんよ!」
「お手柔らかにね」
俺の返事に満足したアルきゅんは立ち上がり、その場を後にする。
「~♪」
鼻歌まで歌っていた。何とも愉快な人物だよな。
「………そうか、対人戦の練習にもなるのか」
今までは生活に必要な能力、とりわけ狩猟に関するノウハウの吸収ばかりだったが、しかし生き残ることを最優先に考えるなら、対人戦についても学び、技術や力を鍛え上げなければならないだろう。世の中が良い人間ばかりで争いも起きないなら必要ない能力だが………現実では残念ながら、その種の能力が必要となってしまうからだ。
「果たして問題は、同年代のガキどうしでどの程度練習になるか、だな」
これに関しては師匠役を誰か一人見繕った方がいいだろう。団内の凄腕の御仁達でなおかつ俺と付き合いがある人物には、何人か心当たりがあるが………誰にしようかね。
「幼少期、誰かと一緒に、大きくなる………か」
期せずして、俺は自分自身の幼少期の焼き直しを見せられている気分になった。
ハルカを失ってからの俺は、非常に鬱屈とした生活を、それはもう長いこと送らねばならなくなった。
俺も養親も立ち直るのに、長い時間がかかったからな。
肉体的には世間一般で言う「大人」までの成長を遂げたこともある俺だが、果たして俺の精神は、あの頃で止まったままではなかったか。
「………」
何を思うわけでもなく、何を決意するわけでもないが………。
自分の中で、名も形もない決意がひとりでに固まった気がして、俺は自然と背筋を伸ばしていた。




