知られざる、時空の
俺は夢を見ていた。
夢……と言っても、決して心地よいものではなく、なかなかに気分の悪い夢だ。
俺は変な場所にいた。
変な場所に………漂っていた。
―――ここは……?
どこを見遣っても、虹色の光が見える。
七色よりずっと多く、様々な色合いのグラデーションを成す光が、ぐにゃぐにゃと屈折し、伸びては縮み、縮んでは伸び、集まっては散り、散っては集まり、厚くなったり、薄くなったり―――。
光が作り出す模様が、まるで生きているように、あるいは死んでいくように、形を不規則に、自由自在に変える。
―――こ、れは………
見れば見るほど、なぜか頭がおかしくなりそうだった。
少し眺めているだけで、情報量が頭の容量を容易に超えてしまうような、絶望的な光だった。
光なのに、”それ”あるいは”それら”が、途方もない高密度の何か、あるいは途方もない空虚であると―――もはや自身の手に負えるものでないことは、嫌と言うほど理解させられる。
今はなぜか吐き気を催すことすらできない分、不快感だけで自我が、全てが壊れそうになる。
そんな絶望的な光だけが、そこにはあった。
―――ぐっ………
やがて俺の頭………いや、“魂”とでも呼ぶべき自我そのものが、限界を迎えたような気がした。
そしてそれは、虹色の光が見えなくなるのと同時だった。
―――なん……だ………?
いつの間にか今度は、白と黒の光が混じり合う、これまた不可思議な空間に俺はいた。いや、ここは空間というより、トンネルに近いかもしれない。
何となく、そう思う。
そう、思うことができた。
―――そう、だ………トンネル、みたいだな、確かに………
何というか、黒いクレープ生地に白いジャムを垂らして模様をつけた感じだったり。
あるいは、真っ黒な暗幕に、白い絵の具の飛沫を散らした感じだったり。
かと思えば、牛乳に砕いたチョコクッキーをまぶしたような、空間そのものがコップの中で揺らぐ液体のようにも感じられたりして。
ああダメだ、上手く表現できないな。
とにかく一瞬一瞬の形も模様も曖昧で、感覚で捉える、捉え続けるのも難しいほど、変化が早い。
そんな、歪に形を変え続ける、白と黒のトンネルだ。
―――何の、意味が………
まぁとにかく、俺はそんな不思議なトンネルの中を進んでいるわけだが、今度は先程とは違って不快感はない。
それよりも、変化は早いくせに、そこで俺が在り続ける時間は、途方もなく長かった。
長い、長い時間の中で。退屈が深刻なくらいだった。
これはこれで、気が触れてしまいそうだ。
何せ、何もないトンネルの中を、ただ漂って進んでいるだけなのだ。やることがなく、退屈で仕方がない。
一時間か、一日か、一年か―――幸いなのは、俺にとって時間の感覚は曖昧だったことだ。
時間が途方もなく”長い”、そのことを感じられるだけ。
何となく長い時間の中で、持て余した退屈に思考が鈍る感覚。
さながら、病院の待合室のように。
………退屈だけ?
不安は? 恐怖は?
なぜだろう、確かに、不思議とそんな感情はないな。
未知の空間、未知の現象に対して、生き物が生存本能ゆえに感じる危機感ってやつ。それが今の俺には毛ほども感じられなかった。
もしかしたら、俺はもう生き物ではなく―――つまり、死んでいるのかもしれない。
そう、俺は生き物だった。
生き物………人間だった。
そのことを、ふと思い出す。
自分が何者なのか、”俺”とは一体誰なのか、どういう人物なのかを。
―――あ、そうか、そうだったな………
そうか。
どうやら俺は、死んだわけではなさそうだ。
そうして俺の意識は、急速に浮上していった―――。




