森の異変
「オヤジ………いや取り込み中か?」
アジトに帰った俺達だが、そこで驚くものを目にすることになる。
「皆が集まっている……?」
「モッチ、黒いのを持って来い」
「了解」
洞窟アジトの目の前で、傭兵団の皆が集まって人垣を成していた。
何だろうと思って目を凝らすと、人垣の隙間に黒い巨体が見え隠れしている。
皆が囲んで眺めているそこには、俺達の狩ったのと同じ魔獣の死骸が、もう一体あるようだった。
「おう、ニール達が戻って来たな」
オヤジの取り巻きの一人が言うと、皆が揃ってこちらを向いた。
「こっちでもだぞ」
ニールニキがクイッと顎を引いたのを合図に、モッチが引きずって来た黒い魔獣の死体を、皆の前に滑らせた。
巨体がズザザッと音を立てながら地面に横たわる。
『………』
黒魔獣の死体が一体追加されたところを、多かれ少なかれ複雑な表情を浮かべながら皆が見ていた。誰もが緊張しているのが分かった。
「………」
オヤジは黙ったまま険しい顔をしてこちらまで歩いて来ると、俺達の持って来た黒魔獣の死体を検分し始めた。
その様子を心配そうに眺める周囲。時折、不穏な話が聞こえてくる。
「クソ、サリーがやられたんだ!」
「一人の負傷と引き換えに魔獣一頭か……ニールのところに被害が出ずに済んだのは幸運だったな」
「こっちでも危なかった。あの魔獣、その辺のヤツとはわけが違ぇよ」
ニールニキが帰ったそばから、周囲の人間とあれこれと話して情報交換を行っている。
どうやらアジト周辺に黒い魔獣が出現したことで、俺達でない狩猟班にいたサリーが負傷したらしい。
サリーとは何度か話した程度だが、彼は好戦的でもなければ体格も普通くらいで、何か大きなヘマをするような人間ではなかったように思う。
「どうなってんだ。あの魔獣、魔力を纏ってやがったぜ」
「ニールも分かったか? 黒い靄みたいなのが出てたろ?」
「ああ。魔獣だから魔法なんか使えねぇようだが、なまじ高濃度の魔力を放ってやがったからな」
「サリーのやつ、剣を持って向かい合った途端に固まっちまって。どうしたんだって心配する間もなく、腕に噛みつかれて―――」
「それなんだが、ビビッたわけではなさそうだぜ。その時、あの黒いのが唸ってたろ」
「………ぁあ、そういえば! どうして分かったんだ!?」
「オレ達の時もそうだったんだよ。アイツが変な鳴き声を出した時にゃ、俺もモッチも剣を持ったまま金縛りに遭ったみてぇに、動かなくなっちまったんだ。食うか食われるかって時に、まるで新米剣士みてぇによ―――」
誰もが険しい顔で話し合っている。
死体を見ればただの黒い毛並みの、デカい肉食獣みたいなあの魔獣だが、彼らの反応から、アレはこの辺では見られなかった種だというのがはっきりした。
黒い魔獣、黒い靄、魔獣が纏っていた高濃度の魔力………。
「ソウジ………」
「大丈夫だ。それよりアル、肩を見せてみな」
「えっ……!? えっ、えぇっ!?」
俺はアルのボロい革甲冑を無理やり剥ぎ取って、彼の肩をはだけさせた。
「やはり………」
「なっ、何だよソウジっ!?」
顔を真っ赤にしたアルが抗議してくるが、それどころではない。
「アル、すぐに手当てしてもらおう。傷がある」
「うそ………あイタっ!? なんか肩の辺りが痛くなってきた……!?」
言わんこっちゃない。事故に遭った人間が時間差で死んでしまうのと一緒で、負傷して当初、人間の身体は負傷状態でも、副腎髄質から分泌されるアドレナリンにより興奮状態となることで急場を乗り切ろうとしてしまう。ある種の、自前の麻薬のようなものだが、これが却って厄介だ。自分の身体に生じた異変に気付きにくい。痛みというのは患部の異常を伝える危険信号の役割も担っているため、これが鈍化してしまう状態は却って危ないのだ。
「回復魔法を使えるのは誰だったか………おばさんのところへ行くぞ」
「ちょっ、ソウジっ! 平気だって!」
「いいから」
俺はアルの手を引いて、近くにいたおばさんの所まで彼を連行して行った。




