新米傭兵の虫の知らせ
遠征からアジトに帰還した翌朝。
「そ、ソウジ?」
「ん?」
「あー……元気か?」
「ん? うん」
俺がアジト(でっかい洞窟)の外で洗濯をしていたところ、こちらへ歩いて来たアルきゅんが、もじもじしながらそんな風に切り出した。俺はやや戸惑いつつも頷いてみる。
「そういや、ソウジの……そうだ、歓迎会とか! やってなかったよな!」
「………ん? うん」
ニッコォ、と屈託ない笑みを浮かべたアルきゅんから妙な確認をされたので、俺は目を白黒させながら頷いた。
「なにをワケの分からねぇこと言ってやがる……」
すると近くを通りかかったニールのアニキ、略してニールニキは、肩眉を下げて怪訝そうに言った。
確かにそうだよな。いきなり歓迎会って……というか、俺がこの傭兵団に拾ってもらってから半年ほども経過している。今さら歓迎会とはどういうことなのだろう。
ニールニキについて来るように洞窟から出て来たモッチが、俺達の様子を見て微笑ましそうに目尻を下げていた。
「おいおいアル、自分を助けてくれたからってソウジに懐き過ぎだろぉ」
「そ、そんなんじゃねぇし!」
ケラケラと笑うモッチの言葉に、アルきゅんは猛反発。お年頃って感じで、見ていて微笑ましい。
こちらとしては歓迎してくれること自体は嬉しいが、別に大きな催しなどは求めていない。それよりもこの世界について―――厳密には、俺が元いた世界との違いや、両世界の行き来の手段について―――調べたいところなのだが。
……今の生活に慣れて来たからこそ、だろうか。
俺は結局、元の世界に骨を埋めることはできなさそうな気がする……。
「じゃあさ、困ったことがあったらウ―――ぉオレに言えよ、なっ!」
「ああ、うん、ありがとう」
そう言うと、アルきゅんやニールニキ、モッチはナイフや弓矢を持って森の方に進む。狩りに行くのだろう。
―――。
「―――っ!?」
ズキンッ、と頭部の凄まじい痛みに襲われた。
気を失いかける。こんなひどい頭痛は生まれて初めてだ。
「なんっ………だっ……!?」
洗濯物も洗濯板も桶の中に取り落とし、ばしゃんと水しぶきが跳ねる。
ぐわんぐわんと揺れる視界。脳裏には、俺が幼い頃、目の前でハルカが死んだ場面―――少女がミンチになった光景が蘇る。
これを思い出すのは何度目か。しかし目の前には、このトラウマがフラッシュバックする引き金など見当たらない。直近の遠征で、野盗の死体を間近で眺めていたような時とは状況も違う。
目の前には、中途半端に洗濯された男物の衣服が、石鹸の泡にまみれて桶の中に放置されているだけ。
「くっ………!」
気持ち悪くはない。嘔吐感はない。
だが―――ゾワゾワと、背筋の寒くなるような何かを感じていた。
「―――あ、あの!」
気付けば声を上げていた。
森の方へ入って行こうとするニールニキ、モッチ、アルに対し、俺は叫ぶことで呼び止めていた。
ちょっと待ってくれ。
俺の口が、声が、まるで自分のものではないみたいに彼らを呼び止めている。
「? なんだ、ソウジ」
「どうした?」
ニールニキとモッチは振り返り、森の内側からこちらを不思議そうに眺めていた。
「???」
アルも不思議そうだ。
彼らの表情、彼らが立ち止まったのを見て、俺は自身の感じていた悪寒がやや和らいでいるのを感じていた。
………何だろう、これ。
虫の知らせ、というやつだろうか。
「………俺も行っていいかな?」
「……?」
「ああ、別に追加分を狩りに行くだけだから、別に大した狩りにはならないと思うけどな」
変わらず怪訝そうなニールニキだったが、モッチは快く俺の提案を受け入れてくれて、ニールニキにも目配せしてくれる。
「いいぞ。弓、忘れんなよ」
「へい!」
ニールニキから改めて許可が出たことで、俺は洞窟内から自分の弓と矢筒を持ち出した。
「どうしたんだ? ソウジ」
「………。何だか、狩りをしたくなったんだ」
「おっ。とうとうソウジも目覚めたか、男の仕事に」
「ハハハ……。そうだといいけどね」
笑いかけてくるモッチに上の空で笑みを返しながら、俺は自分の中で、この得も言われぬ気持ち悪さが少しずつ和らいでいくのを感じる。
本当に何だろうな、この感覚は………。




