うぇっぷ
アニキ達が殺した野盗の死体を漁りながら。
「―――はぁ気持ち悪ぃ! 人間の死体なんて見るのも嫌だ! グロいし臭いし汚いし、大腸に送られた糞でさえ口から戻しそうになる………なんでこんな真っ赤なんだ、血ぃ出過ぎだろクソッタレが………」
我ながら散々な愚痴だと思うし、言葉遣いまですっかり傭兵団に染まっていると思うが、許してほしいところだ。こうでもしないと自分の正気を守れる自信がなかった。
「ソウジ、お前どんだけひ弱なんだよ………」
「………」
それはそれ、いざ敵を前にした時にブルっていたチキンのアル君に言われたくないと思ったが………しかし、そうは言っても流石、異世界の子供というべきか。
アル君は死体の血が自身に付着しないよう器用に漁っている。その仕草は大変に事務的で、一切の感動も、いや嫌悪すら見えなかった。彼の顔にはもう、恐怖の色などはない。
グロ耐性が高過ぎる。それを羨ましいって思うのは俺だけか………。
危険を前に、暴走した本能で奇妙なトランス状態みたいになっていた俺とは違うのだ。
つまり逆説的に、サバイバルな異世界で生きている人間は、割と常に理性的であるようにすら見える。狩りの時のテンションも日常もそう変わるものではないからだ。
こんな、俺と背丈も変わらない、本人も「ソウジよりは歳上!」なんて言い張っている、可愛らしい顔つきの短髪ボウヤでさえも、異世界の生活がしっかりと土台になった人格を、形成しているのかもしれない……。
だからグロ耐性が俺並みに貧弱だと思わない方がいい。
………というか現代日本でも、俺はグロ耐性が低い方だったかもしれないが。
特に幼少期のトラウマ(まだ鮮明に憶えている、あの光景)を一度思い出してしまうと、そのことをしばらくウジウジ考えて、しばらく嘔吐感に悩まされ続ける。
そんな俺は、お世辞にもグロ耐性が高いとは言えないだろう。
「……この死体さ。アルきゅんは平気なのか?」
「その『アルきゅん』をやめろ! 気色悪ぃんだよ!」
「ごめんごめん。で、アル君は平気なの?」
「………ま、いいけど。そうだな、死体くらい平気だ。当たり前だろ」
「そういうもんか………」
俺には分からない感覚だ。
未だに俺は、幼少期の、幼馴染みがミンチになった光景を忘れられないというのに。
目の前で車に轢かれて、肉片になった幼馴染みの少女―――ハルカ。
その肉片が、まるで脳裏にまでこびりついてしまったかのように、頭の中から消えないのだ。
………別に、幼馴染みを忘れたいとは思わない。というか、諸事情により彼女の両親に俺は育てられていたのだから、感謝すべきだし、その恩を忘れてはいけないだろう。
ハルカのことも、俺は忘れたいと思っているわけではない。初恋の少女だ、俺を助けて、自分が代わりに死んだ少女だ。忘れたくないし、忘れていいはずがない。
でも、あいつ、最後は俺の目の前でミンチになったんだよな………。
………………………………うぇっぷ。
気持ち悪くなってきた………。
「その………そ、ソウジ?」
「何かなアルきゅん」
「戻ってるぞ呼び方ァ!!」
「ごめんごめん。で、何かなアル君」
「と、トイレに………」
「トイレぇ?」
人が気持ち悪くしてる時に、呑気にトイレか。死体漁りは俺一人でやっとけと?
いいじゃねぇか上等だ、血の池に浮かんだような真っ赤な死体を、俺のゲロ色で塗りつぶしてやんよ。
「そ、その……できれば、その……俺を、護衛してくれると………」
「ああ……?」
もじもじ。股間を擦り合わせるアルきゅん…いや、アル君。やっぱり気が緩むとアルきゅん呼びしてしまうな。
「連れションってこと?」
「ばっ、ばか! お前はしなくていいんだよ! ただ………」
「ただ?」
「そ、その、アレだ、周りを見張っといてくれ!」
「ああ………」
既にグロッキー状態、満身創痍(?)の俺に向かって難しい命令を………いや別に難しい命令じゃないか。
野グソするからついて来い、その間は周りを見張ってろ、そんで覗くな、ってことだ。何も難しくない。実にイージーゲームだ。ジージー。
「……ってか、誰が悲しくて野郎の野グソなんか覗くんだよ」
「バカ! 野グソじゃねぇよ!」
「じゃ、小さい方?」
「~~~ッ!! そ、そうだよっ! だから周りを見張っとけって言ってんの!!」
「はいはい分かったよ」
「くっ……言わなくても察してよ!」
「へいへい」
「返事は一回!」
「へい」
まるで彼女みたいな「察してよ」「返事は一回」など文句の数々。やめてくれ、俺をフった彼女を思い出す。あれはあれで軽くトラウマなのだが。
………まぁ関係ないか。俺もなんかわけ分からん神秘に巻き込まれ、今や異世界の住人だし。
あと、そもそもにおいて、人に頼む態度ってものはあるだろうが、まぁガキンチョの言うことだ、素直にお守りをしてやろうじゃないか。
………というか俺も、ついでにその辺の茂みで一回吐いておきたい。
「うぇっぷ。行こうかアル君! うぇっぷいざその辺の茂みに! うぇっぷ!」
「ど、どうした、ソウジ……?」
心配そうにこちらを覗き込むアルきゅん。可愛いなぁ。でもごめんね、今の俺ってば未来を担う子供を愛でてる場合じゃないんだ………その慈しみの心を抱く余裕もないくらい、吐き戻したい気分なんだ………。
うぇっぷ………。
「~~っ!?!?!? ソウジっ!?!?!? た、大変だぁっ、ソウジがっ!? ―――アニキ、アニキ達ーっ!」
ぐわんぐわんに揺れる視界の中、アルきゅんの叫び声が遠くに聞こえた。
気付けば地面の上に両手両足をついて、四つん這い。胃の腑からせり上がってきたものが全部出ていく。
口の中が途端にすっぱい。胃から喉にかけての体内の蠕動が自分でも分かったくらいで、不快感でどうにかなりそうだった。
「ソウジが、ソウジが吐いたぁっ!? アニキ、アニキーッ! ソウジの様子が、おかしいよーッ!?」
アル君にしては優しいというか、何というか、背中をさすってくれていた。背中をさすりながら、アニキ達を呼んでくれていた。
彼の呼び声に、慌てて駆け寄って来るアニキ達の声が聞こえ始める。なんだ、どうしたんだ、ソウジ、おい大丈夫か、などなど。慌てているようだった。
ごめんマジで。
まだ出る。
「ソウジっ!?」
結局俺は、今朝方食った朝飯まで吐き出す勢いで、吐き続けたのだった。




