宴も終わりに近づいて
ところでこれはどういうことだろう。肉体が縮んだだけで基本的な性質は変わらないのか、精神性というか、肉体に染み付いたクセまで同じなのか。酒が入ると黙考してしまう身としては、酒で騒げる人間が羨ましい。
酒を飲みながら考え事に耽っていたら、どれくらいの時間が経過してしまったのか分からない。
酒の席ではよく知らぬ冒険者まで話しかけてきて賑やかだった。適当に返事をしたり相槌を打っている内に、夜も更けてしまったようで。
「………」
いつの間にか静かになっていた周囲を見回した。星の瞬く夜空の下、ギルドの建物の外に設けられた会場の地面には、所狭しと―――まるで死体かと見まがうような、横たわった野郎ども。
……いや男女関係なく、酔っ払った冒険者どもの寝入った姿がある。
いびきをかいて、ある者は誰かの足を顔面に近づけられて、悪臭から寝苦しそうに。またある者は、口から涎を垂らしながら、安らかに寝息を立てている。
とにかく、どこか羨ましい程呑気で、幸せそうな光景が広がっていた。
冒険者ギルドは、建物の入り口を開放し、すぐ目の前の平地も使って椅子やテーブルを並べ、連日連夜の宴を開催しており―――それも、今晩で終わりだ。
今までは主役である俺とエレンがその中心となっていたわけだが、流石に、大抵の連中は夜も深まる前にダウンしていた。宴の最終日である今日は、飲める内に飲んどけと言わんばかりの金欠アル中冒険者達が、昼間から競うようにジョッキを傾けていた。飲み過ぎなんだよお前ら。
とはいえ、ギルドに強者が誕生したことで浮かれるコイツらも、さぞかし気のいい連中なのだろう。俺やエレンのように新参ながら勝手をする者に対して、嫉妬もあるのかもしれないが、ギルドの盛り上がりそのものは素直に喜んでいるフシがある。ギルド側も上手いこと冒険者の心を掴んで運営している証拠にも見えるし……。なかなかどうして、世の中というのは上手く回っているものだと感心させられる。
「また、難しい顔してる」
「そうかな」
いつからいたのだろう、隣でぽ~とした顔でグラスに口を付けていたエレン………って、彼女は最初からずっと隣の席にいたか。
とにかく、エレンはそのぽ~っとした表情のまま、俺にしな垂れかかってきた。
「ん………お酒、美味しいね」
「改めて、成人おめでとう、エレン」
「ソウジこそ。っていうか、何回『おめでとう』言うの?」
「何回でも。めでたいことなんだから、何度祝ったっていいだろ?」
「あは。それもそうだねぇ………」
この宴の中ではもう何度目になるか分からないやり取りだが、一応まだ宴の最中だし気にしないことにしている。
ちなみにだが、先程のやり取りの通り、エレンと、そしてこの世界での俺は、少なくともこの肉体年齢的には、成人である十五歳を迎えたことになる。
まぁ、細かな暦は知らないが、とにかくエレンはおおよそ十五歳くらいだからな。あと俺も多分同じくらい。しかも、ついこの前にはグリフォン討伐とかいう目立つ功績を上げたのもあるし、ちょうどいいから成人ってことにしちまおう、ってくらいのノリだ。傭兵団の面々にも告げてあるが、冒険者との繋がりを作るという理由で、まずはこちらの宴に参加させてもらっている。
「ソウジ、あったかい………」
「お前だって結構体温高いぞ。飲み過ぎたんじゃ?」
「ソウジよりは飲んでないもん……」
「俺は……まぁ、な。皆と飲む時は同じペースで飲むようにしてるけど、俺本来のペースは、このくらい遅いから」
エレンは俺にもたれかかったまま、ぽつぽつと、あるいはふにゃふにゃした声で囁くように喋っている。
彼女が頭を寄せてくる度、その髪に光る髪飾りが目に入る。
ところで、ちなみにだがこの髪飾り、なんと俺があげたものである。
エレンへの成人祝いということで、俺からあげられるものがないかと考えたところ、王都を駆け回った時に見つけたものだ。
正直、俺にプレゼントのセンスがあるとは思えないが、それでも市井の品にしてはセンスが良いと思ったので買って、プレゼントしてみた。
何だか小さなティアラのような髪飾りで、もしかしたら子供っぽいとつっぱねられることも覚悟していたが、エレンはこれをとても喜んだ。喜んで受け取ってくれた。
それが宴の前日―――今から三日前のことである。
「………んふ。ソウジ、髪飾り、ありがと………」
「どういたしまして」
俺はもう前の世界で成人していたし、今回の俺の成人祝いは頑なに辞退した。その点で、一方的に祝われ、プレゼントされるばかりのエレンは不満だったようだが、まぁ俺からのプレゼントは喜んでくれているわけだから、こちらとしても俺の成人云々に関して、その辺は有耶無耶にしてほしい気持ちはある。
社会人になるとね、年齢、自覚したくなくなっていくんです(正直)。
「高かったでしょ?」
「別に、そうでもないって」
これもまた何度目になるか分からないやり取り。実はそこそこ良いお値段だったティアラだが、質感もデザインも申し分ないので、プレゼントした身でありながら俺の方だって気に入っているくらいだ。
武器屋の隣にあった骨董品店。骨董品と言いつつ、街の工房でいわゆる傑作とされる出来の品も並べられている店だったから、ちょうどいいだろうと判断。連日の冒険者生活で俺個人の懐も潤っていたから、その持ち金の半分以上の出しての大きな買い物をすることに。見つけたティアラは名もなき職人の名もなき一品。一目ぼれして即座に買ってしまった。衝動買いって良くない。でもお金に余裕がある時、口実があるとやっちゃうよな。
おかげで今、ちょっと俺の懐事情はよろしくないが、それ以上にエレンが滅茶苦茶喜んでくれているので、俺としては大変気分が良い。買って良かった。これを選んで良かった。俺のセンスも捨てたもんじゃないんじゃね? とか思ってしまう。
調子に乗り過ぎるのは良くないので、自信というよりは、あくまで「もしかして」という程度の希望だけ持っておこうと思うが。
「ソウジ、ありがと」
「何度もお礼言わなくていいよ。俺としては、エレンがそれを気に入ってくれただけで充分だ」
「んふっ。ありがと」
エレン、ベロベロに見える。滅茶苦茶酔っ払っているように見える。
けれども、酔い潰れて眠ったりする気配はないんだよな……。それどころか、この三日間の宴で、俺が彼女を介抱したことは一度もない。互いにしっかりとした足取りで宿に帰っている。
そういえば、これまでの人生経験で(前世も含めれば)酒に強い人間というのを何人か見たことがあるが………たくさん飲んで酔っ払いながらも、意識が比較的はっきりしているタイプのやつって、いるよな。真っ赤な顔で騒いで、でも最後にはきちんと自宅まで帰れるやつだ。あれはあれで酒に強いんだろう。エレンもどちらかといえばそういうグループに属している気がする。楽しく酔えるタイプの人間が、正直、羨ましいです。
「ソウジ、そろそろ酔っちゃったぁ?」
「うん。俺もとっくに酔っ払ってるよ」
「うそぉ………」
言いながらエレン、さらにグラスに口を付けるんだもんなぁ。コイツ、やっぱり酒豪だろ。
とはいえ、飲み過ぎには気を付けさせないと。
「えへへ。ソウジ~」
「なんだ」
「呼んでみただけ~♪」
「はぁ?」
エレンがあざとくも俺の肩に頭を預けてくる。
互いに戦闘に関する装備は身に着けていない。だから互いの肩は密着し、酒で火照った身体の体温すら伝わってしまう。
普段とはまた違う感触に、俺も何だかむずがゆい感覚を覚える。
エレンも同じなのか、時折目が合うとふにゃっと微笑んで、可笑しそうにクスクスと声を上げるのだ。
二人とも、まぁ、飲み過ぎているんだろうな。
エレンが動く度、彼女の長いプラチナブロンドの髪が俺の腕にさらりと触れる。少しくすぐったい。
「………で、ソウジ。今何考えてたの?」
突然に少しばかり気配を変えて、エレンが目も合わせずに尋ねてきた。
しらばっくれて無視しても良かったが、とりあえず俺は誤魔化すことに。
「ん、床に寝転がったコイツらがさ。愉快だなって」
俺は、すぐ側に転がっていた、顔見知り程度の冒険者の身体を足蹴にした。ゴロンと転がった彼の口の端には涎が光っており、むにゃむにゃもう食べられないよなんて月並みな寝言を口にしている。呑気なもんだ。
「うそ」
こちらが用意した即席の嘘は、あっさり見抜かれた。
元々察しが良いエレンだが、彼女の察しが良過ぎて(こちらが)困ることって、あるんだな。
「……ソウジ、時々すっごく思い詰めた顔してるから」
「してないよ」
「してるもん………さっきも、そうだった」
「……」
ぽすっ、と責めるようにエレンが俺の肩に軽く頭突きをかます。
そのまま彼女は俺の肩に頭を預けてきて、肩同士がぴったりと密着した姿勢を維持したがった。
「故郷の、こととか。考えてたり……?」
努めて自然を装っていた風だったが、エレンがその台詞を恐る恐る口にしたのが分かった。
「俺の故郷の話、誰から聞いたんだ?」
「前に……ニール達と話してたでしょ……異世界が、どーとか………」
「……」
聞かれていたか。
しかしまぁ、今さらではある。既に特定のアニキ達、及び我らが傭兵団のカシラたる、あのむくつけきオヤジには明かしていることだ。
俺は、異世界の出身である、と。
見た目の年齢と中身の年齢に、少しばかりの乖離がある、と。
というか実年齢ではニールと一緒だと。
「ま、確かに俺は異世界の出身だけど」
さらりと流すように、あっけらかんと答えた。
どうせ多く語るつもりはないので、俺の告白もそれきりだが。
「………」
ちらりとこちらを窺い見るエレン。怯えた目というよりは、気遣わしげな目だ。こちらが、どこかいたたまれなくなるような。
何だろう、もしかして「何か理由があって故郷に帰れない哀れなやつ」とでも思われているのだろうか。憐れまれているのだろうか。
まぁ、故郷に帰れないという点においては、間違いはないのだが。
実際、故郷、というか現代日本に帰りたいし。帰って養親の顔見て安心したいし。おじさんおばさん、元気かなぁ………。
「自分が情けないな。こんなガキんちょに心配されるなんざ、大人失格だよ」
振って湧いたように押し寄せる郷愁で心がどうにかなりそうで、思わずそう言って誤魔化した時。
「―――ウチだって、もう、子供じゃ、ないもん………」
「……」
ちゃぷ、と飲みかけの酒が入ったグラスを揺らして、エレンが口を尖らせた。
そんな彼女と今は視線も合わず、その横顔しか観察はできないが、彼女が大変不満そうなのだけは見て取れた。
もう十五だよ、だから酒も飲めるんだよ、とでも言いたげだ。
「酒が飲めるようになったからって、大人ってわけじゃないんだぞ」
「でも……子供でも、ないし………」
「………」
俺自身の経験談というか、まぁ人生そのものが失敗談になり得るわけだが、そうしたことを語り聞かせようとして、やめた。
いつまでも心が過去に置き去りのまま、成長しきれない大人だって存在するのだ。
例えば………俺なんかがそう、かもしれない。
しかしそんなことを打ち明けたところで、なぁ………。
「………」
「………」
しばらく互いに沈黙。ゆっくり、まったりとした時間の流れを感じつつ。
俺は気まずさを紛らわすように、グラスに口を付けたり、離したりして。ちびちびと、酒の嵩を減らしていく。
「ソウジ、ウチね」
ぽつり。独り言のように、エレンが手元のグラスを眺めながら呟いた。
「傭兵団に拾われて、良かった。もう、両親もいなくて、帰る場所もないけど………」
「………」
それを聞いて、俺は思わず彼女の横顔を見つめた。
そう言える彼女の、なんと強いことか。
まだ俺は、彼女の生い立ちの全てを知るわけではないが、両親を早くに亡くしていることは知っている。
そこを傭兵団に拾われたのだということも。
それなのに、それだけ壮絶な過去があるのに………。
「でも、皆に会えて、良かった。何より、ソウジに出会えて、良かった」
「………」
ふにゃり、にぱっ。
酒が入って酔っ払いながら、エレンは無防備に笑った。
目元は優し気に細められ、合間から美しい金色の目がこちらを覗いている。
さらりと流れるプラチナブロンドの美しい髪を、美しいティアラが飾っている。
美貌と装飾の中にあってなお、可愛らしさ、少女らしさの覗く顔が、朱に染まっている。
「あなたに会えて、良かった………」
「………。お前が良かったなら……まぁ、俺も、良かったよ」
こちらとしては、どう声をかけたら良いのか分からないので、とりあえずそう返答しておく。
前世じゃあガキの相手なんてそこそこだ。家庭教師のバイトをしたところで、心に傷を負った子供に対応できるようになるわけでもない。
それを考えると、特別なケアを受けることなく立ち直ったエレンの、なんと強いことか。
「全部、ソウジのおかげ………」
「えっ?」
俺のおかげ? 何が???
一瞬、何を言っているのか分からなかったのでエレンを見た。
彼女は再び、俺の肩に頭を預けるようにしてしな垂れかかってくる。
「………最初、ソウジのこと、ウチよりちょっと新入りなのに、生意気な子だと思ってた」
「そりゃあ……そんなこともあった? かな?」
最初、確かにエレン……というか“アル”の当たりはキツかったと思う。
何かと目の敵にされていたような記憶もうっすらとだが残っている。
「でも………ソウジは、そんなウチにも優しかったでしょ?」
「そうだったっけ?」
「そうだよ……」
「そっか」
まぁ、当時のエレン……いや『アル君』がツンデレだというのは何だか透けて見えていたので、微笑ましく眺めていたのはある。もっとも、俺が一方的に慈しんでいただけだが。
………こうして改めて思い返すと、当時の俺、めっちゃ気持ち悪いな。そういえば一方的に『アルきゅん』とか呼んでなかったっけ? うわキモっ! 恥っずっ! 鳥肌モノだよ!
「一緒にトイレ行こうとか言われた時はどうしようかと………あれソウジ、どうしたの、顔が赤いよ?」
「酒のせいだろ」
「んふふっ」
残っていた酒に慌てて口を付ける。口の中を酒が駆け抜け、わずかに風味を残しながら喉を通り過ぎていく。
俺の動揺を理解したエレンは、そんな俺の方を微笑ましげに眺めながら、自分は残った酒に口を付けることなく続きを話した。
こちらの肩にくっつくエレンの頭が、確かな熱を帯びている。
「昔は……なんて言うか、自暴自棄? ってやつだったんだと思う。全部どうでもよくってさ。皆敵に見えてた。誰にも心を許せなかった」
「………」
まぁ、そもそも無理やりに心を許す必要もないだろう。そもそも俺達の属する傭兵団が、色々な事情を抱えた人間の集まりだ。そういう懐の広さ、深さもあって、俺のような人間も置いてもらえている。
はみ出し者にははみ出し者なりの理由がある。エレンが孤児であるように、俺が異世界人であるように、ドラが放浪冒険者で根無し草だったりするように、オヤジが(おそらく)脛に傷のある身であるように。
「だからね、そんな時に、鬱陶しいほどウチに構ってくれたソウジはね、やっぱり特別だったんだ」
「鬱陶しいなら鬱陶しいって言えよ」
「言ったよ。言ったけど、ソウジったらしつこくて」
「………」
「うふふふっ」
うわぁぁぁ、なんて顔を両手で覆いたくなる。それもまた格好悪いのでしないが、当時を思い返すと色々と反省点も見えてくる。
俺は俺で、上手くやっているつもりだったが、心理的な余裕は足りていなかった。心の隅に残った焦燥なんかを紛らわせるために、癒しを求め、当時のエレンにしつこく絡んでいた………と、言い訳というか、説明を付けることはできるが。
………まぁ、因果応報というか、その頃から、徐々に心を開いたアル(エレン)に、ストーカーされるようになったんだったな。その内に、俺もエレンを仲間、あるいは共に切磋琢磨し合える相手として認められるようになったのだと思う。
「………」
「………」
大地を揺るがすような大きなイベントに見舞われたわけでもなく、仲良くはなれたと思う。少なくとも傭兵団において、見かけの同年代は俺とエレンだけだったからな。彼女としても俺は親しみやすかったのだろう。
「ソウジ。ウチね……? ウチ…………」
「………」
熱っぽい視線がこちらに向けられている。
どこか愛おしげに細められた目元、潤む唇が半開きで、うわごとのように俺の名を呼んだ。
「ソウジ―――」
「………」
漫画などのラブコメだったら、こういう時、どちらかが都合よくコテンと寝てしまうものだろうか。
何らかの病気が疑われるような寝方を、実際そういった病気でもないのに、現実でするわけがない。
つまり、俺の名を呼ぶエレンの、潤んだ両目がすぐ近くにあって。
「ソウジ」
「え……エレン?」
互いの顔は、既に、鼻先がくっつきそうなほどに近づいて。
酒に酔ったのかそれとも別の要因か、頬に朱の差したエレンの美しい顔が見えて。
どんどん、唇と唇の距離が縮まっていく―――。




