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【毎日更新】ユウシャ・イン・ワンダーランド ――ゼロ・ローグ―― ~異世界に来た元サラリーマン、異世界ライフのスタートは野盗の群れでした~  作者: むくつけきプリン
魔法研究・初級編

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出し惜しみなんて、格好悪い

『ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 低空飛行をしたグリフォンに対し、ヒーミルの地雷によって大ダメージを負わせたは良いものの、アイツめ、すぐに回復しやがって。

 グリフォンも今は空中で翼を動かしつつ、俺達を油断なく見下ろしていた。

 大きく甲高い咆哮に、俺達は両耳を塞いだ際に持っていた武器も落としてしまった。

 音がでかすぎて脳みそまで揺れたのか、咆哮が終わってもまだ少しクラクラしている。

「た、態勢を整えるよ!」

 慌てて武器を拾う俺達。ヒーミルがとりあえず声をかけてくる。

「逃げるって選択肢は」

「ソウジ、アンタはアレを相手に逃げ切れるって言うのかい!?」

「………いえ」

 ぶっちゃけ【魔装体術(マジックアーツ)】を使えば、二人を担いで逃げるくらいは楽勝だろう。

 しかしながら、それだと俺の切り札を必要以上に広めることに繋がる恐れがある上、この荒野、かなり離れたところにいるであろう他の『大鷹の爪』のメンバーを置き去りにしてしまうことになる。

 グリフォンと言えば、ギルドが募った冒険者総出で迎撃に出る必要のあるくらいの大物だ。

 なぜこんなところに出現したのかなど、疑問は残るが―――。

 何にせよ【魔装体術(マジックアーツ)】を使うなら、逃げるよりグリフォンを殺してしまった方が安全だし確実だ。

『ギュゥォォオオオォォォォォ………』

 低く唸るような声。咆哮でこちらが怯んだ隙に襲い掛かって来るかと思いきや、流石の鳥公も学習したのか、先程ヒーミルが大ダメージを負わせてからはこちらに近づく様子もない。

 さりとて退かないのは………。

「質問があるんですけど、ここにグリフォンの巣があったりしますかね?」

「いや、グリフォンは高い岸壁に巣を作ることが多いらしいからね、ここらが縄張りだとは考えにくいんだ」

「そうですか………」

 ベテラン冒険者のヒーミルが持つ知識。だからこそ、グリフォンがこの場に姿を現した時に仰天していたのだ。そんなはずがない、と。ここはヤツのような巨大魔獣の現れる場所ではない、と。

 おそらく、これまでにも何度か彼女達がセイタカオナガヒヒの狩猟に来ているはずの、この荒野。

「完全なイレギュラー………」

 本気で【魔装体術(マジックアーツ)】を使うか迷い始める。

 どうにも、俺達は貧乏クジを引いちまったらしい。

「(目を逸らすなよ、少しずつ後退するんだ!)」

「「……(コクっ)」」

 ヒーミルの撤退の提案に俺とエレンは頷く。

 少しずつ後ずさり。

 じり……じり………。

 まるで熊と相対した時のように、俺達は目を逸らさず遠ざかろうとする。

 しかし、空中のグリフォンは、まるで俺達の撤退など許さぬとでも言うように、滞空したまま少しずつ追いかけて来る。

『ギュォォォ………』

 今度は何をするつもりだ、とでも言っているように見える。

「(追いかけて来るんスけど)」

「(やっぱり………し、仕方ないね。本当に、覚悟決めるか……!)」

 グリフォンが追いかけて来るのは気のせいではない。それを告げた時、やっぱりそうかと頷いたヒーミルの顔は蒼白だった。

「(『大鷹の爪』の皆さん、来てくれたりしませんかね)」

「(合流は荒野の端っこだからね……前に野営したポイントあるだろ? あそこに集合してる頃だろうさ)」

「(………なるほど)」

 援護は絶望的だ。いや、あるいはヒーミルだけなら、俺の切り札をここらで開陳しておくのもアリかもしれない。固く口留めしておく必要はあるが―――。

 いや、やはり躊躇してしまう。

 切り札というのは、秘しておくから切り札なのだ。

 そこまでむやみやたらに披露するものじゃない。

「(クソぅ………なんだってこんなところにグリフォンが………ここらであたしも年貢の納め時か………)」

 諦めの言葉が聞こえる。

 力及ばぬことを理解した者の、悔しさの滲む声が耳朶を打つ。

 今まで、様々なクエストでお世話になった先輩冒険者が初めて見せる、弱気な態度。

 俺達後輩を可愛がってくれた先輩の、決死の覚悟。

「(……運が悪かったってことだね)」

 しかし、そんな諦めの言葉とは裏腹に、強い目をして、壮絶な覚悟を決めたこの短髪の女性、ヒーミルは、俺達に言った。

「(ここはあたしがどうにか食い止める。アンタらは、どうにかして援護を呼んで来ちゃくれないかい?)」

「「……!?」」

 死ぬ気かコイツ、と思った。

 援護など呼んだところで、間に合うはずがないのに。

 事実、彼女の真意は俺達を逃がすことにある。こんな巨大魔獣を、爆発物という奥の手も使い切った彼女が、まともに相手できるわけがない。ついばまれ、肉を引き裂かれて殺されるのが関の山だ。

 ………それでも、ベテラン冒険者が我が身を犠牲に俺達を逃がそうとしている。

 彼女のような人物がそこまでの覚悟を決めるというのは、実際、それだけ今の状況が絶望的であることを示している。

「相手がSクラスのバケモンじゃぁね………流石に、援護がないとあたしもキツいさね」

 強がりを言いながら、引きつる顔に無理やり笑みを浮かべるヒーミル。俺に「逃げろ」と言って、手で追い払うようにジェスチャーをする。

 早速じりじりとヒーミルからさらに距離を取り、後退を始めたエレン。

 そして、いつまでもヒーミルと微妙な距離を維持して、それ以上前に進むことも、退()がることもできずにいる俺。

「何やってんの早く!」

 だらしのない俺を、ヒーミルが叱咤する。

「早く逃げなって!」

 撤退を躊躇う俺に、「構いやしないよ、早く逃げな」と。

 こんな………この場を一気にひっくり返す奥の手を持っていながら、この期に及んでそれを出し惜しみする俺なんかのために、ヒーミルは緊張に冷や汗を流しながら、グリフォンを睨みつけたまま、声を張っている。

「………」

 エレンを見る。彼女もただ、目の前のグリフォンを睨みつけるだけだ。

 彼女の場合は、俺の秘める奥の手も知っているだろうに、俺に対して「なぜ切り札を使わないの」なんて責める様子もない。

 俺を、俺の判断を信じているからだ。

 ………。

 そうまでされちゃあな。

 そんな姿勢を見せられたら、ここで全力を出さない俺が、格好悪い。

 彼女達冒険者は―――いつだって全力なのだ。

 持てるリソースをフル活用して、目の前の強敵に挑戦し、突破したり、あるいは力及ばず敗れ去る。最悪、死ぬことだってある。

 いつだって、命がけの、全力なのだ。

「はぁぁぁぁ………………」

 長い、長い溜め息が出た。

 誰の溜め息かと思ったら、俺だ。

 俺は、呆れていた。

 心底、自分自身に。

「―――ちょっと、何してるんだい!?」

 瞠目するヒーミルが声を荒げる。

 無理もない。俺は彼女の言葉に逆らって、その場にとどまり続けて、あまつさえ手に持っていた剣まで放り投げたのだから。

 いつまでグズグズしているのだ、自棄(ヤケ)でも起こしたのかという話だろう。

 そんな俺に釣られるようにして、エレンもまた足を止めていた。彼女はいつだって俺と一緒だったから。こんな時でも、何ら疑問など抱いていないかのように。

「ソウジ、やるのね?」

「………ああ」

 俺の気配から意図を察して、エレンがその表情に喜色を浮かべる。

「うん、いいと思う!」

 エレンは優し気に目を細め、俺の心変わりを素直に喜んだ。

 なぜそんなに喜べるんだ? 分からないが、しかし、俺も嬉しかった。

 それだけで、俺は何だってやれそうな気がした。

『ギュォォォアアア!!』

 両腕をだらりと下げ、直立不動の俺。そしてそれに引っ張られるように足を止めたエレンとヒーミル。エレンは喜び、ヒーミルは慌てている。

 そんな俺達を見たグリフォンは好機と見たのか、空中で身体の角度を変え、こちらに向けてまたまた急降下を始めた。

 凄まじい速度。コマ送りの映像のように、グリフォンの姿がいつの間にか真正面まで肉薄していた。

 視界いっぱいに広がる、その鷲のような頭部。鋭い目と、(くちばし)

「………【魔装体術(マジックアーツ)】」

 俺は唱えた。自己に暗示をかけるためだけの、短い呪文を。

 身体中に魔力が満ちる。

 凄まじい全能感に振り回されないよう―――けれども、俺を見て目を見開くヒーミル……こちらを守ろうとしてくれた彼女と、そして、俺を信頼してくれるエレンのために―――そんな彼女達から得られた、温かな全能感には、素直に身を任せて。

「……出し惜しみなんて、格好悪いよな」

 俺は左足を前に出し、体重を移動させながら、右の拳を突き出した。

『ギュ――――』

 何か声を出しそうになったグリフォンが、ついぞ鳴き声を上げきらぬまま。

 巨大魔獣グリフォンの頭部及び首、そして胴体は。


 パァンッ


 凄まじい衝撃波と音と共に、爆散した。


「………………ふぅ」

 振り抜いた拳を戻す時、同時に【魔装体術(マジックアーツ)】を解除する。

 身体に満ちた魔力は徐々に引き、そこまで及んでいた俺の支配力も霧散する感覚がある。

 俺が残心まで解く頃には、遠くの方に落下するグリフォンの両翼がドスドスンと大きな音を立てていた。

 そして、遅れて周辺に落下する血の雨と、細かな肉片(先程までグリフォンだったモノ)。

 実にグロくて気持ち悪い。あと臭い。ものすごく鉄臭い。

「~♪」

 俺の相棒のプラチナブロンドの美少女・エレンは、血の雨を浴びながら嬉しそうにニッコニコ。猟奇的だ。ものすごく不気味だ。しかしどこか愉快なのは、もはや俺の方でもエレンのことを信用しているからだろう。

「………………………………………………」

 そして、あんぐりと口を開けたヒーミルが、直後に上げた悲鳴が印象的だった。


「う、う、う――――うっそォォォォォォォ!?!?!?」


 ……ですよね。

 まぁ、仮に俺が向こうの立場でも同じリアクションを取ったと思われる反応で、実に清々しかったのである。

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