ここはファンタジー世界だけれども、例えばの話―――
「―――あれ?」
紙に字を書いてみる。
おかしい。
「………………あれ?」
紙に並ぶ文字列。
見覚えのあるものばかりだ。
見覚えのない言語が一つもない。
「あれれ?」
そう。
それは、はっきりとした異常事態だった。
前世の―――元の世界の記憶があればこそ、これを異常事態だと思うことができる。
「どういうことだ……?」
俺は、日本語と異世界語とを並べて書き、どちらにも酷く見覚えのあることに、改めて違和感を感じていた。
「あのぅ、ニールのアニキ」
「ん、どうしたソウジ」
俺は、洞窟の外で暇そうにしていた―――いや、休憩中だったニールのアニキに尋ねてみる。
「つかぬことをお聞きしますが」
「何だよ改まって」
やや動揺している自覚はある。
「アニキは、読み書きって……できます?」
「んだよ馬鹿にしてんのか? あぁ?」
「いっ、いえそうではなく! 自分でも習った覚えのない言葉が書けるって、おかしくないですか!?」
「そりゃおかしいな。おかしいだろうよ。でもどうして急にンなことが気になるんだ??」
「いえ……その………」
俺が言いよどんでいると、ニキは自分の癖毛の頭をわしわしと掻いて「そういやお前記憶が混乱してるとか言ってたな……」と勝手に納得してくれたようだった。
「まぁ言葉を一瞬で覚える魔法も世の中にはあるみてぇだけどな」
「そうなんですかい!?」
「うおっ、何だよ急に。離れろよ近ェよ」
初めて聞いたぞそんな話。
言語を一瞬で習得できる……魔法だと!?
それは、ある種、俺の身に起きたこの超常現象に、何かしらの説明をつけてくれる事象なのでは。
「そ、その話、詳しく!」
「オレも詳しくは知らねぇよ! 知りたきゃ自分で調べればいいだろ」
「………もっともなことで」
異世界ファンタジーの謎は深い。
―――日々の雑用の間で、こうした謎を解こうと情報を集めようとするが、いかんせん山の中に洞窟のアジトを構える集団の中での生活だ、ロクな情報も集まりやしない。
この世界の一般常識ってやつを俺なりに集めているつもりではあるが、どうしてもそれがアウトロー寄りになってしまうのには目を瞑るとしても、やはり得られるのは自らの経験と、他者の経験(実体験とそれらの話)のみ。
やはり、せめて文献か何か、活字でしっかりと知識と常識を補強しておきたいところだが………それはおそらく望むべくもないな。
紙があるからと言って活版印刷があるとも限らないし、手書きの書物を探したところで収集難易度がよりいっそう上がるだけだ。
ひとまずはこれまで通り、情報の収集方法に関しては舵を戻した方が良さそうだな………。




