半人前なりに食らいつく
そもそも俺は、こんな時、こんなところで何をやっているのだろうと思わなくもない。
元の世界での俺の最後の記憶は、お世辞にも良いものとは言えない。思い出す度に後ろ髪を引かれる思いだ。あんな不可思議なトンデモ現象が起きた後、どうなったろう。ハルカは―――そして俺の養父母は、果たして無事だろうか。
安物のレザー製品を身にまとったような、どこぞの世紀末みたいな格好で(実際に、動物というか魔物の素材でできた衣服だ)、俺は元の世界のことを考えていた。
弓矢なんぞを構えて、お前それ本気か、何をしてるんだと思われるかもしれないが、こちとら大真面目である。
そもそも生活様式からして大分違うこの世界で活動すること半年以上。
俺はこうして、樹上で息を潜めてしばらく―――具体的には三十分くらいか。
長い長い緊張を強いられている。
そして今、ようやく地上で動きがあった。
<撃て>
狩猟部隊のリーダー……ニールのアニキ、略してニールニキからそんな合図が出た。
「………っ!」
引き絞った弓。放たれた矢は、俺の一本だけではない。その辺の木々から何本もの矢が放たれ、地上に降り注いだ。
『ブヒィィィイ!』
脚や背に矢を受けたデカいイノシシみたいな魔物が、暴れながら倒れる。
「――っしゃ!」
どこからともなく声が上がり、俺も含めた狩猟部隊の全員が地上にシュタッ、と降りて来る(皆と息の合った行動は、自分まで精鋭の一員になれた気がしてちょっと気分が良かった)。ちなみに木の上からでも無傷で飛び降りられるのは異世界ってことで……。どうやら俺の身体能力は、元の世界でのソレとは比較にならないほど向上しつつあるらしい。我ながら怖いところだが。
『ブヒッ…! ブヒッ、ブヒィイイイイイ!』
デカイノシシはまだのたうち回っていた。
神経毒を食らってコレでは、なかなかにタフだと言わざるを得ないが………しかしその脚は宙を掻き、走り出すどころか起き上がることすら叶わない。
恐るべし、異世界の狩り―――毒矢。
これは肉の味を損なわず、人体に影響はないが魔物には効果てきめんという、摩訶不思議な調合毒が塗られた矢による狩猟。
デカイノシシは徐々に暴れる力を弱めていき、痙攣する脚の筋肉を制御しきれず、口から泡を出しながら疲労により弱っていく。
「ソウジもよくコイツのケツに矢を当てたな」
「!」
デカイノシシのケツに刺さった矢を見て、ニールニキがそんなことを言った。
……なんと、まぁ。あんな咄嗟の状況で、誰が放ったか分からない矢がイノシシに降り注いだ中でも、しっかり誰の矢がどこに向かったのか把握しているニールニキだ。
「ソウジてめぇ、矢は当たるじゃねぇか!」
「剣だとへっぴり腰なのにな!」
他の面々も似たような感じだ。デカイノシシに刺さりまくったこれらの矢が、誰の放ったものか把握している。
………やっぱりすげぇや。俺などまだまだだ。
「へへっ……アニキ達に弓も教えてもらいやしたからね。アニキ達の教えのおかげっすよ」
「まったくお前は謙虚だな」
「へへっ。返事と謙虚さだけが取り柄なもんで」
俺が面々とそんなやり取りをしている間に、暴れる勢いが若干だけ弱まったデカイノシシに近づくニールニキ。
「そーら、よっ!」
デカイノシシの脳天に、ニールニキの持っていたメイス(昏倒用)がゴスッ、と直撃。
『ブヒッ―――………………』
デカイノシシは気を失い、宙を掻く脚の動きも完全に止まった。
そこでようやく剣による狙いすまされたとどめの一撃が、イノシシの頭蓋骨を貫通して魔物を絶命させた。
実に見事な手際。
「ソウジ」
「へいっ!」
言われて駆け寄り、デカイノシシの脚を俺一人で持ち、引きずり始める。
絶命し、支えを失った大きな魔物の身体は、本当に重いな。
けれども俺は、たとえ引きずった状態とはいえ、魔物の身体をこうして運搬できる。
運搬できるように、なった。
コツを掴んだから………と思いたいが、今の俺と狩りに初めてついて行った時の俺とでそう大きく変化があるのかは微妙だ。
この重量をこの俺のような子供の体躯で運搬できるのは、そもそも驚愕すべきことだと思うが………それはツッコんだら負け、いや考えるだに無駄なことだろうか。
そこに関しては誰も「すごい」なんて褒めちゃくれないし、もしかしたら結構当たり前のことなのかもしれない。
つくづく、元の世界の常識では語れないものが、ちょくちょく現れるこの世界での暮らしだ。
俺の身体も、こうして異世界ライフを送る中で、既にどうにかなってしまっているのだろうか。
見た目には、そんな筋骨隆々ってほどでもないはずなんだが………。
骨密度や筋密度に違いがあれ、それは本人では知覚&比較できない部分なだけに、検証ができないところだ。
「どうしたソウジ。疲れたか?」
「おいおい、今さら運べねぇって?」
「……すいやせん、ちょっと考え事を。今行きやす~」
ともかく俺は、向こう三日分くらいの食料がスムーズに手に入ったことを誇らしく思いながら、狩猟部隊の面々と共にアジトへ帰還するのだった。




