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辺境に追放された聖女は今日もご飯が美味しい

作者: にふゆ

「いーい天気……」


窓から射し込む光に独り言が漏れた。


私ことリコリスはアガレラ国の聖女である。

けれども、アガレラ国にはたくさんの聖女や神官がいて、その中で私は圧倒的に落ちこぼれの聖女だった。他の聖女たちから同僚として認識されていたかも怪しい。

ちなみにだが、この国の聖女と神官はアンデッドという不死の魔物の駆除が大まかな仕事だ。

この世界には人間と動物の他に、魔法をぶっ放してくる動物という魔獣、それからアンデッドという魔物がいる。アンデッドについてはゾンビやオバケっていう方が分かりやすいかもしれない。

アンデッドにはこの国の聖職に必須な光属性の魔法やスキルしか効かないので、聖女や神官たちは世界の国々から派遣を願われている。光属性を持つ人間は稀少なうえ、遥か昔に神の祝福を受けたとかいうアガレラ国でしか生まれない。しかも、そのほとんどをこの国が独占するから、他国はアンデッドが発生すると頼らざるを得ないのだ。

そして、その代金は法外なものだと聞く。教会だ神様だなんて言いつつも、実際やっているのは人材派遣で上層部は豪遊三昧、生臭坊主も裸足で逃げ出す有り様だ。

だから、一応毎日神様へのお祈りもするが、あまり信仰心は関係なかったりする。

身よりのなかった私は光属性のスキルがあるからと教会に引き取られて聖女になったけれど、それがまた光属性が得意とする治癒も出来ないし、魔物の討伐も出来ないスキルだった。

私自身も見た目が良ければどこぞの貴族の養女になったり妻になったりもあったろうが、容姿は平々凡々。黒目黒髪で、年齢より幼く見えるくらいしかとりたてて特徴がない。

そんなだから早々に聖女とは名ばかりの飯炊き番になって食堂で働くこと十年、この国の成人年齢である推定十六才だろう年齢になった途端に国の端っこの方にある片田舎のこの土地の教会への赴任を言い渡されたのである。

ちなみに、この教会に他に職員はいなかった。

事実上の追放である。

……さて、それはそれとして今日も今日とてこの田舎は平和である。

辺境だなんだの言われてはいたものの住んでみるとこれが中々快適で、私はここが大好きになった。それと言うのもここに生えていた植物にある。

そこら辺で雑草のように生えている植物、緑のはっ葉がだんだんと黄金色の稲穂を実らせるアレ……そう米。日本の主食お米が自生している。いくら探しても見つからず、半ば諦めていたそれがこんなにも無造作に。

どう考えてもおかしい状況ではあるが、ここは異世界。魔法がある世界なんだからと無理矢理自分を納得させたのが懐かしい。


実は私、異世界トリップとやらをしている。

本当は令和の時代の日本人で、会社帰りに車に轢かれて死んだと思ったらこのファンタジーな世界に幼児化した状態で転がっていた。聞き間違いと伝達ミスが重なってリコリスになってしまったけれど、本当の名前は葉山莉子だ。

そして、そんな私に与えられたスキルは『キッチン』。食い意地が張っていたからだろうか、実家の台所が具現化される。ただし場所は異次元みたいで、入り口に当たるドアは私にしか見えないし入ることも出来ない。

ただ、そのキッチン内の調理器具は現代日本のもの。この世界は電子レンジもないし冷蔵庫もないけれど、それらをはじめとした調理家電は軒並み揃っているし、ガスは竈じゃなくてコンロで水道は井戸じゃない。オーブンだって石窯じなくて、ボタンひとつで焼き上がりまで任せられるお馴染みのそれだ。火を起こすのも一苦労な原始的な厨より、こちらのキッチンを使う方が絶対に効率がいい。

私は当然のように任された仕事を自分のキッチン内で行うようになった。

すると、どうなるか。


スキルのレベルがものすごく上がる。


私のスキルはキッチンを使って料理をすればするほど経験値が入るらしく、仕事として料理をしていたせいでレベルが爆上がりしたのだ。

おかげで、キッチンの設備も実家から学生時代にバイトしていたレストランのものになり、そのうちに他の施設に繋がるドアが生まれた。

他の施設とは主に食品工場である。……いや、なに言ってんだって話なんだけど、本当に。

醤油やケチャップなどや顆粒コンソメなど、調味料やだし系の工場が多い。工場の数もスキルレベルが上がるごとに増えていって、キッチンに設置された扉がそういう壁紙みたいになっている。

工場内にはベルトコンベアーがあり、指定された原材料が真ん中辺りにある謎の装置をくぐると完成品になって出てくる。所要時間は十秒くらい。絶対に本来の工程的には装置の幅も時間も短すぎるとは思うのだが、『スキルだしな……』と深く考えるのをやめた。

スキルで死にかけるほどの傷が一瞬で治ったり、無から炎や水を生み出したりするのだ。原材料を用意している点、まだこちらの方が謎度的にはましな気さえする。

それに、この食品工場で作られた品々は怖いからで使わないのは惜しすぎた。

なんでって、この世界のご飯ってあんまり美味しくない。美味しくないというか、味がワンパターンというのが正しいのかも。調味料が塩と砂糖くらいしかないから、結局どれもこれも同じ味になりがちなのである。舌の肥えた現代日本人には耐えられなかった。


「今日はなに作ろうかな……」

「これを使ってくれ」


ドカンとスキルじゃない方のキッチンの調理台に置かれたのはおそらく豚肉だろうか。この世界、魔物の肉も普通に食べるので、豚っぽいモンスターの肉かもしれない。というか、たぶんそう。この辺境の地では人間が住んでることが間違いみたいに魔物が出る。


「ジェイドさん、朝から狩りですか?」

「いや。見回りをしている時にツノブタがぶつかってきたから仕留めただけだ。事故だな」

「あらまあ、立派なお肉になっちゃって……」


このすらりとした長身の男性はジェイドさん。赤目黒髪の超絶イケメンだ。切れ長のつり目が少し怖い印象を与えるけども、実際はものすごく優しい。なんたって、ここにやって来て右も左もわからない私の世話をしてくれたのが彼だ。

というか、あれは哀れみだったような気もする。ジェイドさんと初めて会ったのは私がお米と前世ぶりの再会を果たしていた時のこと。

ここら辺では刈り取ってもすぐ伸びてくる稲はガチで邪魔者扱いの雑草だったらしく、むせび泣きながらお米を食べようとしている私にドン引きしていた。まあ、童顔のせいで子どもだと間違われていたみたいだし、その辺りの同情もあったのだとは思う。

そんなこんなで、ぼろぼろの教会に住むのは辛かろうと彼の家に招かれ、今では住み込みでハウスキーパーをやっている。


「わかりました。今日は豚カツを作りますね」

「ミソカツか?」

「わかりました、味噌カツがいいんですね」

「……ばれたか。そうしてくれるとありがたい」


照れた様子で笑うジェイドさんに、庶民的な舌にしちまったなあと私は内心ちょっと焦る。

このジェイドさん、実はアガレラ国のお隣の国、ファリス帝国の皇帝の弟さんだ。ファリス国はこの世界のどの国よりも大きな国だという。私ったらお米に興奮しすぎて知らず知らずのうちに国境を越えていたようなのだ。

毎日食堂と寮の往復だったから世間や社会に疎かった私は全然知らなくて、素性を明かされた時は冗談じゃなく飛び上がって驚いてしまった。

今私が住まわせてもらっているお家は、彼の隠れ家らしい。一人でゆっくりしたい時に使用人もいないここで過ごしていたと聞いて、私がここに住んでいいのかと思わず尋ねてしまったが、やはりジェイドさんは優しかった。


「ただでさえ初めて来た国なんだ。慣れない人間に囲まれたら辛いだろう。ここらは周りの村も人口が少ないところばかりだし、ゆっくり慣らしていけばいい」


もうね、神かと。ここに来て一番優しくされて、私もうこの人についていくことを決めた。

そして、せめてもの恩返しに毎日美味しいご飯を作っているというわけ。

ありがたいことにジェイドさんも私の作る食事を気に入ってくれたらしく、どうしても外せない仕事がある時以外は私のところでご飯を食べている。きっと今もそうだろう。

朝食の支度をしながら、彼に尋ねる。


「ジェイドさん、豚カツはお昼ごはんでいいですか?」

「夕食で頼みたい。昼は用事があってな……ただ、」

「お弁当ですね」

「リコには全部お見通しだな……」

「いつもそうですもん。さすがにわかりますよ」

「それもそうか……。それと、急なんだが同行する部下が二人ほどいてな。そいつらの分も頼めるだろうか?」

「上司の鑑か?」

「なんだって?」

「あ、イエ。ジェイドさんみたいな上司で部下の皆さんは幸せだなあって」


むしろ羨ましい。異動前の食堂で働いていた時の料理長なんて、私の作った料理がお偉いさんたちにウケたと聞くやいなや、手柄を横取りしながらも私には寝る間も削るくらいの働きを要求した。ご飯だけはつまみ食いでしのいでたけど、給料なしだし手を上げられることもしばしば。最悪の職場だった。


「まあ、お弁当も三人分くらいなら平気ですよ。前みたいに演習の炊き出しするとかは前もって言ってほしいですけど」

「……あれはすまなかった」


ジェイドさんは申し訳なさそうにしているけど、これに関しては本気で申し訳なく思ってほしい。なんたって、急に百人以上の食事を用意してほしいと頼まれたのだ。スキルのキッチン内では時間が止まるから間に合うことは間に合うんだけど、普通に疲れる。まあ、ジェイドさんは報酬としてちょっとびっくりするくらいの報酬をくれたから許したけど。


「言ってくれたらいいんですよ。さ、朝ごはんにしましょうか」


今日の朝ごはんはご飯と味噌汁、それからほうれん草のおひたしにだし巻き玉子と鮭の西京焼き。ジェイドさんは味噌が好きらしく、鮭を見つけてぱっと顔を輝かせている。

私を真似てマスターした箸を扱って、それを一口。天井を仰いで、それから潤んだ瞳で私を見つめてきた。


「……結婚してくれ」

「はいはい。早く食べないと冷めますよ」

「今度指輪を贈るよ」

「お料理の時に邪魔なので大丈夫です」


何度目のプロポーズだろうか。もうすっかり慣れたそれを流して、お茶を渡す。


なんとも平和な日常である。


今もこの世界のどこかでは顔も知らぬ同僚が魔王を手懐け従属させていると聞いたけれど、出来損ないの私の方がこんなに悠々自適に暮らさせてもらっていいのかしら。なんたってほとんどニートといっても差し支えない状態で、聖女らしい業務も朝晩のお祈りくらいだ。

ちょっと申し訳なくなってしまった。





「国王陛下、お時間をとっていただき感謝します」

「いえ。して、なんの用件でしたかな」

 アガレラ国王はひきつった笑みを浮かべながら、目の前の男と対面していた。

ジェイド・ファリス公爵。ファリス帝国の皇帝の弟。目の前にしたのは初めてだが、冷や汗をかくほどの威圧感を感じる。自分の方が立場は上であるはずなのに、油断をすれば喉元を食いちぎられそうな気さえする。

 自分よりずっと年若いのに、この迫力は戦場で身につけたのだろうか。この男は皇帝の弟という地位にあるにも関わらず自ら軍を率いて、そのすべての戦いで勝利をおさめてきた。指揮もさることながら、本人の実力も折り紙つきで魔王と呼ばれ恐れられている。

帝国がこのような大国になったのも彼の存在が大きいと言われているくらいだ。

こちらの心境なんて一切知らなさそうに穏やかに微笑んだ男は、しかし爆弾を落とした。


「今後、帝国への神官と聖女の派遣はもう結構です」

「な、なぜだ!?」

 

王が思わず声を荒げてしまったのは仕方ない。

アンデッドへの対抗策は光属性しかないというのに、それを要らないといったのだ。

現在戦える光属性を持つ人間のほとんどを王国が独占していて、幼少期に国民の検査をし該当するものは教会に収容している。たとえ、取りこぼしがあったとしてもひとつの国、それも大陸一の大国に出るアンデッドを狩りきるには心もとない数だろう。

椅子から立ち上がりかけた王を「まあまあ」制した公爵は、微笑みを浮かべたまま話を続けた。


「そんなの、光属性を持つ人間が我が国にも出現したからに決まっているじゃないですか」

「……な、なんだと?そんなはずがあるわけ……」

「リコリスという聖女をご存知ですか」

「は……?」

「黒目黒髪のリコリスという聖女です。あなた方が国境沿いの教会に派遣した女性だ。孤児だった彼女を国が引き取って聖女にしたと聞きました」


そう言われて思い出すのは地味な容姿の女。光属性があるからと拾ってやったのに、なんにも役に立たない期待外れだった。

それがどうしたというのだろう。さっぱりわからなくて王は顎を撫でながら、首をかしげた。

すると、男はますます笑みを深くして。


「おや、ご存じない?それなら、彼女が作る食事はどうですか。物珍しく、喜ばれたと聞いていますよ」

「知りませんな。あいにく、私の食事は料理長に任せているもので」

「そうですか。それはもったいない。彼女の作る料理を口にすれば、光属性が付与されるというのに。ああ、この国は光属性が元々ある者が多いし、気づかれなかったのかもしれませんね」


そんな馬鹿な。しかし、それは言葉に出来なかった。公爵が手のひらの上に光の球を作り上げたからだ。背後に控える彼の配下の二人も同じように光の球を生み出して見せている。

ぶるぶると身体が震えたのは怒りか、それとも恐れか。ついに王は立ち上がってテーブルを叩いた。


「聖女リコリスは我が国の国民だ!返して貰おう!」

「できません」

「なんだと!?それは誘拐じゃないのか!」

「彼女は自らの意思で国境を越え、そして正式に帝国の人間として認められた。彼女が帰りたいというならまだしも、そうでないなのなら返還には応じられませんね」

「だが……!」


尚も言いつのる王に対して、「はッ」公爵は鼻で笑って、先ほどまでの好青年ぶりはどこへ行ってしまったのか。足を投げ出してだらしなく椅子に座り直すと、するどく睨みを効かす。


「返すわけねえだろ。リコは俺の婚約者だぞ」

「こっ!?あんな孤児をか!?」

「やっぱり知ってんじゃねえか」


ぐっと言葉を詰まらす王を公爵は顎をしゃくって指した。


「お前ら、リコにどんな扱いをした?聞いたところ酷い扱いだったそうじゃねえか」


この状況ではもう知らなかったとはさすがに言えなかった。攻撃に特化したスキルを持つものを優遇する一方、戦えない、役に立たないと判断した者への扱いがよくないことを知りながら、黙認していたことは事実だ。後ろ楯もない孤児だったというなら、相当に酷い扱いを受けていたことには違いない。

黙り込む王に公爵は容赦なく鋭い視線と言葉を投げた。


「もともと民のためだと思って高い金を払うのを我慢していたがよ、てめぇらみてえな強突張りにびた一文払いたくねえんだよ」

「……それは仕方ないだろう!正当な報酬だ」

「命が惜しけりゃ金を払えってか?……まあ、安心しな。お忙しいお宅に代わって、うちが格安でアンデッド退治を引き受けてやるからよ。報酬も適正なもんになって心も痛まなくなるだろうさ」

「まっ……、待ってくれ!」

「じゃあな、じーさん」


それ以上はこちらの言葉も聞かずに公爵は席を立つ。

この国は他国のアンデッドを討伐することで資金を得ていて、それがあることで貴族や王族の豪勢な生活が成り立っている。それが無くなったら……、


「頼む!待ってくれ!」


伸ばした手も空しく、公爵は返事をしないまま謁見の間を出ていってしまったのだった。



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