(1)
タリアナ王国にそびえ立つ山々の山頂では300年ぶりにブラックドラゴンが羽化して飛び立った。300年分の瘴気を吸った殻はドミニク川に落ち、溶けていく。
ドミニク川は分岐しタリアナ王国とブルーノ王国を流れ海に至る。
瘴気はそこまで迫っていた。
ここはタリアナ王国の謁見の間。タリアナ国王とギルベルト宰相が何やら悪いことを話している。
「ギルベルト、儂は長生きしたい。そこで相談だがユルハラ子爵領では300年に一度どんな病気も治す花が咲くらしいのだ。詳しいことはユルハラが持っている古文書に書いてあるらしい。あそこの娘は9歳だが美人らしいな。あの娘を嫁にしてあそこの土地を手に入れてその花を手に入れたいと思う。どうだろうか」
「国王様それは良策ではありません」
「どうしてだ!」
「それでは娘しか手に入れることができません。娘も土地もというのは無理でございます。国王様は長生きをしたいのですよね。でしたからユルハラ子爵領のみにして、そのうち娘に施しを与えて手に入れたらどうでしょう」
「そうか。そうだな。では手配はお前に任せる。楽しみだ。ふぁっはははは!」
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「ただいま!!」
私はタリアナ貴族学校から帰り、玄関でお辞儀をするセシリアに手を振る。
部屋着に着替え、メイドのジーナが入れた紅茶を飲みながらいつものように学校であったことを話す。
「今日の体育は急遽フォークダンスになったのよ。男子って嫌よね。手を思いっきり握られて指を絡ませるし、足を絡ませてきた子もいるのよ」
「そうですか。その子の特徴をあとで教えてください。締めておきます」とセシリアが言うと、
「お嬢様は綺麗ですから誰もが絡みたいのですよ」
とジーナが呟いた。
ジーナはお母様が亡くなってからユルハラ子爵家で私だけの世話をしている。他にもメイドがいるのだけど他の子が私の担当になるとすぐに担当を辞めてしまうので、結局ジーナがいつも私の側にいる。私、決して新人の担当メイドを虐めてないですわよ。
実は3日前
誰もが羨む婚約の申込みがタリアナ国王から私ナリア・ユルハラにあったのよ。父には嫌だと言ったのだけど、国王に逆らえば反逆罪で即刻絞首刑だから断れないと引き受けてしまった。
「私は9歳なのに、国王は66歳よ。いくらなんでも年が違いすぎますわ。断ってくださいませ」
「国王はすぐに宮廷にお前を差し出すよう要求してきたが、あの男はろくなやつではない。やつには王妃がいない。それは片っ端から若い女を王妃にして王妃が年をとれば捨ててきたからだ。それにやつの目的はナリアだけではない。儂は時間をかせぐためにとりあえず承知した。だが騙されたふりをしたから心配するな」
宮廷に伺う服がまだ間にあわないから、すぐには宮廷に赴くことができないと返答して、時間稼ぎをしていたらギルベルト宰相が王都の兵士を連れてやってきた。
「国王からの書状を持参した。ユルハラ子爵と娘ナリアはすぐに出てこい!!」
私たちは自分で出るというより兵士から無理矢理引っ張り出される形でギルベルト宰相の前で跪かされた。
ギルベルト宰相は国王からの書状を声高々と読み上げた。
書状の内容は
『昨日、儂という婚約者があるのに他の男たちと手を繋いでいた、しかも中には足を絡ませたとも報告があった。一族連座して絞首刑にしてもいいが、ナリア・ユルハラには将来がある身ゆえユルハラ家を子爵位から平民に落しタリアナ王国を追放することで刑の執行を免除する。なお財産並びに所領地は王家が没収する』というものだった。
婚約を嫌々受入れたのに、昨日私が浮気をしたからとギルベルト宰相が婚約破棄の書状を読み上げたのち、捨てるように父に渡した。
結局私は一度も国王に会うこともなく婚約をし、そしていわれもない理由で破棄された。
ギルベルト宰相が気味の悪い笑みを浮かべている。
「ふふふ、まあ、お気の毒だとは思う。命が助かっただけでも運が良かったと諦めることだ。儂だって少しは理不尽だとは思うが、儂もあなたと同じ目にはあいたくないですからな。
さて、儂が国境まで見送りましょう。これよりすぐに隣国ブルーノ王国に行く準備をしてくだされ。ブルーノ王国はいい国かもしれませんぞ。そうそう金貨1万枚は残念ながら引き取らせていただきますぞ!」
と言うと金庫にある金貨袋を取り出した。
「お父様どうしてこんなことになったの?」
「すまない。罠にはまった。
婚約が決まって国王から当家の蔵書をすべて王家に寄贈せよと言われ持参した。その代金として金貨1万枚をもらった」
(事前に想定したとおりだ。あくまでも罠にはまったふりを押し通す)
「では、せめて身支度だけでも時間をいただきたい」
「そうだな。儂もそこまで鬼ではないからな。着替えぐらい用意してもいいぞ。だが金銭的価値あるものを持ち出すことはまかりならんぞ」
私とお父さんは部屋に戻り、着替えをカバンに詰める。兵士は部屋の外で待っている。お父さんが急いで私の着替えをカバンに詰める。
私は何も聞かされていないのでお父さんに尋ねた。
「身分を平民に落として国外追放までする必要はないのでは?」
「それは、本当の目的がユルハラ子爵領の土地を手に入れるためだからだ。それにたぶん隣国に行って数日した後お前に助け船を出して、妾にでもするつもりだろうよ。これまで何度も国王が使った手だ」
「そんな年寄りは嫌だわ。それはそうと、ユルハラ子爵領に資源らしいものはなにもありませんよ」
「それが、国王が一番欲しているものがあるのだ!ロングスリープフラワーが!」
「あれは神話でしょ?」
「いや、本当に存在する。それを欲してこの土地を奪うために婚約したのだ。犯人は国王だ」
「だったら婚約はしてもしなくても結果は同じではないですか?」
「そうだ。婚約を断れば死罪とすることで手に入れる。婚約を受入れればケチをつけて婚約破棄して追放し土地を手に入れる。ついでにお前も手に入れる。どちらにしても目的は土地だから結果は同じだ。だからひとまず絞首刑にならないために婚約を受けた。
国王は昨年より健康を害していて今年あたり危ないのではないかと噂されている。そんなとき国立図書館で古文書が発見された。それにはロングスリープフラワーがユルハラ子爵領で咲き領民の命を救ったと記載されていたから、わが家の古文書にもっと詳しい記録があると考え、急いで寄贈させた。
あれを分析すれば今年咲くと予測できる。だが対価なしでは他の貴族への示しがつかないから、金貨1万枚をくれた。ただ最初からくれる気はないから没収したのだ。ついでに我家の他の財産も欲したのだ。いつものことだ」
「ここの国王は酷い人なのですね。ところでお父様、古文書は読みましたが今年咲くとは記載されていませんでしたよ」
「いや、必ず今年咲くのだ」
「どういうことですの」
「この国タリアナ王国と隣国ブルーノ王国は300年に一度必ず奇病が流行する。そのたびにユルハラ領にロングスリープフラワーが咲いて領民の病気を治したと古文書に記載されている。今年がその300年目だ。それに気づいた国王がロングスリープフラワーを独占し自分の病気を治し、あわよくば永遠の命を手に入れようとしているのだ。
バカな国王だ。朝から晩まで女を侍らして運動もしないで油濃い物ばかり食べてぶくぶく太っているのが原因だというのに!!」
私と父はギルベルト宰相と兵士に監視され、その日のうちに国境まで連れてこられた。私に母はいない。父と二人きりの親子だ。父の話によると母は私が生まれてまもなく病気で亡くなったと聞かされている。
今日から二人旅だ。使用人は昨日解雇したから見送りはいない。手に持っているのは着替えだけ、路銀も持たされていない。何も知らない異国で生活できるだろうか。心配は絶えないが行くしかない。
「セドリック・ユルハラ子爵、いや平民だったな。セドリック・ユルハラお前を国外追放のうえ財産没収の刑に処す。くれぐれも我国に戻らぬように。戻れば絞首刑だ!」
私達は体に縄を巻かれていないが、逃げないように腰縄をされている。この恰好で国境まで馬に乗ってきたから、重罪人の引き回しと何ら変わりない。
これほどの屈辱を受けるような罪なことはなにさら犯していないが民衆はそうとは思わない。行く先々で石を投げられた。
私は体育の時間にフォークダンスを踊ったから確かに男の子と手を繋いだ。でもこれが浮気になるの?
国境検問所の手前で縄を解いてもらい出国手続が完了するまで見張られていた。本当に国外に行くが心配のようだ。
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国境を越えてブルーノ王国に入った。入国手続は簡単に済んだ。これでいいのかと思うほど簡単だった。貴族でなくなったらこんなに簡単なんだ。
でも実際は違ったのだけどね。父は出入国管理官に靴底から何やら書状を出していた。それからは、役人は父にペコペコ頭を下げていた。
古文書によればこの国もいずれ奇病が流行するだろう。でもロングスリープフラワーはユルハラ子爵領でしか咲かない。ブルーノ王国では咲かない。どうなるのだろう。私達も罹患して苦しみながら死んでいくのだろうか。
そんなことを考えつつも今はお金も土地も失ったから、これからの生活の方が心配だった。
運良く父はブルーノ王国の牧場に住み込みで乳搾りの仕事をみつけた。この牧場主は成功者のようで私の住んでいた子爵領のお城よりもりっぱな建物だった。私達の住まいは他の使用人よりもりっぱな造りだけどいいのかなぁ。でもおかしいのよ。それほど好待遇なのに新参者に誰も文句を言わない。
私は父が仕事に出ている間に牧場主のジミニク・ドナの子フリアンに読み書きを教えて小遣いをもらっている。ジミニクは平民の私にとても丁寧に接してくれる。
昼食は毎日ジミニクの家でご馳走してもらっている。私専属だったメイドのセシリアはドナ家に就職していた。もう使用人でなくなったのに前と同じように私の世話をしてくれる。
ジミニクの顔を見ていると、なぜか私たちを微笑ましく見ている。
住み込みの子にそんなに丁寧に接していいのかなぁ。
そういえば、この味は、毎日お父さんと食べている夕食の味だ。住み込みをしてからお父さんが料理を作っている姿を見たことはないが食事は毎日用意してある。誰が作ってるの?
「本日もありがとうございました。フリアンも進んで勉強するようになりました。これからもどうぞよろしくお願いします。お嬢……。いや、ナリア明日も頼む」
私が家に戻るまでジミニクとフリアンは頭を下げている。私のような平民にもったいない。
この牧場に来て2月が過ぎた初夏、恐れていたことが起こってしまった。ブルーノ王国の北部で奇病が広がっているという。ここは西部だからまだいいが、いずれここにもやってくるだろう。
奇病はタリアナ王国でも流行しているようだった。
食事時、
「今日はフリアンに足し算を教えたのですよ。この調子でいけばすぐに引き算も覚えますわ」
「そうか、ナリアは先生に向いているかもしれないな」
「そう!うれしいわ」
いつものたわいもない親子の会話をしていると隣家のアルフォンスが戸を叩いて叫んでいた。
「大変だ!!国王の子が流行病で瀕死らしいぞ。とうとう王城にも流行したようだ。ここも危ないかもしれないから気をつけてくださいよ。俺は町の人にも知らせてきます」
アルフォンスはお父さんに丁寧に接する。
とうとうここまで迫ってきた。次は私たちが罹患するかもしれない。
5話を予定しています。