ハイスペック姉の双子の妹のわたしが、姉に片思いする女の子の恋を応援する友人キャラに任命されちゃった件
お立ち寄り頂きありがとうございます。1万字行かないくらいの作品なので、最後まで読んでいただけると嬉しいです。
窓から差し込む西日に照らし出され、黄金色に染まる放課後の教室。そこでわたしは1人の男子生徒に睨みつけられて動けないでいた。彼は親の仇でも見るような目をしたまま、ぽつりと呟く。
「騙したな、この顔だけのビッチが」
その言葉はまだ中学1年生だったわたしの心にグサリ、と深く突き刺さった。
◇◇◇◇◇◇◇
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
そこでわたしは跳ね起きる。冷や汗でパジャマは重く、頭はだるい。要するに最悪の気分だ。それもこれも4年前の記憶を悪夢として見てしまったせい。早く忘れたいと思ってるのに4年も経った今でさえ、時折夢に出てくる。自分にはどうにもできない精神的外傷。わたしはため息をついて牛乳瓶の底のような分厚い、可愛くない丸眼鏡を装着し、パジャマを脱ぎ捨てる。と、その時。
コンコン、と微かにドアをノックする音が響く。
「雪奈ちゃん、大丈夫? またうなされていたみたいだけれど」
心配したような双子のお姉ちゃんの言葉。でも、今のわたしにとってその優しさはむしろ逆効果だった。
「なんでもない。――お姉ちゃんは放っておいて」
ナイフの刃のように鋭利なわたしの言葉。それに優しいお姉ちゃんが息をのむ音がドア越しからも伝わってくる。そして。
「そ、そうだよね。ぼくのせいで雪奈ちゃんにはいっぱい迷惑をかけちゃってるのに、ぼくがしゃしゃり出たりしたら余計に目障りだよね。でも――ぼくは、ありのままの雪奈ちゃんのことがいつまでも大好きだから」
それだけ言って、お姉ちゃんは逃げるようにわたしの部屋の前から去っていく。お姉ちゃんが去って1人きりになると。お姉ちゃんに対して言い過ぎたな、という罪悪感がこみあげてきてますます気分はブルーになる。
わたし、瀬名雪奈には双子のお姉ちゃんがいる。お姉ちゃん――瀬名美月は非の打ちどころのない、完璧な女の子だった。成績優秀・スポーツ万能・おまけに性格も顔もいい。そんなお姉ちゃんはいつも人々の中心にいて、人見知りでいつも孤立しているわたしとは真逆だった。そんなお姉ちゃんのことがわたしには眩しすぎて、小学生の頃には既にわたしはお姉ちゃんに対してコンプレックスを抱くようになっていた。
そんな対照的なわたし達姉妹だったけれど、幸か不幸か、1点だけとても似ているところがあった。それは、喋ったりしなければどっちがどっちかわからないくらいそっくりの美少女だってこと。そのせいで子供の頃からわたしは、幾度となくお姉ちゃんと間違われては、妹だとわかった時に失望した表情を向けられてきた。
――勝手に間違えたそっちが悪いんじゃん。わたしはなにも悪いことしてないじゃん。
そう思いながら、わたしは間違えられるたびに泣きそうになった。でも。『あの事件』があった今から振り返ると、それだけで済んでいるならばまだマシな方だと切実に思う。わたしのことを大きく傷つけたその事件以来。わたしは生き方を大きく転換させることになる。
中学1年生の秋のことだった。学園祭準備の雑用を押し付けられて帰りが遅くなったわたしは1人、夕暮れ時まで教室に残っていた。そしてようやく押し付けられた仕事を終えた時。わたしは見知らぬ男子生徒に呼び止められ、告白された。
「俺、瀬名美月さんのことが好きです! だから、付き合ってください!」
そう言われた時、わたしは正直「またか」と思った。目元にはいつものように涙がにじむ。でもわたしはそれを必死にこらえて、もう何度も口にして言い慣れたお馴染みの台詞を口にする。
「あなた、勘違いしてますよ? ――わたしは美月の妹の雪奈です」
そう言った瞬間。目の前の男の子は死刑宣告を受けた被告人のように顔面から血の気が失せ、それからわたしのことを親の仇でも見るかのように睨みつけてくる。そして。
「騙したな、この顔だけのビッチが」
そう言い捨てて、彼はわたしの前から走り去っていった。その言葉がまだ中学生だったわたしのお豆腐メンタルには酷く堪えた。これまでは失望されることはあっても、こんなに酷い罵詈雑言を掛けられることなんてなかったから。
もう二度とあんな気持ちを味わいたくない。そう強く誓った私は次の日から、お姉ちゃんと間違われることがないように見た目を大きく変えるようにした。お姉ちゃんとお揃いのコンタクトをやめて可愛くない分厚い丸眼鏡をかけるようにして、これまで伸ばしていた黒髪は三つ編みにするようにした。自分で変えられるところは何もかもお姉ちゃんと対照的にし、『学年1の美少女』と呼ばれるお姉ちゃんとそっくりの自分のポテンシャルを自ら殺して、地味で、目立たない女の子になろうと努力していった。
もちろんわたしだって年頃の女の子だから自分を可愛く魅せることに興味が全くなくなったわけじゃない。でも、そんな欲望よりも恐怖心が勝った。そして、そんなわたしのイメチェンは自分で思った以上の効果を発揮した。それ以来、わたしがお姉ちゃんに間違われることは二度となくなり、高等部に進学した今。わたしが瀬名美月の双子の妹だって知っている人自体、殆どいないんじゃないかって思う。
そのことにわたしは満足し、納得しているはずだった。誰からも好意を抱かれることのない代わりに理不尽な怒りをぶつけられることもない、自分で択んで手にした安寧な高校ライフ。そのはずなのに、わたしに対しても優しいお姉ちゃんはことあるごとにわたしのことを憐れむような目で見てくるようになった。学校では絶対に話しかけないで、と強く念押ししているから交わることこそないけれど、家ではことあるごとにわたしのことを気遣って、今日みたいにわたしに謝ってくる。別にお姉ちゃんが悪いわけでもないのに。
そんな風にお姉ちゃんに気を使われると、わたしも本当に自分がかわいそうな子に見えてくる。そんな風に気持ちにさせるお姉ちゃんのことが、わたしはますます苦手になって行った。
その日は目覚めの悪い夢を見たせいか、昼間の学校でもいろいろと失敗続きだった。授業中に上の空で不意打ちで先生にあてられて大恥をかくわ、昼休みの購買争奪戦でメロンパンがわたしの1人前で完売するわ、午後の体育でぼーっとしていたら飛んできたソフトボールがお腹にクリーンヒットするわ、もう踏んだり蹴ったりだった。
「はぁっ。ついてないな、わたし」
いつも通りの1人きりの帰り道。わたしはそんなことを呟いてから、自嘲するような乾いた笑みを漏らしちゃう。
ついてない、それを言うならば生まれた時からわたしはついてない。頭の良さも、運動神経も、全てお姉ちゃんに吸い取られてしまったようにわたしは空っぽで、何にもない。唯一持っているかもしれない、お姉ちゃん譲りの平均以上の顔立ちだってお姉ちゃんとの関係で活かそうという気にもなれない。最初からわたしは、不幸な星の下に生まれたんだ。
そんなことを考えて俯いていて、前を見ていなかったからだろう。
「あっ!」
わたしは前方からやってきた人とぶつかって地面に倒れこみ、外れた眼鏡が地面に転がる。
やっぱり今日は最悪だ。そんなことを思いながらわたしは地面に転がった眼鏡に手を伸ばすと。
「ご、ごめんなさい! 今ちょっと考え事してて……」
そう言ってぶつかった相手がわたしの眼鏡を差し出してくる。それを受け取りながらわたしは
「い、いえいえ。わたしの方こそ、前を見てなくてごめんなさい……」
と謝った時だった。
「……もしかしてあなた、瀬名さん……の双子の妹の雪奈ちゃん?」
目を丸くしてわたしとぶつかった少女が聞いて来る。そう聞かれた瞬間、わたしは後悔する。高校に入ってからわたしは人前では絶対に眼鏡を外さないようにしていた。お姉ちゃんだと間違われるのが嫌だったから。額に冷や汗が浮かぶ。どう言い訳しよう? そんなことを必死に頭を回転させて考えていると、不意に彼女はわたしの手を取ってくる。
「そうよね! きっとそうだわ、だって双子の妹さんでもなければ、ごんなにかわいい人がこの世に2人といるわけがないもの! 今日のあたしはついているわ!」
「あの、えっと……」
一方的に盛り上がる目の前の女の子に困惑するわたし。でもそんなわたしのことなんて目の前の少女は気にする素振りも見せなかった。
「あたしは堀川花音。雪奈ちゃんと同い年の高校2年生で、入学式で瀬名さんを一目見た時から、瀬名さんに一目惚れしちゃったの。だから、ゆ、雪奈ちゃん! 瀬名さんの妹である雪奈ちゃんに折り入って頼みたいことがあるんだけれど……瀬名さんの『妹』として、あたしの恋を応援する『友人キャラ』になってくれない?」
「はい?」
「友人キャラよ、友人キャラ。雪奈ちゃんだったら瀬名さんの妹なんだから、瀬名さんの好きなものとかタイプの女の子とか知ってるでしょ。そんな雪奈ちゃんに協力してもらって、恋愛相談とか乗ってもらって、あたしは瀬名さんとお付き合いできる可能性を少しでも上げたいの」
懇願してくる堀川さんにわたしは最初、冗談じゃないと思った。わたしは優秀すぎるお姉ちゃんとはなるべく関係を持たずに生きていきたいのだから。でも。堀川さんはわたしの手をとる力を少し強めて、潤んだ目でわたしのことを見つめてくる。
「これは、『妹』である雪奈さんしか頼めないことなの。だから、お願い」
『わたしにしか頼めない』、その言葉はわたしにとって反則だった。
――この人はわたしをお姉ちゃんと間違えてるんじゃない。お姉ちゃんの『妹』として、わたし自身のことを必要としてくれてるんだ。
自分でもわかっていた。そう言葉を飾ったところで堀川さんだってわたし自身を必要としているわけじゃない、あくまでお姉ちゃんの付属品としてのわたしを求めてるだけなんだって。でも。これまでお姉ちゃんに間違われては失望され続け、誰もわたしを『瀬名雪奈』として見てくれなかったわたしにとって、その言葉は嬉しいと感じてしまうものだった。
「わかった」
そう小さく返事するわたし。そうして、わたしはなし崩し的に堀川さんの『友人キャラ』に内定してしまったのだった。
その日以来。わたしは週に2回ほど堀川さんのお家に呼び出されては、堀川さんがお姉ちゃんに振り向いてもらうための相談を受けた。わたし達は学校では直接会話することはなくって、堀川さんがわたしのことを呼び出す際はその日の昼休みまでにスマホのチャットアプリに連絡が入るようになっていた。
堀川さんがわたしを自室に呼び出してまで聞くことはお姉ちゃんの好きな花だったり、好きな食べ物だったり、好みのタイプだったり、正直しょうもない話が多かった。そんな中でも1つ、堀川さんには変わったところがあった。それは、お姉ちゃんのことを聞く際は大抵、わたしのことも『ついで』として聞いてきたがること。例えば。
「お姉ちゃんの好きな花? スイカズラだったと思うけど」
堀川さんにお姉ちゃんの好きな花を聞かれた時、わたしがそう答えると。
「へえっ。で、ゆ、雪奈ちゃんはどうなの?」
と堀川さんは聞いて来る。
「……べつにわたしのを聞いたところで何にもならなくない?」
何気なしにわたしがそう答えると何をムキになったのか堀川さんは
「ついでよついで! で、どうなの?」
と強い調子で聞いて来る。わたしはそんな堀川さんに早々に観念する。
「花、ね。強いて言うなら白百合だけど」
わたしがそう答えると堀川さんはさして興味もなさそうに「そう」と答えただけだった。あれだけ聞いてきておきながら反応薄っ! って思わなくもないけれど、そんなことが続くと次第にわたしも気にしなくなっていった。
そしていつからだろう。いつの間にか、堀川さんに呼び出されるのが楽しみになっているわたしがいた。堀川さんの部屋は自宅以上に心地よいと感じるようになっている自分がいた。そして、帰る時間がやってきて堀川さんと2人きりの時間が終わると、どこか名残惜しさを感じる自分がいた。
――わたし、堀川さんとなるべく長い間、2人きりでいたいんだ。
その気持ちを自覚した瞬間。わたしの頭から血の気が失せた。今のわたしが抱いている感情は、言ってしまえば堀川さんに対する恋愛感情のようなもの、でもそれは、考えるまでもなく許されないものだった。だって堀川さんが好きなのはあくまでわたしのお姉ちゃんで、堀川さんにとってわたしは本命の相手に振り向いてもらうための『道具』に過ぎない。堀川さんに対するわたしのこの気持ちは絶対に報われないし、その気持ちを少しでも表に出してしまったら――今のわたしと堀川さんの関係はいともたやすく崩れ落ちてしまう。
そのことが分かっていたから、わたしはそんな感情を必死に抑え込もうとした。でも。そんな緊張の糸はある日、ぷつんと切れてしまった。
その日。わたしはいつものように堀川さんの部屋に呼び出されていた。
「ちょっと飲み物とってくるね」
そう言って堀川さんが立ち上がり、部屋には一人きりになる。1人きりになった途端。わたしは妙にそわそわして部屋の中を見まわしていると、ふと壁にかけられた鏡が目に入った。そこに映る冴えない女子高生を見て思う。
――わたしがお姉ちゃんと同じ容姿になったら、ほんのわずかな時間かもしれないけど、堀川さんははわたしのことを恋愛対象として見てくれるかな。
その思いが頭を過った次の瞬間。わたしは眼鏡を床に投げ捨て、三つ編みを解いていた。そして次の瞬間。鏡には自分で言うのもアレだけど、学年一の美少女・瀬名美月とそっくりの美少女が映っていた。と、その時。
「雪奈ちゃん、何やってるの? 」
氷のように冷たい声がしてはっとする。振り向くとそこには堀川さんが立っていた。額に汗が滲む。そして。
「その……眼鏡を落としちゃって、パニックになっちゃって」
結局、わたしは誤魔化し笑いを浮かべて言い訳することを選んだ。地面に這いつくばって眼鏡を手に取って掛け直し、三つ編みを編みなおす、そんなわたしのことを堀川さんは怪訝そうに見つめていたけれど、それ以上にわたしを追及してきたりはしなかった。堀川さんが口にした言葉はただ一言だけ。
「……そう。まあ余計なことはしないでよ」
この日。わたしはもう二度と余計なことはしないと誓った。
そして。友人キャラでしかないわたしと堀川さんの今の関係が終わりを告げるのも、これまた唐突だった。わたし達が出会ってから半年経った時。
「ようやく覚悟が決まったよ。あたし、明日の放課後に告白するね」
いつものように堀川さんの部屋に呼び出されると堀川さんは開口一番、そんな宣言をしてきた。それを聞いた瞬間、わたしは背中に冷や水を浴びせられるような感覚に襲われた。
――わたし、堀川さんに告白なんてしてほしくないんだ。わたしは堀川さんとのこの時間が無くなっちゃうのが嫌なんだ。
『告白なんてやめなよ』、そんな言葉が喉の奥まで出かかった。でもわたしはそんな言葉をギリギリのところで飲み込む。なぜなら、『雪奈ちゃん、何やってるの? 』と言われた時の記憶が、未だに脳裏にしっかりと焼き付いていたから。
ちょっとした出来心でお姉ちゃんに姿を似せただけであんなに冷たい視線を投げかけられたんだ。ここで自分の我儘を押し通して「お姉ちゃんに告白なんてしないでよ! 」なんて言ったら、間違いなくわたしと堀川さんの関係は金輪際、修復不可能なほどに壊れてしまう。そっちの方がわたしにとっては耐えられない。それに、堀川さんがお姉ちゃんの彼女になれば、堀川さんのわたしとの関係は義姉妹という形でこれからも続く。なら、それでいいじゃないか。そう言って自分を納得させる。
だから、わたしはぎこちない笑みを浮かべながら、『あるべき友人キャラ』として堀川さん背中の最後の一押しをした。
「そうなんだ。堀川さん、ずっとお姉ちゃんのこと好きだったもんね。――きっとお姉ちゃんもわかってくれるよ」
なんの根拠もなくそう言うわたし。そんなわたしに、花音ちゃんは見たことのないような視線をわたしに向けてくる。不安そうな、それでいてどこか寂しそうな、不思議な目。そんな目をされると、納得したはずのわたしの心が再び揺さぶられる。
――なんで堀川さんははそんな目でわたしのことを見つめてくるの? そんな視線をされたらわたし、わたし……。
今にでも湧き上がりそうになる感情を押さえつけるのに必死で、その後、どうやって家に帰ったのはよく覚えていない。
翌日。わたしに対する堀川さんからの連絡はなかった。これまで堀川さんが連続してわたしに連絡をとってきたことなんてない。でも、これまであんなに協力してあげたんだから告白の結果くらい教えてくれたっていいじゃん。そう不貞腐れながら無言のスマホを見つめているうちに、いつの間にお風呂に入るぐらいの時間になった。
「雪奈ちゃん。お風呂出ちゃったから次はいっちゃって」
お姉ちゃんに呼ばれて浴室に入る際のお姉ちゃんとすれ違う、ほんの一瞬。
「ねぇお姉ちゃん。今日女の子に告白された? 」
ちょっとした出来心で聞いてしまってから後悔する。その答えを聞いたところで何にもならない、むしろ自分が傷つくだけだってことは分かり切ってるから。
そんなわたしの心の機微なんて露知らず。お姉ちゃんは可愛らしく首を傾げる。
「うーん? 今日も3人くらいから告白された気がするけど、全部男の子だった気がするよ。なんでそんなこと聞くの? 」
その時だった。わたしのスマホが震える。ポケットから取り出して見ると堀川さんからの通知が入っている。慌ててチャットアプリを開くとそこには一言だけ。
『あたしの家の前で待ってる』
それを読んだ瞬間。
「ごめんお姉ちゃん、ちょっと今から出かけてくる」
わたしはお姉ちゃんに、持っていた着替えとタオルを押し付けると走り出していた。
それから10分後。わたしは肩で息をしながら堀川さんの家の前にいた。この6ヶ月間、幾度となく通い詰めては花音ちゃんとお姉ちゃんに振り向いてもらうための作戦会議をした、思い出の場所。その真ん前の月明かりに照らされる路上に、わたしの片思い相手は立っていた。
「堀川さん、お姉ちゃんから聞いたよ――なんでお姉ちゃんに告白しなかったの?」
責めるようになってしまったわたしの台詞に堀川さんは答えない。その代わり、いきなり深呼吸したかと思うと彼女はわたしのことをまっすぐ見つめ、そして。
「告白しよう告白しようって決めたはずなのに、今日になってもずっと勇気が出なかったんだ。でも、先延ばしにしようとすると、もっと苦しくなる。みんなが瀬名さんの魅力に気づいちゃうんじゃないか、誰かに取られちゃうんじゃないか、って不安で心がどうにかなりそうになる。だから、勇気を振り絞って言うね。――瀬名雪奈さん。あたしはあなたのことが好きです」
「ほへっ?」
思いもしなかった花音ちゃんの言葉にわたしは呆然としちゃう。
「何かの間違いだよね? そうだ、お姉ちゃんと勘違いしてるんじゃない? わたしは妹のゆき」
「間違ってなんかないよ」
ぴしゃり、と言い放たれてわたしは口を噤む。
「雪奈のお姉さんのことが好き、って言ったじゃん? あれ、最初から照れ隠しだったんだ」
「嘘?」
わたしの疑問に堀川さんはゆっくりと頷く。
「本当は最初から、あたしは雪奈ちゃんのことしか見てなかった。そしてあの日、ぶつかっちゃったのはたまたまだったけど、初めて雪奈ちゃんと話せて、この関係をその場限りで終わらせたくなかった。でもそれを正直に言うのは気恥ずかしくて、なんか理由をつけないと、って考えた末に思いついた嘘が『瀬名さんが好きだから、あたしに協力して! 』って嘘だったんだ。『瀬名さん』が好きなことは間違いじゃなかったしね」
頬を赤らめながら言う堀川さん。でもわたしはまだその言葉を信じられなかった。
「わ、わたしなんかのどこがいいの? わたし、根暗だし勉強も運動もぱっとしないし、見た目も地味だし……」
「でも、いつも謙虚で、絶対にお姉さんの威を借ることを嫌がったよね。お姉さんと間違えられて、誰よりも傷ついてるのは雪奈ちゃんなのに、ぐっと堪えてたよね。そんなまっすぐで綺麗な心を持った雪奈ちゃんのことを、あたしは中等部の頃からずっと見つめていた。そして、眼鏡を掛けて、三つ編みにするようになったあなたを見て、雪奈ちゃんの謙虚さを象徴するように思えて、今まで以上に愛おしく思えちゃったの。あるときはその気持ちが暴走しすぎて、逆に雪奈ちゃんのことを傷つけちゃったけど」
そこでわたしははじめて気づく。お姉ちゃんと同じ格好をしようとしたあの日。堀川さんが怒ってたのはお姉ちゃんでもないわたしがお姉ちゃんのフリをしたからじゃなくて、わたしがわたしらしい格好を捨てようとしたからなんだ、って。
「それから。雪奈ちゃんと2人きりの時間を積み重ねるにつれて、あたしの気持ちはさらに膨れ上がっていった。この雪奈ちゃんとの甘い時間をもっと続けたい、嘘で繋がる『友人キャラ』じゃ満足できない、もっと近いところで雪奈ちゃんを感じたい。そう思ったの。だから、さ」
そう言って堀川さんはわたしの前に恭しく跪き、白百合の花束を差し出す。それは堀川さんが『ついで』として聞いた時にわたしが答えた、わたしの一番好きな花だった。
「これがわたしの気持ちです。だから瀬名雪奈さん。あたしの彼女になってくれませんか?」
不意にわたしの頬を温かいものが伝う。それを手の甲で拭いつつ、わたしは微笑みながら答える。
「はい、喜んで」
◇◆◇◆◇◆◇
月明かりに照らされる路上で行われた、女の子に対する女の子の告白。その幕引きを街灯の陰から見守っていたぼく・瀬名美月は
「また、雪奈にはぼくのことを選んでもらえなかったな」
とため息混じりに呟く。
実はぼくが雪奈と出会ったのはこの世界が初めてじゃない。ぼくは大好きな相手――雪奈の彼女になるために、もう何度も何度も2023年6月を繰り返す時の旅人。
同じ時間を繰り返すたびにぼくの苗字や周囲の環境はガラッと変わった。でも変わらないものが2つだけあった。それはどの世界線でもぼくが勉強も運動もできる『学年一の美少女』ことと、なんらかの形でぼくの片思い相手・雪奈と出会うこと。
これまで辿ってきた世界線で、ぼくと雪奈は実に様々な関係になった。ある時は雪奈はライバルで、ある時の雪奈は幼馴染で、今回の雪奈はぼくにとって双子の妹だった。そしてどの世界線のぼくも雪奈に一方的に好意を抱いては、ぼくの恋は無惨に打ち砕かれる。これまでの旅はその繰り返しだった。いつも決まってぼくに付与される高スペックは雪奈を悲しませることはあれ、ぼくが雪奈に振り向いてもらうためにはなんの役にも立たなかった。
そして。この世界線でもぼくは雪奈の彼女になれないことが今、この時間をもって確定した――。それを確信すると。ぼくは懐から妖刀・時渡を取り出す。この刀で絶命した人間は同じ時をもう一度繰り返せると言う妖刀。この力でぼくは何度となく同じ時を繰り返してきたのだった。
ぼくは小刀の銀色に輝く刃を自分の首筋に押し当てる。血が首筋を流れ、絶命するまさにその瞬間。
「せいぜい幸せになってよ。ぼくを選んでくれなかった、この世界線の雪奈」
そう呟いて、ぼくの目の前は真っ暗になった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。最後まで読んでいただけた方はわかるかもしれませんが、本作は『『クラスで2番目にかわいい』幼馴染がぼくにとってはかわいすぎる』(https://ncode.syosetu.com/n7929if/)の一応続編となっております。この作品は雪奈と花音の話でありながら、違う世界線で、違う関係性に置かれた美月と雪奈の物語でもあったのでした。美月は好きな花としてスイカズラを答えていますが、スイカズラの花言葉は『家族愛』。あれ、美月に対する雪奈の感情を暗に仄めかす伏線だったんですよね。もし気付いてくれた人がいたとしたら滅茶苦茶嬉しいです。
さて、この作品を読まれて皆様はどのように感じたでしょうか。もし何かしら皆様の心に刺さるものがあれば幸いです。また、よければ↓の☆評価や感想、いいねやブックマークでこの作品がどうだったか教えてくれると嬉しいです。今後の励みとなります。
それでは、またどこかでお会いできることを祈って。