彼の優しさ
夏休みも後半、図書館が閉館した。
次は夏休み明けまで乾君に逢えないと寂しい気持ちになっていたお盆前、クラスラインで花火大会への誘いがきた。
乾君は参加となっていたのを見て、一目だけでも逢えるチャンスと勇気を出して参加することにした。
女子達は皆で浴衣を着て行こうという話になった。
母に着付けて貰って、遊びに来ていた従姉妹のサチ姉に髪を結って貰った。
サチ姉は美容学校へ通っているので、薄化粧もしてくれた。
「できたよ!はい。」とサチ姉に渡された手鏡に顔を近づけた。
そこに映る自分の顔は、ぼやけてはいるがなんとなくいつもと違う事がわかる。
初めて見る女の子を感じさせる自分の姿に恥ずかしくなった。
少しでもデフォルトの自分へと慌てて眼鏡をかけようと手を伸ばしたが、その手はサチ姉によって遮られた。
「今日くらいは、コンタクトにしなよ。持ってるでしょ、入学の時に買ったやつ。」
「ええ!なんか、恥ずかしくて・・・」
「ダメダメ、今日は絶対コンタクト。」
半ば強制的に眼鏡を没収され、私はコンタクトにした。
待ち合わせ場所に着くと、親友の優奈が来ていた。彼女は小さい声で言った。
「あれ?栞奈、今日眼鏡じゃないじゃん。いいね、カワイイ♪」
流石、幼なじみの彼女は私があがり症なのを知った上で、敢えて小さい声で言ってくれた。
でも他の女子にも気付かれて「栞奈ちゃん眼鏡じゃないじゃん。良いね~。」
一斉に皆が、こちらを見た。
注目を浴びることが苦手な私は、動揺していた。
焦れば焦るほど、顔は赤くなる。頭が真っ白になる。
そんな時、明るい声で、
「あれ!女の子達、皆浴衣なんだ。お祭りって感じで良いじゃん。」
声の主は乾君だった。一瞬で皆の興味が個人から全体へ移った。
男子達が「本当だな、女の子達、全員浴衣じゃん。良いねぇ♪」
「そうなのよ!全員浴衣よ、可愛いいでしょ!」あちこちで会話が始まった。
話題が私から逸れたことでホッと胸をなで下ろした。
偶然かもしれないけど、彼の優しさに救われた気がした。
彼の表情をのぞき見ると、目が合った。
彼は少し照れたように微笑んで『イ・イ・ネ』と口パクで伝えてくれた。
私はきっと真っ赤な顔だろう。でも真っ直ぐに彼を見て『ありがとう』と伝えた。