栞
それから彼はよく図書館を訪れるようになった。
いつも決まって体調が悪そうな時にやってきて、奥の人通りの少ない通路にしゃがみ込んでいた。
私は気が気でなかった、いつか彼が倒れてしまうのではないかと思って。
不安で何度も彼に寄り添った、出来ることは背中を擦るくらいだけど。
決まって彼は少し笑って私を見ては、少し掠れた声で「大丈夫だよ。」と言った。
そんな彼の笑顔を見ると、私は心を鷲掴みにされたような気持ちになった。
窓の外、蝉の鳴き声が夏の到来を告げていた。
そんな夏休みの図書館に乾君はよく顔を出した。体調が悪くないのに図書館に来る彼はいつもと違う一面を見せた。
彼は決まって窓際の席に座って勉強をしていた、勉強に飽きると休憩がてら図書館の本を見て、また勉強。どれだけ図書館が好きなんだと私は笑った。
少し日に焼けた彼は以前より元気そうに見えた。ただその割に発作の回数が減らないことに私は不安を感じた。
この頃になると私は乾君の発作が収まる迄の間、背中を擦りながら『本』との思い出話をした。大方は祖母との思い出話だった。
ある日ふと小さい頃に、図書館で出逢った小さな男の子のことを思い出した。
その子は、受付けの女性に紙を渡して本を探して欲しいと頼んでいた。
女性は少し調べてから、貸し出し中だと告げ予約を進めた。
しかしその子は、「次に、いつ来られるか分からないのでいいです。」と悲しそうに答えた。その姿が本当に悲しそうで、私は気になってメモを盗み見た。
それは私が先程、貸し出しの手続きをした本だった。
本好き同志を見つけたようで嬉しくなった私は、すぐに図書館の女性に申し出て彼に本を譲った。
彼はとても嬉しそうにお礼を言って帰った。
その後、私が図書館でその本を借りたとき『ありがとう』のメモと四つ葉のクローバーの栞が挟まっていた。きっとあの男の子だと思い私は栞を大事にしまった。
私はまた、彼に会ったら本について話をしようと思った。しかし、その男の子に逢うことは無かった。
いつかこの話も乾君にしよう。