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古書の匂い

 6月終わりの図書館で、図書委員の私は夏休み前の貸し出しに備え少し書庫整理をしていた。

古書の匂いは私を昔に引き戻す、幼い頃祖母と通った図書館。

共働きで忙しい両親にかわり祖母は良く私の面倒をみてくれた。

祖母はことあるごとに、本屋や図書館に私を連れて行った。

そして新しい本をご褒美のように買ってくれたが、実は私のお気に入りは古書だった。


 図書館の古書の匂いはとても優しかった。

本にはそれぞれに異なる匂いがあることを知った。経過した時代や置かれた環境、インクや紙の素材、それらの違いが個々の匂いを醸し出す。それぞれに違う表情があるのだ。

古書を手に取った瞬間に鼻を掠める匂い、ページに残った痕跡、背景を感じるには十分だった。


 祖母が亡くなった後も私は一人で図書館に通った。

図書館に居る間は祖母の存在を身近に感じ、寂しくさを感じなかった。

そのせいか私の傍らには何時も本があった。


 本を片付けようと奥の通路の棚に行った時だ、苦しそうにしゃがみ込む生徒を見かけ走り寄った。

「大丈夫ですか?」

顔を上げるとそれは乾君だった。

「今、養護の先生呼んでくるから待ってて。」

慌てて走りだそうとした私は思わぬ力強い手で、止められた。

「待って、行かないで。」

「でも、凄く苦しそうじゃん。」

「大丈夫、いつもの発作だから、少し待てば収まる、薬も飲んだし。」

「でも・・・」

彼は私の手首を握りしめた手にさらに力を込めた「大丈夫だから。」

私は仕方なく彼の隣にしゃがみ込んだ。

辛さそうな彼に出来ることは、ただ傍で彼の背中を撫でることだけだった。


 10分程経っただろうか、落ち着きを取り戻しつつある彼は少しの笑顔で「ありがと。」と言った。

そして「悪いんだけど、このことは皆には内緒にしてくれる?折角、皆と仲良くなれたのに、気を使わせたくないからさ。」

「ご両親やお医者さんは知っているんだよね?」

「勿論。」

「分かったわ、誰にも言わない。約束する。」

私は彼と秘密を共有できたことに、心がざわつくのを感じた。


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