4.感情
生臭くも、美味なクレープをお腹に収めた俺達は、食後の散歩をしていた。
「俺ってこの世界で弱いのか?」
龍に轢かれ、真っ二つになったお腹を擦りながら尋ねる。
「弱いの基準って、なににゃ?」
「力が強いとかかな。」
「そういうことじゃないにゃ。」
タコは呆れた表情を浮かべる。答えが得られそうになかったので、他に気になっていたことを尋ねる。
「使命だけの為に生きるこの世界に、感情は存在するのか?」
「存在するにゃ。じゃあ見に行ってみるにゃ?」
「見に行くって……?」
意味が分からず、首を傾げる。
「あそこの闘技場で、喜怒哀楽が戦ってるにゃ。」
タコはドーム型の建物を指さす。大きさが東京ドーム程あり、異質な街中であっても存在感を放っていた。
「喜怒哀楽が戦った時、どれが勝つと思うかにゃ?」
「そうだな……やっぱり『怒』かな。怒りはやっぱり、心の底から燃え上がる感じで強そうだな。」
「じゃあ、逆に1番弱そうなのは何なのにゃ?」
「それは勿論『哀』だ。哀しいとなんにもやる気起きないからな。」
「じゃあ『怒』と『哀』が戦ったら『怒』が勝つってことにゃ?」
「そうだな。」
「『怒』は瞬発的な力があっても、いずれ落ち着いていくにゃ。しかも、『哀』にやる気を削ぐ力があると言うのなら、『怒』のアドバンテージの瞬発的な力も失われるにゃ。」
「じゃあタコは、『哀』が勝つって言いたいのか?」
「まあ、そういうことになるにゃ。お主が生きてきた中で1番強かった感情はなににゃ?」
「実は俺、自分に関することをなんにも覚えていないんだ。地球にいたのも、地球でのルールも覚えてるんだけどな……」
「少しずつ思い出していけばいいにゃ。」
「でも、すごい怒りを覚えていた気がするんだ。」
「そうかにゃ……闘技場着いたにゃ。答え合わせをするにゃ。」
俺達は歓声に包まれた闘技場に入場した。会場は凄まじい熱気を帯びていた。だが、盛りに盛り上がった会場とは裏腹に、違和感を覚えていた。
「なあ、なんかここの観客の化け物達、年老いていないか?」
「そりゃ、そうにゃ。この戦いはここ何千年も続いてるにゃ。」
「じゃあ、喜怒哀楽の勝者って……」
「引き分けにゃ。」
「なんだよ……」
俺はタコにし返すように、呆れ顔をみせつける。
「というか、この戦いに意味なんてないにゃ。」
「どういう意味だよ!」
タコが小さく首を横に振る。
「お主はさっき、自分の強さを聞いてきたにゃ。その基準を力が強いと言っておったが、力の優劣はどうやって決まるにゃ?」
「そりゃ、どっちが強いかとかだろ。」
「その癖、やめた方がいいにゃ。自分を見い出す価値基準を、他人に委ねるなにゃ。他人と自分は違うにゃ。喜怒哀楽も感情としてひとまとめにされているが、結局は全く違うものにゃ。その結果がこれにゃ。だから、戦いは自らのみとするべきにゃ。」
俺達は、闘技場を後にした。いつかは決着がつくかもしれない。でも、それは見届けなくていい。俺は俺なのだから。