3.使命
『ピコン』
濡れた服を着替えていると、女神様の言っていたお客様アンケートが表示された。それと同時に、女神様に脅された光景が蘇り、身震いする。アンケートには答えずに、静かにポップアップを閉じた。
「お主は馬鹿にゃ。」
「なんだよ急に。」
「お主の世界では自分で考えるということはしないのかにゃ?」
「俺たちは人間って種族でな、食物連鎖の頂点にいたんだぞ。」
「それが、このザマなんて笑えるにゃ。」
「なんだと!」
僕は分かりやすく顔を赤く染める。
「お主、なんであの時横断歩道を渡ったのにゃ?」
「青で渡るって言うから。」
「お主は、自分で考えないのかにゃ? 我が嘘をついてると思わなかったのかにゃ?」
「嘘ついたのか!」
「嘘はついてないにゃ。この世界では、お主の言う青が赤で、赤が青のようにゃ。こういう世界間でのズレ も、考えることをやめてなければ回避出来たことにゃ。」
「どうすれば良かったんだよ!」
「考え続けることにゃ。渡る際に左右を確認していれば、別の道を模索していれば、そうすれば免れることは出来たにゃ。この世界で考えることをやめたら終わりにゃ。」
「一体どういうことだよ……」
「ギュルルル」
俺のお腹の虫が鳴る。
「丁度いいにゃ。ご飯を食べに行くにゃ。」
――少し歩くと、商店街のような場所がひらけていた。ジューシーな肉の香りや、甘いクレープのような香りが、俺の腹の虫を刺激する。
「なあ、タコ。俺一文無しなんだけど大丈夫か?」
「我もにゃ。」
「おい、じゃあどうするんだよ!」
「まあ、見てるにゃ。」
タコはクレープ屋らしきお店に向かう。
「2つ欲しいにゃ。」
店主は10本ほどの手のみで構成された化け物であった。この世界に来た当初なら驚いていたであろうが、少し慣れ始めていた。
「ありがとうにゃ。」
数分が経ち、タコがクレープらしきものを2つ持って帰ってきた。
「この世界は金を払わなくて大丈夫なのか?」
「対価ということにゃ? その必要はないにゃ。」
「そうなのか。俺の世界だったら誰も働かなくなるよ。嫌にならないのか?」
俺はクレープらしき食べ物を頬張る。どこか生臭いが、味は悪くなかった。
「嫌になんてならないにゃ。彼にとって料理を提供することが、生きていく上での使命だからにゃ。お主の着てる服だって、着られる為に生まれてきたにゃ。」
「そういうものか? だとしたら、タコの使命はなんだ?」
「なんだろにゃ。」
タコの目が鋭く光った。その視線に、少し鳥肌が立った。
――数時間前。天界某所。
「これから、月間ミーティングを行う。」
ナマハゲも泣くほどおっかない顔の閻魔様が、号令をかける。
「今月のトップはまたしても、地球担当だ。おめでとう。アンケートの評価は4.8。内訳も4と5しかない。素晴らしいぞ。」
「ありがとうございます。閻魔様。普通に死者に向き合っているだけなのですけどね。おほほほほ。」
「皆も、見習うように。そろそろ昇進かもな。」
「昇進だなんて、おほほほほ。」
女神は机の下で、小さくガッツポーズする。
「こんなやつを振る男は相当馬鹿だな。ガハハ。それでは、星2以下の評価を読み上げていく。真摯に向き合い、正していくように……」
女神はひっそり泣いた。