2.期待
――「……お主は別の世界から来たのかにゃ。」
「ああ。」
ズボンから雫が滴り落ちる中、俺は首を縦に振る。
「お主とおると面白そうだから、元の世界に帰れるように手伝ってやるにゃ。」
「あんた、群れのリーダーなんだろ? それはいいのか?」
「それは大丈夫にゃ。群れは、リーダーという存在を失うと、一層団結するものにゃ。そして、新たなリーダーが生まれるものにゃ。」
「そうか。なら頼むよ。」
これ相当参ってるな。ライオン顔で兎みたいなタコを信じるなんて……おまけに、語尾は「にゃ」だもんな。
「お主の世界とは随分勝手が違うみたいだから、今までの自分の常識は捨てることにゃ。」
「そう言われてもな……異世界転生ってもっといいものだと思ってたよ。」
「お主での異世界転生がどんなものか知らないが、羨ましいと思ってることにだって辛いこと、嫌なことがついてくるものにゃ。だからせいぜい楽しんでやることにゃ。」
「そうだな。服を着替えたいんだが、服はどこかに売ってないか?」
「ここの信号を渡った先にお主が着れるものが生えてるにゃ。」
「生えてる? まあ、このズボンさえ履き変えられればなんだっていいや。この信号の先だな?」
「信号のルールは分かるかにゃ? 青の時に渡るにゃ。」
「それは俺の世界と同じルールだ。先行ってるぞ。」
信号が青になったのを確認し、俺は走り出す。
『グシャ』
気がつくと俺の体は宙に浮き、真っ二つになっていた。
「お主の言う青と我の言う青が同じとは限らんにゃ。自分がAと呼び認識しているものが、他の人にとってBかもしれないにゃ。だから今までの常識を捨てろと言ったはずにゃ……」
タコの呆れた表情を最後に、意識が遠のいていった。
――「……起きてください。」
優しい声に包まれ、目を覚ます。高級布団のようなフカフカな雲の上に俺はいた。このまま寝ていたい気持ちを抑え、体を起こす。
「おはようございます。私は死の世界と生の世界を司る女神です。」
顔は逆光でよく見えないが、神話に出てくるような女神様が立っていた。
「あなたがいるということは、俺は死んだんですか?」
「そうです。あなたはドラゴンに轢かれて死んでしまいました。」
「じゃあさっきまでいた世界は現実だったんですか?」
「聞きたい質問はそれでいいですか?」
「ん?」
「私の仕事は死の世界への案内と、1つ質問に答えることなのです。」
「どんな質問でも答えられるんですか?」
「はい。残してきてしまった妻子のことを知りたいや、彼氏にわざと酷いこと言って別れたが、しっかり前に進めてるかどうかとか……」
女神様が震え出した。
「女神様……大丈夫ですよ! 多分何年かしたらみんな死んじゃいますし、天国で一緒に暮らしてま……」
「ふざけんな!」
「えっ!?」
俺は驚いて尻持ちをつく。
「なんで、他人のことなんか心配してるんだよ! ふざけんなよ! 私には男1人寄ってこないっていうのによ! 最後の質問なんて、今までしたおしっこの量を合わせるとどのくらいですかとかでいいだろ!」
「め、女神様……?」
「はっ、取り乱してしまいました。男がいた時はもっと心に余裕があったんですけどね。あの女狐が寝取ってから……質問はさっきまでいた世界は現実ですかでしたね。」
「いや、待ってください。もう少し考えさせてください。」
「は?」
顔は見えないが、すごい形相で睨んできているのを感じた。胸ぐらを掴まれ、首を縦に振る以外の選択肢がなかった。
「分かりま……」
「あなたの質問には答えられないようです。あなたは、今から蘇ります。もう来ないでください。」
「えっ、蘇るって! どっちの世界ですか?」
「お客様アンケート星1付けたら殺す。」
「ひぃ……」
ブルブルと震える女神を横目に、俺の体は光に包まれ消えていった。
――「……起きるにゃ。」
「はっ。」
目を覚ますと、タコが俺を覗き込んでいた。
「生き返ったのか?」
「我が、お主をくっつけてやったにゃ。ところでお主にゃ。」
「なんだ?」
「お主の世界では、嬉しいことがあると、おしっこするのかにゃ?」
「違う!」
シミの拡がったズボンが、照れて火照った体の体温を下げていた。