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1.常識

モノを盗んではいけない。これは、この地球という星で常識と呼ばれることである。だがしかし、生まれた時から盗むことを生業とする環境で育った場合の常識は、どうなるのであろうか? それは盗むことが常識となり、盗まないことが非常識となる。常識というのは、そんな曖昧で、ご都合主義的なもので構成されているのだ。


そして今、今まで培ってきた常識を覆す状況に晒されていた。


顔が人参でおじさんのような人が、四足歩行で走っているのだ。その人参顔おじさんは、ライオンの顔をした兎のような生物の大群を追いかけているのだ。この状況を飲み込もうにも、脳が受けつけることを拒む。ただただ立ち尽くすしかなかった。


「助けてにゃ!」


考えることをやめてしまった脳を叩き起したのは、ライオン顔の兎であった。その声に駆られた俺は、空から降ってきた大剣を、人参顔おじさん目掛けて振りかざす。斬撃が入った人参顔おじさんは、赤子の夜泣きのような声を発する。苦痛に顔をゆがめた人参顔おじさんは、大根のように白くなってどこかに羽ばたいていった。


「助かったにゃ。」


群れの中のリーダーが話しかけてきた。


「君は猫なのかい?」


機能を停止した脳で絞り出した質問がこれであった。


「何を言ってるにゃ? 僕はどこからどう見てもタコなのにゃ。」


「タコ?」


俺は間抜けな声を出し、首を傾げる。これは夢なのだろう。俺はそう願い、ほっぺをつねる。しかし、紛れもなく自分のものである痛みが走る。これは現実であるということを受け入れるしかなかった。俺の中には存在しなかった常識が脳に刷り込まれてゆき、ひとつの答えを導き出す。


『これは異世界転生だ。』


俺は何らかの拍子に、小説やアニメのような展開になってしまったのだ。そう思うことで、自分を納得させる。


「……おーい、何考えてるにゃ?」


「俺は勇者なのか?」


「何を言ってるにゃ?」


タコと名乗る生物は呆れた表情を浮かべる。


「ところでお主、なぜ我を助けたにゃ?」


タコの鋭い眼光が、俺の体を貫く。


「なぜって、助けを求めていたから。」


「お主は助けを求められたら、手を差し伸べるというのかにゃ?」


「そりゃ、助けを求めている奴がいたら助けるよ。」


「じゃあもし、我ではなく、奴が助けを乞うていたら、奴を助けたのかにゃ? 一部の切り取られたシーンだけ見て、お主は奴を悪として判断したのかにゃ? 本当に奴は悪だったのかにゃ?」


「なんなんだよ! 助けてやったのに!」


恩を仇で返すような態度のタコに、俺はムキになって言い返す。


「そんなに興奮するなにゃ。質問を変えるにゃ。お主は何か食べるかにゃ? 」


「豚とか、食べるけど……」


「豚なんか食べるにゃ! まあ、この際そこは問題にしないにゃ。お主が豚を食べる時、豚は助けを乞わなかったかにゃ?」


「多分助けを乞っていたと思う……でも、俺が生きる為には必要なことだから……」


「そうか、そうかにゃ。しっかりとしたバックグラウンドさえあれば、認められる悪があるということにゃ? じゃあもし、さっきの奴が生きるために我のことを追っていたらどちらを助けていたのかにゃ?」


「結局何が言いたいんだよ! 助けて欲しくなかったのか?」


「違うにゃ。助けて貰ったことは感謝してるにゃ。ただ、切り取られた一部で善悪を判断したりするのは良くないって話にゃ。」


「そうかい、ご忠告どうも。」


俺はタコをあしらうように、その場から立ち去る。しかし、目的地などなかった。ただ、ゆく先々で、自分の知っている世界ではないことを思い知らされた。鼻水を風船のようにして飛んでいる者、自らを食しては生まれ、食しては生まれを繰り返して自給自足しているものなど、奇怪な者達で溢れかえっていた。


自分の知る常識からかけ離れたこの世界に吐き気を覚え、どうにか自分の中の常識に落としこもうとしていた。


「あの、すまんのう。」


声の方を振り返ると、杖をついている背の曲がったお婆さんがいた。見た目は自分の知る人間のお婆さんそのものであり、実家のような安心感を覚えた。


「どうかしましたか?」


「すまんが、わしの眼鏡を一緒に探してくれんかのう?」


「眼鏡ですか……あっ、お婆さん頭にかけてますよ!」


おばあさんの眼鏡を取ろうと頭に手を近づける。その時であった。お婆さんの頭頂部が開き、数千はあるであろう牙の揃った口のようなものが現れた。俺を飲み込もうとヨダレまみれの口が襲いかかってくる。


「誰か助けて!」


俺は声を裏返らせながら叫んでいた。


『ドン』


鈍い音と共に、お婆さんの化け物は吹っ飛んでいった。


「食事という生きていく為に必要な行為の時は、助けなくて良かったのかにゃ?」


泣き崩れ失禁する俺を横目に、タコは手を差し伸べてきた。これが、俺とタコの旅の始まりであった。

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