7
以前と違った意味でクラスメイト達から声がかけられなくなり、むしろ遠巻きにされるようになった私は、当初の予定通り誰とも関わる事無く生活していた。
この学校は学年毎に棟に分かれており、1階が各クラスの教室、2階が特別教室になっている。教室内には荷物を置く場所が無く、各教室正面にあるクラス毎専用のロッカールームに荷物を置いている。体育館や講堂、職員室といった場所はまた違った場所にあり、全ての棟から行く事ができるようになっている。
何故そんな面倒な、と思ってしまうが、お金持ちが通う学校だから、で勝手に納得している。
前の授業が押したせいで時間が無く、急いで自分専用のロッカーから教科書を取り出し、駆け足で階段を上っていた途中、折り返しの踊り場で誰かの後ろ姿が視界に入った。あっ、と思った瞬間には遅く、私はその背中に突っ込んでいた。
「うわぁぁあ!?」
「っ!!」
数秒後に襲い来るであろう痛みを覚悟し、目を瞑る。全身が強ばり、腕に抱えていた教科書が歪む感触があった。
「大丈夫!?」
しかし予感した痛みはおとずれず、背中を誰かに支えられ切羽詰まった声がかけられた。
そろりと目を開くと、視界に入った色は赤。
「大丈夫か!?」
真っ赤な髪を揺らしながら、私がぶつかったであろう相手は焦った顔で振り返る。ばっちりと視線が合い、相手が息を飲んだのが分かった。
「ねぇ、どこか痛い……?」
横から聞こえた声に、私は誰かに背中を支えられている事を思い出した。支えてくれている腕に体重をかけている事にも気づき、急いで自分の足に力を入れる。
私がしっかりと自分の足で立っているのを確認した人物は、赤い髪の生徒の隣に並んだ。
嫌な予感はしていたが、2人の姿が並んだのを見た瞬間、少し絶望した。
やっぱり、私は何かしらゲームの呪縛に縛られているんじゃないかと……。
「えっ……!」
「…………」
背中を支えてくれた相手、仁藤 苺恋は信じられないものを見る目を私に向ける。目の前に自分と瓜二つの顔をした存在がいたら当然の反応だ。
ぶつかった相手、赤堂 環は眉間に皺を寄せて私を睨んでいた。
私は少しでも顔を見られないように、顔を俯ける。体に緊張から力が入り、歪んでしまった教科書がさらに歪んだ気がした。
「……本当に似てる……」
苺恋の思わずといったようにこぼれた言葉に、彼女の耳に入る程私の存在は広まっていたのだと知ってしまった。
「なぁ」
恐らく私にかけられたであろう声に顔を少し上げる。
「お前、名前は?」
「え……」
「名前だよ。俺は赤堂 環」
「狩屋 翠恋、です……」
名前を聞かれる理由が分からなくて怯え半分に答えると、2人は顔を見合わせて頷きあった。
「ほら、やっぱり他人だろ。狩屋、なんて超有名な家、何か関係があるなら両親から説明があるって」
「そう、だね。でもこんなに似てるのは……」
「世界には同じ顔が3人いる、って言うだろ?その1人が偶然同じ高校にいた、ってだけだよ。あんま気にすんなって」
「うん……」
言われる言葉に苺恋はいまいち納得がいかないのか、私の顔を何度も横目で確認している。その視線の居心地が悪く、私は早くこの場を離れるために震える喉から何とか声を出した。
「あの、そろそろ……」
「あぁ悪いな、もう授業始まるってのに。最後に、紹介が遅れたけどこいつは仁藤 苺恋。色々迷惑かけたと思う、ごめんな。同じ1年だし、俺達の事は気軽に環、苺恋って呼んでくれていいから。またなんか迷惑かけたら相談してくれよ」
「分かった」
絶対に名前で呼ぶ事はないと思うけど、小さく返事をしておく。今まで2人の事をどう呼んだらいいか悩んでいたけど、知り合ってしまった事だし「仁藤さん」、「赤堂くん」と呼ぶ事に決めた。
「流石に時間もヤバいし、いい加減解散な。じゃ」
私にあまり良くない感情を抱いているであろう苺恋と共に、赤堂くん達は教室へと向かって行った。
その姿が見えなくなるまで私は階段の踊り場で立ち尽くし、授業開始の鐘の音と同時に深いため息を吐き出す。
「最悪だぁ〜」
1番関わりたくなかったヒロインと、とうとう知り合いになってしまった。
遅刻は確定しているので急ぐ事をやめ、階段をゆっくりと上る。
彼女が私という存在に興味を持ち、生い立ちや人間関係を調べようとしない事をひたすらに願う。身近に自分と瓜二つの存在がいるなんて、苗字が違うというだけで関係が無いと納得するのは難しいだろう。先祖に関わりがあったのか、本当はどこかで繋がっているのではないかと興味を持つのが普通だ。
ゲームでの苺恋の生い立ちを知っていると、疑いたくなってしまう気持ちも理解ができる。
自分は本当に「自分」なのか。
もし苺恋も同じ考えを1度でもした事があるとしたら、彼女が私の事を知ろうとするのは当然だと思う。
どうかその疑いから、本当は私が「狩屋」ではなく、本当の名前も分からない存在である事に辿り着かない事を切に願った。