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 彼を見たら誰もがほぼ同じ感想を抱くだろう。

 

 ただただ美しい。

 

 肩にかかるくらいの長さをした髪は少しクセがあり、ふわりと風に靡く。その色は少し青みがかった紫をしていて、私の頭には神秘的に輝くタンザナイトの宝石が浮かんでいた。切れ長の目を囲む睫毛はとても長く、瞳は温度の感じられない薄灰色。全てのパーツが完璧に配置された顔に眼鏡をかけた彼には、まさしく「高貴」という言葉が似合う。

 

 いつの間にか見惚れてしまい、その立ち姿を眺め続ける。ゲームの中で1番顔が良いとされていた人物を実際に目の前にすると、その存在に圧倒されて思考さえ奪われるという事が分かった。

 

 「鳥鼠くん、どうしてここに?」

 

 私はその声に意識を取り戻す。

 声の主は隣にいるさが兄で、平然と副会長に話しかけていた。

 この学校で知らない人はいないと言われる程に有名な副会長だが、その見た目のせいか話しかける事のできる生徒は少なく、基本遠巻きにされている事が多い。副会長に話しかける生徒達は本人を目の前にすると声が出せなくなるか、震えが止まらなくなるらしい。

 

 最初聞いた時はそんな影響を与える人間が存在するとは信じられなかったが、今目の前にして分かる。この人の美貌はある種の毒だ。

 

 私が声を出せない間にも、2人の会話は進んでいた。

 

 「僕は大きな声が聞こえたので気になって来ただけです。それよりも、僕の質問に答えてもらえませんか?彼女をこんな人気(ひとけ)の無い場所に連れ込み、何をしていたんですか?」

 

 「少し気になった事があったから聞いていただけだよ」

 

 「少し気になった事を聞くだけなのにあんな大声を?」

 

 「つい感情的になってしまっただけ」

 

 「……まぁいいでしょう。もう1つ、僕が来た時にかなり顔を近づけていたみたいですが、それは何故(なぜ)?」

 

 「……特に意味は無いよ。鳥鼠くんからは見えにくかったかもしれないけれど、実際はそこまで近くなかったしね」

 

 「……」

 

 「……」

 

 2人の空気が不穏なものに変わっていく。

 さが兄は笑顔、副会長は真顔だ。2人とも感情が読めないからこそ怖い。

 

 このままだと私の精神衛生的によろしくなく、次の授業に響くと思ったので勇気を振り絞った。

 

 「副会長……、さん」

 

 どう呼んだらいいか分からず、出だしから失敗した。副会長の視線が私へと向いてしまったせいで、体に緊張が走る。

 

 「以前僕の事は副会長と呼ばないよう言ったと思うのですが……」

 

 「えっと……」

 

 「それにその髪、いつの間に切ったのですか?」

 

 ここまできても副会長は私が苺恋でない事に気づいてくれない。私がまったくの他人である翠恋だと分かれば、副会長も興味を無くしてどこかに行ってくれるだろう。


 近づきたくない攻略対象から間違えられている事に加え、連日の同級生達からの間違いによるストレス、さらにこの緊張した空気の負担に耐えられなくなった私は、爆発した。

 

 「あーーーっっ、もう!!!!!私は狩屋翠恋です!!仁藤なんて人じゃありませんっ!!!!心配する相手を間違えないでください!!!!私は副会長さんと今日初めて話しました!!あとさがっ……、織部先生には副会長さんに心配されるような事は何もされてません!!」

 

 あまり大きな声を出した事が無かったので、自分でもこんなに大きな声が出るのかと驚いた。

 少し息を切らしながら、2人を睨みつける。

 

 「あなたが仁藤さんではない……?」

 

 少し狼狽えた様子の副会長が、半歩だけ私に近づき目を凝らしてくる。その綺麗すぎる目から視線を逸らさず、むしろキッと睨み返した。

 隣でさが兄が「どうして私まで睨まれたんだ……?何か悪い事した……?」と小さい声で言っているけれど、副会長と戦うのに必死な今は無視。

 

 少しの間見つめ合いが続き、先に逸らしたのは副会長だった。

 

 「確かにあなたは仁藤さんじゃないみたいです……。僕の間違いで迷惑をかけてすみませんでした」

 

 ゆっくりと腰を下り、私とさが兄に謝罪を行う姿はまさしく絵になる、と思った。

 

 「別人だと分かってもらえたならそれでいいです」

 

 逆ギレのような態度をとってしまった自分に恥ずかしくなり、視線を足元に落としながら応えた。

 

 「しかし……」

 

 砂利を踏む音ともに、視界に男子生徒用の靴が入ってくる。まさかと思い顔を上げると、

 

 「ここまで似ているのに本当に他人なんですか?」

 

 目の前には凶器と言えるほどに美しすぎる顔があった。

 

 「顔のパーツや配置はほぼ同じ。少し違うとするなら、性格の違いか仁藤さんの方がぱっちりとした目をしている事でしょうか。あなたの方が落ち着きのある、そして真っ直ぐな目をしています」

 

 私の身長に合わせて屈んでいた姿勢を戻すと、彼はそれまでの無表情が嘘のように微笑んで言った。

 

 「そう言えば自己紹介がまだでした。僕は3年の鳥鼠 紫苑。どうか副会長さん、ではなく鳥鼠先輩、もしくは紫苑先輩と呼んでもらえると嬉しいです。呼んでいただけますか?狩屋 翠恋さん」

 

 「副会長さんじゃダメですか……?」

 

 「あまり副会長と呼ばれるのは好きではなくて」

 

 「じゃあ鳥鼠先輩で……」

 

 「はい、これからよろしくお願いします、狩屋さん」

 

 何故この人はこんなにも楽しそうなのだろうか。

 私はその楽しそうな笑顔を呆然と見上げながら、頭の中でひたすら考えていた。

 

 どうして関わりたくなかった攻略対象の1人と、こうなってしまったのだろうか、と……。

 

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