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あの後、多少開始時間は遅れたものの入学式は無事に終了し、私の色彩高校での生活が始まった。
とはいえ、あまり人付き合いが得意でない私は友達を作る事もなく、基本的に1人で行動していた。
さが兄に会いたいと思う事はあるが、この学校は各学年毎に棟が異なり、それぞれの棟に保健室がある。そのため、2年生を担当しているさが兄と校内で会う事はほとんど無い。毎日のように連絡は取り合っているので、直接顔を見たいと思う事はあっても寂しいとは思わなかった。
この世界が乙女ゲームの世界だという事は分かったけれど、これといってゲームのイベントに関わったりと何かをする気も無く、普通の高校生活を送っている。
1つ問題があるとすれば……。
「──仁藤さん!」
こうして、ヒロインである苺恋と間違えて声をかけられる事がものすごく多いという事だけだ。それに比例して私と苺恋の関係について色々な噂が立てられている。友達がいない私は詳しい内容を知らないけれど。
最初の頃は気にしていなかった。近くに本物の苺恋がいるのだと思っていたし、顔が似ているのだから間違えられるのも当然だと受け入れていた。
ただ時間が経つにつれその頻度は増え、果てには反応を示さない私に違和感を持ち詰め寄ってきたり、肩に触れてきたりと声をかけられるだけで済まなくなってきた。
私からしたらほぼ全員が名前も知らない人間だ。はっきり言ってそんな得体もしれない人間に近づかれるのは怖い。
乙女ゲームを楽しむのは好きにしていいが、頼むから自分と関係の無いところでして欲しい。顔が同じだから仕方がないのかもしれないが……。
対策をしないといい加減私生活に影響が出そうに思えたので、私は泣く泣くある決断をした。
「翠恋!!!!!!!」
その結果、1年生に用が無いはずのさが兄が休み時間に私の教室に突撃をし、驚いている私の反応を待たず連れ出すという事件が起きた。
教室から引っ張り出される瞬間の、生徒達の驚きの表情が忘れられない。後で教室に戻るのが嫌すぎる。
「なんで僕に相談もせずそんな事したの!?!?」
「えっと、とりあえず落ち着いてもらっていい……?あとなんで棟が違うはずのさが兄がコレの事知ってるの?」
連れていかれたのは人が少ない裏庭だった。
怒りと、少しの悲しみを混ぜた表情をして詰め寄ってくるさが兄の胸を押す事で少し距離をとる。
「翠恋の事で僕が知らない事があるはずないでしょう!?そんな事より、僕が知りたいのは!!!」
言葉と共にさが兄の顔もグッと近づき、鼻先が触れそうになった。
「髪を切ってしまった理由だよ!!!!」
やっぱりかー、と思いながら目の前にある瞳から目を逸らす。
なんだか不穏な事を言っていたような気もするけれど、今はこの興奮しきった人間をどう落ち着かせるかが問題だ。
さが兄の言う通り、私は肩甲骨の下くらいまであった髪を、肩にかからない、ギリギリ縛れないくらいの長さでバッサリと切った。
苺恋と間違えられる原因として、髪の長さがほとんど同じなのもその1つだと考えられたからだ。身長は私の方が少し低いとは言え、遠目から見ればそれは分かりずらく、顔もほぼ同じで髪の長さも同じとなれば深い付き合いでない人間はほぼ間違えるだろう。
実際廊下で間違って声をかけてくるのは、ゲームの中では名前の無いいわゆる「モブ」の人達で、赤堂 環といった登場人物達は一瞬視線を向ける事はあっても声はかけてこない。
髪を切る事には少し悩んだ。理由としては、この髪は狩屋家の人々から絶対に短くするなと言われてきたからだ。
狩屋家には髪や瞳の色に緑を持って生まれる子供が多く、血が繋がっていないとバレないためにも少しだけ緑を持った私の髪は大切にされてきた。
そんな私の髪を、さが兄は誰よりも大切にし、一緒に住んでいた時はケアの仕方でさえ常に見張られていた。
そこまで気にする理由について聞いてみたけれど、
「僕と翠恋の唯一の繋がりだから」
とよく分からない事を言われてしまった。
同じ「狩屋」の時点で繋がりは唯一でない気がしていたけれど、さが兄がその時「織部」を名乗る事を既に決めていたとしたら、同じ色というのは確かに唯一の繋がりになったのだろう。
そんなわけで私以上に私の髪を大切にしていたさが兄にとって、髪を切った事は許せなかったみたいだ。
「すっごく綺麗に伸びてたのに!もしかしてお手入れに関してうるさく言いすぎた!?それが面倒で切ったの!?あと理由として考えられるのは……。……いじめられたから、とかじゃないよね……?翠恋の周囲にそんな行動をとる人いないはずなんだけど……」
「気分転換!!!」
「……え?」
顔が近いまま、真顔の人間に小さい声でぶつぶつと何かを言われるのが怖くなった私は、つい適当な嘘を吐いていた。
「高校生になったし、ちょっと新しい自分になるのもいいかなー、って!お義母様には許可貰ってるし、ほら!このくらいの長さなら伸びるのも直ぐでしょ!?本当にただ切ってみたくなっただけだから!」
何故か苺恋の話をしてはいけないと脳が危険信号を出している。
背中に伝う汗と引きつった顔がさが兄にバレないか不安だけれど、目の前の人は驚きの表情で私を見つめ返してくるだけだ。
そしてふわりと、いつもの優しい笑顔へと表情は崩れた。
「なんだ、そうだったんだね。だったら先に相談してくれても良かったのに。もっと翠恋に似合う髪型、いっぱいお勧めできたよ?」
「なんかごめん……。こんなに驚かれるとは思ってなかった」
「ううん。私の方こそ、無理矢理こんな所に引っ張ってきてごめん」
スっと体を離したさが兄は、一人称も戻っていつも通りになっている。
その事にホッとしつつ、教室に戻ろうと声をかけようとした瞬間、誰かの足音が私達に近づいてきた。
2人して声のした方、棟の影から出てきた人物を見てそれぞれまったく違う反応をした。
私は驚愕に思わず口を開き、さが兄は訝しげに眉間に皺を寄せる。
「織部先生、仁藤さんとここで何を?」
私達に鋭い視線を向けたまま声をかけてきたのは、攻略対象の中でも普通に生活をしていれば出会う事が無いと思っていた人物、生徒会副会長の鳥鼠 紫苑だった。
そして私は髪を切ったにも関わらず、序盤はイベントが少ないためにヒロインと会う機会が少ないせいで、副会長に苺恋と間違えられた。
ブックマーク、評価ともに本当にありがとうございます。
更新が遅く申し訳ありませんが、お付き合いいただけますと嬉しいです。