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 私がこの家の子ではない事は嫌という程言い聞かせられた。

 生まれて直ぐに孤児院に捨てられた私は、その時ちょうど女の子を探していたこの家に引き取られた。こうして生活に困る事も無く、質の高い教育を受けられる事はとても幸福な事。その全てに感謝をし、この家に貢献しなければならない。

 孤児院から私を引き取る事を決めたお祖母様は、亡くなる直前までそう言い続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は狩屋(かりや) 翠恋(すいれん)。生まれて直ぐ孤児院に捨てられ、そしてまた直ぐ狩屋家の養子になってから15年。やっと高校生になった。

 これから通う全国的にも有名な高校、色彩(しきさい)高校の門を見上げながら、私はただ呆然とする。

 

 「ここ、乙女ゲームの世界だったの……?」

 

 これまでの人生、既視感などはほとんど無かった。にも関わらず、この学校を見た瞬間に私はこの世界が乙女ゲームの世界である事を思い出した。いや、理解した。

 恐らく前世、記憶がほとんどないので本当に前世なのか分からないが、今とは別の、日本という場所で人生を歩んでいた時に私はこの世界を舞台にした乙女ゲームを少しだけプレイしている。

 

 『ハルはアオく染まる~The sky dyed in Pink~』

 

 略して「ハルアオ」とか、漢字にして並び替えた「青春(アオハル)」と呼ばれていたゲーム。

 乙女ゲームに興味の無かった私は1時間ほどプレイして止めてしまったけど、不思議と情報が頭に思い浮かぶ。

 

 乙女ゲームに興味がなかったはずなのに何故このゲームをプレイしたのか。

 

 ほとんどプレイしてないのに何故基本的な情報をこんなにも覚えているのか。

 

 疑問は尽きないけれど、何よりも一番気になる事があった。

 

 「私は誰……?」

 

 どれだけ思い出せることから探しても、「狩屋翠恋」という名前はゲームに出てこなかった。

 なのに……。

 

 「私のこの顔はヒロインだよね?」

 

 私の顔はハルアオのヒロインと瓜二つなのである。

 15年間ほぼ毎日見続けた顔なのだ、間違えるはずもない。私の顔はヒロインとほぼ同じである。

 

 「い、意味が分からない。名前が違うだけで私がヒロインなの?でもヒロインの生い立ちと私の生い立ちはまったく違うよね…?」

 

 頭が混乱してきた。

 ゲームに出てくる名前の無いモブであればこんなに悩まなかった。ただゲームの世界に来てしまったんだなー、で終わらせられた。でも私は名前も生い立ちも違うのに顔だけはヒロインという、意味の分からない状況だ。自分の存在が急にあやふやになってしまったような不安が襲い来る。

 

 校門の前で顔を真っ青にしながら独り言を呟く私は一見不審者だろう。この学校の制服を着ていなかったら誰かに声をかけられていたかもしれない。

 中学までの同級生が一人もいないこの学校へと入学する私には、この学校に一人しか知り合いがいなかった。

 

 私が唯一悩みを相談できる人物を思い出した瞬間、私の口からは震えて掠れた声がこぼれた。

 

 「織部(おりべ)……(さがみ)……」

 

 「呼んだ?」

 

 校門へと向いていた目線を、声のした正面へと向ける。

 そこに立っていたのは、スラリとした長身に白衣を羽織り、その下に崩す事無くグレーのスーツを着ている男。何よりも目立つのは深い緑色の髪。彼の髪には今まで違和感を持たなかったけれど、日本で生活をしていた感覚を思い出すとどうしても見慣れない。常に微笑んでいる事で評判の彼の垂れた目は、私へと向けられていた。

 

 「入学おめでとう、翠恋。なかなか講堂に来ないから迎えに来たよ。こんな場所に立ち止まってどうしたの?」

 

 私がこれまでの人生で誰よりも頼りにし、味方だと信じていた存在。

 そんな彼が、このゲームの攻略対象の一人である事が私は受け入れられなかった。

 

 「翠恋?」

 

 訝しげに一歩ずつ近づいてくる彼から、私は無意識に逃げようとしてしまった。

 彼がヒロインと出会ってしまったら、彼がヒロインに惚れてしまったら……。私は信頼できる唯一の存在を失ってしまうのだろうか……?

 

 そんな考えが生まれてしまい混乱した私が逃げようとした瞬間、私の手は掴まれ強い力で引き寄せられていた。

 

 「翠恋……!!!どうして逃げるの!!僕が何かした!?それとももしかして……。もしかして僕の事が嫌いになったの!?」

 

 イケメンが台無しになるような半泣きの顔で詰め寄られ、私の混乱は吹き飛んでしまった。私はそっと顔を下げ、目の前にあるスーツへと顔を寄せる。

 

 「翠恋……?」

 

 「──フッ……」

 

 「……?」

 

 「ハハッ、さが兄は変わらないね!」

 

 「なっ……!?」

 

 「久し振りに会ったさが兄に驚いただけなのに、こんな反応されると思わなかった!」

 

 「久し振りに会った妹に逃げるような素振りをされたら、僕以外の兄だって泣きたくなると思うよ!?」

 

 「それは家庭によるんじゃないかなー?ほらほら、一人称が僕になってるよ。先生になるから私、にしたんじゃなかったの?」

 

 「うッ……」

 

 顔を上げ、掴まれていない方の手を使ってさが兄の目尻を拭く。さが兄の黒に見間違うほどの新緑の瞳にはまだ不安の色があるけれど、先程までの鬼気迫る雰囲気はなくなった。

 

 攻略対象の一人である彼、織部詠は私の義理の兄である。訳あって母親の苗字である「織部」を名乗っているけれど、5年前まで狩屋の家で一緒に生活していた。

 彼の生い立ちは確かにゲームそのままだけれど、彼に義理の妹は存在しなかった。その事に関しての不安はあるけれど、彼と過ごした時間は確かなものであり、私が彼の妹である事は何があっても変わらないはずだ。そう考えると、さっきまでの恐怖が嘘のように消えていく。

 それに、ゲームのままであれば彼が今校門にいるのは有り得ないはずである。

 

 ゲームの始まりであるこの入学式に、さが兄とこうして出会えたおかげで、ここはただのゲームの世界なのではなく現実なのだと思う事ができた。


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