第九話 襲撃
「あれ、2号じゃねーの? 初めてみた。サインとかお願いしたら、迷惑かな」
本橋は楽しそうだ。当然状況が分かっていない。
ここに直接攻撃を仕掛けてこないということは、建物内にあるということまでしか特定していないのか。
早めに逃げる必要があるが、部室棟の出入り口は、破壊された一箇所のみ。窓から逃げても恐らく部室棟は囲まれている。状況は芳しくない。
2号がロケットランチャーを地面に置くと、後ろに並んでいる予備隊員の一人が拡声器を2号に渡した。
「あー、あー、皆さんこんにちは。ヒーロー組織所属、ヒーロー部隊の2号です。突然ですが、この建物はヒーロー法第八条により、我々ヒーロー組織の管轄となりました。この建物には、ヒーロー法第百七十五条で特A級に指定されている物体が運び込まれている恐れがあります。これより、我々が調査・回収を行いますので、中にいる方は、速やかに建物から出るようにお願いします。なお出口で荷物検査を行いますので悪しからず。今、出入り口を破壊したのは威嚇であります。もし心当たりがある人がいましたら大人しく出てくること。以上」
2号は拡声器の電源を切り、建物の中へ入っていった。
もう一度Pストーンを見る。すると俺の視線に気づいた本橋が目を見開いて、尋ねた。
「え? これなの?」
黙って頷く。
「えー」
本橋は天を仰いだが、すぐに「で、どうする?」と、顔を近づけてきた。真剣な顔に切り替わっていて、やたらと話が早いアホな先輩で助かる。
「どうするって言ったって、もう詰みだろ。恐らく建物は囲まれてる」
現状を考えると逃げ場がない。
「今度は待ったなし?」
「将棋ゲームじゃないからな」
「降参して、水晶玉を渡すしかないと」
「そういうことだな」
「えー」
本橋がもう一度天を仰いで、また顔を近づけてきた。
「この水晶玉は俺らの強運と苦労の結晶なんだぞ。それを寄越せっていきなり言われても、どうぞどうぞなんて出来ないだろ。俺の将来にも関わってくるんだぞ。遊んで暮らすことをそんな簡単に手放したくない。せめて買い取ってもらう。俺は永遠の大学生だ」
確かに人の物を力で奪い取るなんて、横暴でしかない。しかし、法律がその横暴を許している。これはヒーロー組織の怪人組織に対する予防である。
「小生には、ボーズが間違っているとは思えんな」
鳥が口を挟んできた。
「だったらどうしろって言うんだよ」
「小生が決めることではあるまい。ただ選択肢は迷うほど多くないだろうよ。お前にとって、これは何なんだ?」
鳥がPストーンを嘴で指す。
鳥の言葉で、Pストーンを手に入れた日のことを思い出した。簡単に手放してはいけない予感が、確かにあの時俺にはあった。売ろうと画策していたが、ご愛嬌。予感は正しかった気がしてきた。
「なあ北見、我らが会長だったら、こういう時どうすると思う?」
「素直に渡さないだろうな。価値があると分かったらなおさら」
本橋が言葉で俺の背中を押してくれる。心が決まった。
「じゃあ決まりだな。もう一回聞くぞ。どうする?」
「無理してでも逃げるしかないな。渡したら並木に怒られそうだ」
「しょうがない会長だな」
俺と本橋は思わず笑ってしまった。ヒーローを敵に回すとは、なかなか出来る体験ではない。並木のせいにして、俺らの方針が決まる。
「お前が水晶玉持って逃げろ。俺が時間を稼いで、逃げ道を作る」
「逃げ道を作るってどうやって」
本橋は自身の遊び道具が大量に詰まっているロッカーの一つを開ける。その中からマシンガンのようなものを取り出した。
「本物?」
「そんな訳あるかよ。当たってもすごい痛いくらいだ」
「頼りになる男だな」
「ようやくだ。俺がヒーローになれる時がきた。八年かかった」
「そ、そうか」
どういう意味だろうか。よく考える時間はなくて、逃げるため、棚に鎮座しているPストーンを右手に握る。
「鳥はどうする?」
念のためパンに夢中の鳥に尋ねる。
「興味がないから、パンを食べておる」
いざとなったら、飛んで逃げるだろう。いつも逃げ足は速い。
ドアノブに手をかけ、開ける前に本橋に確認する。
「ここから階段に向かって真っ直ぐ走る。二階に降りて、一番近い窓から外へ飛び降りて、部室棟の裏に出る。恐らく裏にもヒーロー予備隊がいると思うが、正面よりかは少ないだろう。そこから包囲網を突破する」
「会長はどうする?」
「ヒーローの狙いはこの水晶玉だから、放っておいて問題ないだろ。もし見つけたら、とりあえずついてこさせる」
「よし」
「行くぞ」
ドアを開けて、階段へ小走りで向かう。




