第八話 ヒーロー登場
俺たちがPストーンを見つけてから三週間が経過した。
今日は三限だけ授業があり、授業終わりに遅めの昼食であるパンとコーヒーを買って部室へ向かった。
部室棟の廊下や階段は学生達の喧騒に包まれている。
他の部室を覗いたことはないが、部室それぞれに、お宝からゴミまで色々詰まっているのだろう。
サークル棟の三階、奥から三番目の部屋が、並木が会長を務めるサークル、その名も「文明の声が聞こえる」の部室である。
恐らく部室の名義は古代文明調査サークルのままであろう。こんな名前のサークルに部室を提供する度量がある大学は皆無だ。
「文明の声が聞こえる」というサークル名についてだが、ここまでのレベルになると、怪しさというより、怖さを感じる。
しかし世の中不思議なもので、こんな名前のサークルでも入会希望者が後を絶たない。理由は二つ。一つは、森下先輩がこの部室に入ったことを何人かの学生に見られたからである。森下先輩は、学生とヒーローの両立で忙しく、どこのサークルにも所属していない。そんな森下先輩が、サークル棟で目撃され、特定の部室に入ったら、大学の一大ニュースとなる。噂は瞬く間に広がり、我が大学無敵の女王を求め、入会希望者が殺到した。しかし、志を同じとしない奴等を許さない並木会長が、全ての入会希望を拒否した。俺も志を異としているはずだが。ちなみに、森下先輩はあの日以来部室には来ていないので、殺到した希望者達が入会したところで即退会していたであろう。
理由のもう一つは、並木と本橋の存在である。
本橋はイケメンで、やはりモテる。悔しいが事実だ。
そして並木がまたモテる。コント臭ただよう彼女も黙っていれば美人なのだ。とんでも発言がない時の凛とした姿が人を惹きつけるのは確かだ。
そんなモテる奴等がいたらどうなるか。噂は徐々に広まり、並木と本橋を求め、入会希望が結構な人数現れた。そいつらは並木が忌み嫌う、ただみんなで集まって遊びたいだけの面白味のない人間に、ブレることなく該当するので、やはり並木会長は全ての入会希望を拒否した。
それにしても「文明の声が聞こえる」に入会希望者が後を絶たないという文章は、怖さを加速させる。
「こんちは」
挨拶をして部室に入る。部室内にはすでに並木と本橋がいた。というか、この二人はいつもいる。
二人は俺の挨拶に対して、何の返しもしない。本橋は机に突っ伏して寝ていて、並木は眉を寄せて不機嫌そうに頬杖をついている。
並木の不機嫌の原因は、部室の棚に置かれている、水晶玉ことPストーンにある。
今日もちゃんと棚に置いてあることを確認する。森下先輩の話によると、随分と厄介な物のようだ。
Pストーンは、洞窟から持ち帰ってから、ずっと部室で保管されている。俺は本橋をそそのかして即売却を画策していたが、並木に待ったをかけられた。次なる処分作戦を思案中である。
部室に来たからといって、特に話題もないので、空いてる椅子に座りパンを頬張る。今日のパンは塩パンだ。程よい塩加減がコーヒーとまた良く合う。
「何で何も起きないのよ!」
突然並木が机を叩いて、立ち上がった。本橋がのっそり起きた。
俺は特に反応せず、コーヒーを啜る。
あれ以来、並木の沸騰は恒例行事と化したので、俺と本橋にとっては日常の一シーンである。
「大冒険の末に見つけた、古代文明の遺産! それなのに何も起きない! 新たな謎は? 新たな冒険は?」
並木が大股で歩いて、Pストーンを手にすると、頭突きしそうな勢いで覗き込む。
「あなたは何で何も見せてくれないの! 未来でも過去でも異世界でも何でもいい! 見せてよ!」
並木はPストーンを思い切り振るが、当然何の反応も示さない。壊れやすくて、危険らしいからやめてほしい。
一連の流れを、俺と本橋は黙って見守っていたが、本橋は飽きたらしく、「プレステやろうぜ」とコントローラ二つを取り出し、一つを俺に渡してくる。残りのパンを口にくわえて、コントローラを受け取り両手で構える。塩とバターのハーモニーが口に広がった。
並木は俺らのやり取りを見て、「キイイイイイイ」とヒステリックに叫んだ。
窓が開いていて、そこから鳥がいつものようにやってきた。
「なんと」
鳥が大声を出して、羽をばたつかせる。
「もうパン食べてしもうたのか」
鳥はあれからも毎日俺の居場所を突き止め、パンを要求してくる。この鳥のストーキング能力はかなりのものである。
「ほらよ」
しかし、俺も鬼ではない。今日は、こうしてパンを自分用とは別にもう一つ買ってきた。事前に金をもらっていたのだが。
よく考えるとただのパシリだ。
「おおお」
鳥は喜び、パンを食べ始めた。
「待った! 今更だけど待ったありでいい?」
今度は本橋が大声を出した。ゲームで将棋の対戦をしていたのだが、俺の強烈な一手に本橋が待ったをかけた。この男、他のゲームは強いのに将棋はやたら弱い。考えることが苦手なようだ。
落ち着いてきたのか、並木は頬杖をついて、不機嫌そうに画面を見ている。
「そうそう」
鳥が思い出したように呟いた。
「外がやたらと騒がしいぞ」
「森下先輩が来て、みんな騒いでるのか?」
俺が聞き返すと突然爆発音鳴り、建物が大きく揺れた。
「なんだ!」
思わず立ち上がる。
「痛え!」
奇妙な体勢で椅子に座っていた本橋は床に落ちた。
他の部屋からも悲鳴や叫び声が聞こえる。
嫌な予感がする。
「おい、外が騒がしいって何だよ!」
「大学の学生とは思えん奴等が、デカい車をこの建物の前に停めて、待ち構えておったぞ。この建物に入るなとか、順次退避させろとか、責任者を呼べとか色々うるさかったのう」
この部室棟で恐らく唯一、爆発に動揺しなかった人間、並木会長は「こういうのを待ってたんだああああ」と言いながら部屋を飛び出していった。
「馬鹿、待て!」
俺の声よりも先にドアが閉まった。「あの性格どうにかならないか」とドアに文句を言って、窓の方へ向かう。
俺と本橋はお互い顔を見合わせた後、外を覗くため、ゆっくりと窓から顔を出す。
鳥の言うように、荷物の運搬用とは思えない頑丈そうなトラックが一台と、銃を持っているヒーロー予備隊員十人ほどが部室棟の前に並んでいる。予備隊員が身にまとっている白い制服が、正義の味方の雰囲気を醸し出していた。入り口部分は吹き飛んでいて、吹き飛んでいる破片から煙が上がっている。先ほどの爆発音と揺れの原因であろう。吹き飛んで扉がなくなった入り口から、予備隊員の誘導で、生徒が続々と脱出している。
トラックと一列に並ぶ予備隊員の前に、一人のヒーローが立っていた。特殊素材で作られた全身スーツを頭のてっぺんから足の先まで纏い、目の部分には望遠機能を備えたゴーグル、シューズとグローブと呼ばれる手足のアーマーを装着し、背中にはスーツへのエネルギー供給源となるバッテリーパックを背負っている。胸には数字の2が大きく書かれていている。ヒーロー部隊の2号である。
手にはロケットランチャーみたいなものを持っているので、恐らくあれで入り口を吹き飛ばしたのだろう。
「おいおい、ヒーローだぞ」
本橋は興奮している。
「ヒーロー側か」
なぜヒーローがいるのか。
怪人が部室棟に逃げ込んだ、あるいはヒーローがロケットランチャーを誤射したなど考えられるが、最悪のケースを考えると、ヒーロー組織が怪人組織より先にPストーンを俺たちが持っているのを知って、奪いにきた。ヒーロー組織による予防行為。Pストーンを確保し、怪人組織の戦力増強を防ぐ。
なんと筋が通っているシナリオだろう。森下先輩の忠告が、早くも現実となった。
Pストーン、本物だったのか。




