第六話 洞窟へ
蓋を開いても、並木が呪いを掛けたとおりに爆発することはなく、何かが飛び出してくることもなかった。蓋の中は、底が見えない深い闇が広がっていた。つまり何か箱や壺のようなものに蓋が閉まっていたのではなく、何かの入り口が蓋で閉じられていたようである。
何一つ音のしない空間は、ひどく不気味だった。
並木と森下先輩も走ってきて、中を覗き込んだ。鳥もタイミング見計らっていたのか、どこからか戻ってきた。
「確か、ライトがあったな」
本橋が小走りでリュックの元へ行くと、中を漁る。
しばらくすると、小型のライト四個を持って戻ってきた。
銘々がライトを受け取り、恐る恐る中を照らす。
蓋の下は二メートルほどの深さがあり、そこから横に緩やかな下り坂が伸びている。道の先までは見えなかった。
「ついに文明の謎が解き明かされる時がきたわね。ヤマタノオロチをふたたび退治するのは、私たちよ」
並木の鼻息が荒い。
「入る気か」
ヤマタノオロチが出てくるとは思わないが、どんな危険があるか分からない。
「文明が解かれたがってるのよ」
「ここまで来たら入るしかないだろ。宝があったら、一生遊んで暮らせる」
本橋も乗り気だ。
「その鳥を先に行かせて、鳴かなくなるか試してみましょう」
森下先輩が安全策を提案すると、鳥が慌てて遠くへ逃げた。
「大丈夫、俺鍛えてるから。バケモノが出たら、即倒してやる。それに、ヒーローの5号がここにいるんだぞ。地球上に敵はいないだろ」
「ヒーローと言っても、そこまで頼りになる訳じゃないわよ」
森下先輩は苦笑いを浮かべると、「でも魔王君がいるから大丈夫ね。それに北見君もいるし」と、ヒーローのくせして自分をか弱い存在のような発言をする。
「ヒーローを守るなんて、俺には重すぎる責任ですね」
「そうかしら? 冗談じゃなかったんだけど」
「重いですよ」
森下先輩はそれ以上何も言わなかった。
「俺に任せとけ。永遠の大学生ナメんな」
本橋が右腕に力こぶを作った。かなり鍛えているのが分かる。やはりアホの先輩は頼りになる。
「じゃあ、しゅっぱーつ」
待ちきれないのか、並木は一人拳を突き上げるとすぐに勢いよく中へ飛び降りた。
「早くきて」
中から並木が懐中電灯の光を振って、俺たちを急かす。
入り口部分はそこまで深くはないので、本橋あたりを台にすれば、中に入ったとしても、外へは出られそうだ。
俺、本橋、森下先輩と中に続く。
中は外と違い、ひんやりとした空気が漂っていた。
「何だよ、この空間」
本橋が眉を寄せた。
「自然に出来た空間ではないわね」
森下先輩が辺りを照らして確認する。木の板で壁や天井が作られていて、等間隔に配置してある木の柱で補強もされているようだ。
「そうですね、人工的な洞窟ですね」
「ダンジョンよ、はぁ、テンション上がるわ。ついに桃太郎伝説に終止符を打つ時がきたのね」
並木が抑えられずに、進もうとしたので、「待て、待て」と制した。
「何? 相変わらず空気読めないわね」
洞窟の先を見ようとするが、何も見えない。すぐ隣で無音の暗闇が口を開けているようで、背筋に冷たいものを感じる。このまま進んで本当に大丈夫なのだろか。
リーダーと呼ぶにふさわしい人物がいないので、全員に問う。
「何があるか分からないのに、本当に進むのか?」
「当然」
「当然」
「当然」
食い気味に答えた並木に、乗っかった本橋、楽しそうに森下先輩が続いた。
正直に言う。俺が求めていた非現実的なことが現実的になりつつあって、鼓動が期待で速くなる。嘘くさい並木の話が、もしかしたら現実になるかもしれない。
「何が起きても俺は知らないからな」
ノリで突き進むことに慣れていなくて、気持ちとは違う言葉出てしまったが、森下先輩には見透かされたようで、少し笑ったのが分かった。
「よし、行くぞい」
いつのまにか鳥も中に入ってきた。
四人と一匹は先を進むことにした。
鬼が出るか蛇が出るか。
子どもの頃の冒険なんてたかが知れていて、近所の一度も通ったことのない道を進むのだって、心臓が高鳴った。では大学生になった今は、子どもの頃には想像すらできなかった大冒険を体験しているかと言われれば、そんなことは決してなくて、毎日大学に通う繰り返し。そんな日常に慣れていき、子どもの頃から徐々に冒険心なんてものは衰えていく一方であった。
しかし、この並木という冒険心を持った人間に巻き込まれ、ついさっき穴を掘っている時でさえ、想像すらできなかった展開を迎えている。
この先に何があるのか分からないけど、並木の言うこの冒険というものは、久々に俺の好奇心を刺激してくれている。
もしかしたら、このまま異世界へと俺らは迷い込んでしまうのではないか。そういう展開も、ちょっとだけ期待してしまった。




