第五話 宝を求めて
暑い。今日も空は雲ひとつない青空。暦の上では秋も中盤のはずであるが、とにかく暑い。日差しが痛い。
もはや、暦を変えるか、秋は暑いものに認識を変える必要がある。ニュースで暦の上ではというフレーズを聞いても、虚しさを感じるだけである。
並木の言う冒険当日、俺たちは何があるのか、はたまた何もないのか分からない、バツ印が示す場所を目指して、歩道のない道路を貸しきり状態でひたすら歩いていた。目に映るのは畑、畑の向こうに畑、さらに畑の向こうに田んぼ。
近くに駅もバス停もないとなれば、最寄り駅というはるか彼方から歩くしかないのだ。ハイキングと言えば、聞こえはいいが、労働と言った方が現実に即している。
働きたくない。
冒険の道具といって、並木から渡された限界まで膨らんだリュックを背負いながら歩いていることが、労働の側面を強化している。
「意外と体力あるんだな」
隣を歩く本橋が声を掛けてきた。俺同様に膨らんだリュックを背負っている。中身は俺とは違い、自分で選んだ冒険グッズらしい。色々と考えたら、この量になったらしい。
「帰る体力は残ってない」
身体のいたるところに痛みが出始めていて、帰りのことを考えると憂鬱になってくる。いっそのこと、このリュックをその辺に捨ててしまおうかと衝動的に思ったが、中身を少しずつ捨てていく現実的な作戦を思いついた。実行にはまだ移せていない。
「根性だ、根性」
ガハハと笑う本橋。まだまだ余裕を見せていて、見かけ通りのスペックを持っているようだ。
この男、腹が立つのが、やたらとモテるということである。ここ数日、本橋に友達と認定された俺は、本橋につきまとわれ、共に行動していた。するとどうだろう、キャンパス内でやたらと女子に声を掛けられる。しかも好意的な雰囲気だ。有名人ということもあるかもしれないが、恐らくこの容姿が理由だろう。八年生のくせに。
もしかして並木とか森下先輩もこういうイケメンが好きなのだろうか。胸が少し痛んだ。
「うん? 何か言った?」
前を楽しそうに歩く森下先輩が振り向いた。
声には出てないはずだ。エスパーなのだろうか。
「何も言ってないです」
「そっか」
森下先輩は前に向き直し、並木と話しながら楽しそうに歩く。
こうして約束通り森下先輩が来てくれて、本当に良かった。
ヒーローというのは忙しい。怪人組織の独立宣言から端を発した戦闘が形の上ではヒーロー組織の勝利で終結したが、怪人組織は独立宣言を撤回しただけで、怪人組織自体は残った。以前より怪人の活動は収まっているとはいえ、未だに戦いは行われている。その合間の休息を、森下先輩は俺らのために使ってくれるというのだ。今日が森下先輩の負担になっているのではないかと、不安もある。でも森下先輩が来なかった場合、冒険バカの並木と本橋に付き合わされて、散々な休日になること必至だったはずだ。
感謝の気持ちで森下先輩を見たが、今度は振り向いてくれなかった。
「見えてきたぞ」
上空の鳥から報告があった。
前方を見ると小高い丘があり、コピーした地図と見比べてみると、バツ印が示すのは確かにあの丘のようだ。
丘に登り、リュックを降ろす。
リュックの横についているポケットに入れてあるペットボトルの水を一気に飲んだ。
風もなく、蒸した空気が、不快にまとわりついてくる。
今いる丘から少し離れると、何の種類かも分からない雑草が背の高さ以上に、生い茂っていて、点としか認識できないような小さい虫が辺りを無数に飛んでいる。
周囲にめぼしい物は何もない。予想通り、宝の地図は不発だったようだ。
「さあ、掘るわよ」
並木が当然のように言いながら、肩を回した。
「待て待て待て、掘るとは?」
「地面を掘るのよ」
「なぜ」
「宝が眠っているから」
「どこに?」
「ここよ、ここ」
並木が地面を二回強く踏みしめた。
俺たちがいるのは丘の頂上部分である。どうせ掘るのは、リュックを背負ってきた男性陣である。すでに体力が削られているのに、適当に掘っていけと言われたらたまらない。
「丘のてっぺんから掘り起こしていって、何もなかったら最後には丘が平地になったりな」
「意味分かんない」
「あるかどうか分からない物を掘れと言われても、嫌だって言ってるんだよ。掘る場所だって、こんなに広い丘のどこか分からないだろ」
「ここにあるわよ。宝が眠ってるって地図に書いてあるんだから」
「どこにもそんなこと書いてないだろ」
並木が地面に降りてきた鳥を見る。
「鳥さん、ここで良いわよね?」
「ああ、ここだ」
「ねぇ、何でこの鳥普通に会話してるの?」
森下先輩は鳥が喋ることに慣れないらしく、苦い顔を見せた。
「そういうものらしいですよ」
「私は絶対認めないわよ」
「他人に認められて初めて存在する訳ではないのだから、小生はそれでも一向に構わんよ」
森下先輩は鳥の声は聞こえないことにしたようで、何も言わなかった。
「お前らよくあの地図で、ここ掘れチュンチュンと断言できるな」
感心している様子の本橋はリュックから飛び出していたスコップを取り出して、掘り始めようとしている。
「信じるのかよ」
「信じるしかないだろ。目印は特にないんだから」
随分とポジティブな男だ。
「目印はあるわよ。このバツ印」
並木が破れそうなくらいに見飽きた地図を広げて、こちらに向けた。
「分かったよ」
俺の抗議を並木は聞いてくれそうもないので、本橋に続いて俺もスコップを取り出す。こうなったら納得するまで、掘り進めてやる。
「がんばれー」
森下先輩はそう言うと、俺のリュックからレジャーシートを取り出して、昼食の準備を始めた。一人ピクニック気分なのだろう。パンとコーヒーはあるだろうか。
途中昼食を挟んで、掘り進めること三時間。汗が止まらない。
しかし、黙々と地面を掘り進める単純作業は意外と悪くなかった。森下先輩がタオルを渡してくれたり、飲み物を差し出してくれたりと、悪くない環境でもある。サンドイッチとコーヒーも昼食にあったので、昼食についても文句が全くない。サンドイッチは森下先輩の手作りで、地面を掘りに来て良かったとすら思えた。本橋は「毎日この作業でいい」と言っていた。
ちなみに並木は、スコップで穴掘りに参戦したり、休憩したり、時には仁王立ちで作業を見ていたりと、自由に邪魔をしてくる。森下先輩は、今は本を読んでいる。鳥は飽きたようで、 虫を追いかけたまま、どこかへ飛んでいった。
俺と本橋は、直径三メートルくらいの円状に穴を掘り進めている。深さが、もうすぐ自分たちの腰に達しそうなので、そろそろ円を広げてみるかと思い始めた。ここまできたら、石油でも温泉でも掘り当てるまで、掘ってやるという気持ちになってきた。そんな矢先、勢いよくスコップを地面に突き刺すと、硬いものに当たった。またでかい石かと思いながら、慣れてきたもので、スコップと手で土を払って行く。
すると今回は石ではなく、木の蓋のようなものが見えてきた。
思わず動きが止まった。
「おい、これ」
本橋も気づいたようで、俺を見る。
「蓋みたいだな」
本橋に見たままの感想を告げる。
更に土を払っていくと、木の蓋はマンホールほどの大きさだった。
たまたま誰かが不法投棄した木の蓋を、俺らが掘り起こしてしまった。可能性としては、ゼロではない。ただ、俺らは気まぐれでこの穴を掘った訳ではない。地図にバツ印が付いているから掘ったんだ。誰かが捨てた木の蓋か、あるいは何かを閉じるための蓋か。可能性として、どちらが高いか。
現物を見てしまった俺は認めざるを得ない。ここに何かある。地図が示す何かが。
「やったな」
本橋の笑顔が眩しい。純粋に宝を信じた男の顔だ。俺は信じられないという気持ちが強すぎて、笑顔を返すことができなかった。
並木が駆け寄ってくる。
「あったの?」
「あったぞ。宝の蓋が」
本橋が砂まみれの顔で答えた。
「お前、体内にGPSでも入れてるの?」
ここをピンポイトで掘れと言ったのは、偶然だろうか。
並木は、俺の驚きを気にせず、「早く開けてみよ」と急かした。
森下先輩も「何、何?」と、寄ってくる。
「じゃあ開けるか」
本橋が待ちきれない感じで、木の蓋の取っ手部分に手をかけようとして、一度手を戻す。
「ビリッとこないよな」
「電気は流れてないだろ」
「そうか」
よく分からないことは気にして、中のことは気にしないようで、本橋が取っ手を握った。蓋に触るのは怖がり、開けるのは気にしないというアホの先輩はこういう時に役立つ。
「待ちなさい、何が飛び出すか分からないわ」
並木が本橋を止める。お前は早く開けろと言ったんだろ。
すると並木は目をつぶり、意味不明な呪文を唱え始めた。俺たちは無言で見守っていると、やがて「よし」と頷くと、少し離れた場所で伏せ、頭を手で抑えた。
「開けていいわよ」と、並木は伏せたまま言うが、先ほどの呪文は何だったんだ。
俺も離れて身を守りたいが、本橋がかわいそうなので、蓋の中身を本橋と確認することにした。
「森下も離れてろ」
本橋がそういうと、「ありがと」と森下先輩は並木がいる位置まで離れた。
森下先輩が並木に何か問いかけると、「爆発が起きるように念じたんです」と答えている声が聞こえた。
並木の声が聞こえたであろう本橋は、苦笑いのまま手に力を込めて蓋を開く。
すると木の蓋は、思いの外、簡単に開いた。




