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第四話 イメトレ

人間というのは寂しがり屋で、居場所を見失うと焦ってしまい、居場所を見つけるとそこへ戻ってしまう。

一日の授業が終わると、自然に足は部室棟へと向かって、何の疑問も持たずに部室のドアを開けた。

「こんちは」と言いながら部室内に入ると、すでに並木と本橋がいた。

ついこの前までは誰もいなかった部室に、今日は連絡を取り合うことなく、三人が集まるというのは、不思議なものである。

先に部室にいた並木と本橋は、考古学者が冒険を繰り広げる有名な映画を真剣に見ていた。俺は空いてる椅子に座った。

「古い映画見てるんだな」

「古さは関係ないわ。冒険というのは色褪せるものではないのよ」

「北見、これ面白いぞ」

「見たことあるよ」

物語はちょうどエンディングを迎えようとしているところで、全員が画面を見ながら、会話をしている。

「私たちの冒険もこれくらいのレベルは欲しいわね」

「そうだな。俺もこの主人公みたいになれば、ずっと大学生でいられそうだし」

本橋もすっかり並木と映画の両方に影響されてしまっているようだ。本橋は主人公に憧れたようだが、主人公は残念ながら学生ではなく教える側なので見当違いの憧れだ。

鳥が日本地図を突いて示した辺りの詳細な地図を見ると、確かに並木が上野の骨董市で買った地図と一致しているように見える場所があった。じゃあとりあえず行ってみるかという空気になり、忙しい森下先輩も来週の週末なら時間が作れるということなので、来週末に昨日部室に集まったメンバーで、並木の言う冒険へ行くこととなった。

トントン拍子に話が進んだところは、映画と似ているかもしれない。

「もしかしたら邪魔者が現れるかもしれないわね。それが冒険なのだから」

「俺、鍛えてるから任せとけ」

本橋は服の上からでも、身体が鍛えられてるのが分かる。

「戦って勝ち取る、戦って守り抜く、それが冒険のクライマックスよね」

興奮してきた並木が立ち上がって、二、三回素振りをしたパンチが、全く見えない速さだったのは気のせいだろうか。

映画が終わり、ようやく全員がお互いの方を向いた。

「俺は冒険よりも、もっと現実離れした体験がしたい。ファンタジーとかSFの世界に行きたい」

この映画のような冒険に出たとしても、いずれ帰ってきたら、就職して働くことになるだろう。だったらもう違う世界に行くしかないじゃないか。

「あなた、そういう趣味があったの?」

「そうだな・・・」

 そう言われると、自分でも分からなくなる。何がきっかけで、いつから興味があったのか。

「大人になりなさいよ」

「お前には言われたくない」

「ファンタジーの世界に行っても、その世界であなたはどうせ働くことになるのよ」

「そんな悲しいこと言うなよ」

並木の言葉に納得してしまって、悲しみに襲われた。

「でも、なんでそんなに働きたくないのに必死な顔して授業受けてんだよ」

「必死な顔?」

周囲を気にせずベンチで独り言をつぶやいている奴が、普段自分の表情など気にするわけもなく、本橋の言葉にピンとこなかった。

「ああ、なんだか他の奴らと違って、お前は使命のように授業受けてるだろ」

「そんなにおかしなことではないだろ。授業は学生の使命だ」

 当然のことを言っているのに、どこか自分に言い聞かせているようで胸がざわめく。授業に出席しないといけないという焦りは確かに感じていた。でも俺の行動は間違いではない。

「逆にお前は授業出ないでいいのかよ」

「なるようになるさ」

「なってないじゃない。八年生じゃ」

「うるせーな。並木だって、俺と同じだろ。いずれ四年生を越え、八年生の時を迎えるんだよ」

「私は卒業しなくてもいいし、興味がある授業には出てるから、卒業はできるわよ」

「裏切り者が」

本橋が身体を後ろに倒し、椅子の背もたれに身体を預けた。

「卒業できるなら、就職については考えているのか?」

やはり気になるのは、将来のこと。就職のこと。並木がどう考えているのか興味が湧いた。

「冒険家になるわ。この映画みたいに。世界中の謎を追って、世界中の宝を探す」

「それじゃ暮らしていけないだろ」

「暮らしてはいけるわよ。お金はないかもしれないけど、繰り返しの日々という牢獄の中で生きているよりマシよ」

「変わった奴だな」

「あなたの方が変わってると私は思うけどね。言動と態度が合っていないように見えるわ。でも私は変わってる人、嫌いじゃないわよ」

「俺は普通だ」

どこを見て俺が変わっていると言うのか。並木の目は曇っている。

「それで、来週は武器持っていった方がいいのか? やっぱり色々な危険と隣合わせだもんな」

物騒なことを本橋が言い出す。話題が変わったことに、なぜか安心した。

「そうね、邪魔にならない程度に必要かしら。他にも色々と持っていくわよ」

「武器なんかいらないだろ。誰と戦うんだよ」

「話を聞かない人ね。邪魔者に決まってるじゃない」

「北見も映画見たことあるんだろ? 武器なしで、どうやって身を守るんだ」

「何で俺らの遊びを邪魔しようって奴が出てくるんだよ」

「遊びじゃないわ。冒険ね」

「どっちでもいい」

この二人と会話が上手く成立できない。

「続編のブルーレイも持ってきたから、今から見るわよ。北見君は分かっていないようだから、ちゃんと勉強しなさい」

そう言って並木がプレイヤーを操作し始めた。

「おいおい、続きがあるのかよ」

本橋が手で顔を覆い、大げさなリアクションを取る。

「なあ、他にも色々持っていくって言ってたけど、それ誰が持っていくんだよ」

俺の疑問に誰も答えない。というか聞いていない。

みんなでハイキングに出かけると思っていたので、楽しみではあったが、気が重たくなってきた。

俺のため息と同時に映画が始まった。


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