最終話 アトランティスへ
暑さが収まってきたある日、レポートを書かなければという焦りから逃げる様に部室のドアを開いた。
いつも通り本橋は寝ていて、並木は仁王立ちで俺を睨んできた。
「ずっと立ってたのか?」
「遅い」
「これでもテスト早めに終わらせたんだぞ」
「遅い」
「急に何だ」
「遅い」
「はいはい」
話を聞かない並木に何を言っても無駄だ。それ以上の言い訳をやめ、俺は椅子に座る。
すると鳥が俺の目の前までピョコピョコと机の上を歩いて来たので、コーンパンを半分にちぎって、片方を鳥の目の前に置いた。もう片方を自分の口に詰め込む。俺の奢りだ。鳥は「ピョー」と鳥みたいな声を出して食べ始めた。
部室の片隅に置かれている壊れた水晶玉を見る。
Pストーン奪還作戦でPストーンは壊れ、エネルギー放出による大爆発を起こした。空になったPストーンに価値はなく、冒険の想い出という価値を唯一持つ俺らの物となった。
「それじゃあ、次の冒険の話をするわ」
並木がそう言うと、本橋の突っ伏している机を叩いた。
本橋が「地震か」と、目を覚ます。
本橋は怪人になったが、あの日以降部室には毎日来ている。毎日来ていることを知っているということは、俺も毎日来ている。中退した並木もなぜか毎日いる。
本橋から怪人の活動について、特に聞いていない。怪人になる前となった後で変わったのは、黒いマントで身体を覆っているくらいだ。見慣れたので気にしなくなったが、よく考えると大きな変化かもしれない。
「私たちはこれからヒーローと怪人が世界中で奪い合ってる財宝を、先に見つけ出して発掘するわよ」
「財宝ってなんだよ」
「ヒーローがPストーンって呼んで、怪人が特異エレメントって呼んでた水晶のことよ。私たちは財宝って呼ぶことにするわ」
財宝というネーミングセンスはさて置き、またPストーンに踊らされようと言うのか。この前の騒動に懲りていない様子で呆れる。
「俺らが見つけてどうするんだよ。持て余すだけだろ」
「また壊せばいいじゃない。綺麗な花火だと思って」
「大規模な嫌がらせだな」
「それに俺が参加していいのか」
本橋が遠慮気味に尋ねる。
「来なさい」
「お、おう」
戸惑った本橋だったが、やがて笑顔となった。
怪人組織の妨害活動に怪人を誘うとは、相変わらず並木は懐が広くて頭のおかしい奴だ。
「鳥さんにお願いして、ヒーロー組織と怪人組織について調べてもらったの。ヒーロー組織と怪人組織も当初の目的を見失った、金の亡者のような組織に成り下がってるみたいね。財宝も色々と御託を並べて集めてるみたいだけど、結局金儲けに使ってるみたい。そんな奴らに、財宝を取られるなんて腹が立つじゃない」
結局のところPストーンとは何なのか。
鳥に誘導されて、俺らが見つけて、ヒーローと怪人と奪い合った。俺ら以外は、金が目的だとして、誰が買うんだよ。あんな物騒なもの買うやつがいるのか。金が余ってる金持ちくらいしか思い浮かばない。
金持ち。
まさか。
目を見開いて、鳥を見る。
「正解だな。遅いくらいだが」
鳥に心が読まれたようだ。鳥がヒーロー組織と怪人組織から買い取っているのか。まさか俺らが見つけたPストーンも鳥が準備したものでは。
「お前、自分で壊してなかったか」
「まぁ、お前らの頑張りに免じて、一つ花火を打ち上げてやったわい」
「集めてどうするつもりだ」
「世界征服」
固まる俺。本気で言っているのか、冗談で言ってるのか分からない。本気だった場合、俺は世界征服を手伝うことになるのか。でも並木は壊すつもりらしいが。じゃあ大丈夫か。でも鳥に唆されたら、この単純な奴らはどうなるか分からない。俺もお金で釣られたら自制できる自信がない。そもそもPストーンにそんな力が? 世界征服なんてどうやってやるんだ?
急にスケールが大きすぎる話をされて、混乱するばかりだった。
「何の話してるのよ」
「世界征服なんてカッコイイ話、俺も入れてくれよ」
並木と本橋も興味を持ち始めた。話がややこしくなるから、絶対悟られないようにしなくてはならない。
「いや、何でもない。それより違うことしようぜ。モノポリーで世界狙うか」
「何でよ」
並木に睨みつけられる。話を逸らすことに失敗する。
「あと戦力補強も必要ね。弟子を募集するわよ」
「弟子?」
「弟子!」
俺と本橋が同じ言葉で別の反応をする。俺は困惑して、本橋は目を輝かせている。
「人を集めてPストーンを奪い合うって、やってることがヒーローや怪人と変わらないだろ」
「Pストーンではなくて、財宝ね。いいじゃない、それで。私たちの冒険の邪魔をするなら、ヒーローでも怪人でも排除するわ。ヒーローよりも怪人よりも財宝を集めて、強力な組織を作りましょう。お金ならあるし」
並木が鳥を見た。
「小生は金持ちだからな」
鳥が胸を張る。
ちょっと待ってほしい。強力な組織って、並木も世界狙う気か?
俺らはこれからどうなっていくんだ。自分の想像についていけなくなって、一度大きくため息をついた。
もういいや。心配するの疲れた。鳥の冗談だと思うことにした。
「最初から最後までお前の思い通りになったみたいで、癪だな」
鳥はこうなることまで考えていたような気すらしてきた。
「そんなことはないぞ。お前らが作った組織だ。組織のためなら金は出してやろう。その代わりお前らの活動で得られる儲けは取るぞ」
俺は少し考える。
「それって給料出るの?」
「お前らに払う方が安く済みそうだ。たんまり出そう」
「就活までなら、やってもいいかな」
金には勝てない。
「よし、決まりだな」
本橋が満面の笑顔を見せた。本人も気づいていると思うが、もう卒業できないだろう。
「怪人組織と敵対してもいいのか」
本橋の立ち位置がよく分からない。黒いマントを着ているということは、一応幹部のはずだ。
「敵対する気はない。まあ、なるようになるさ」
「絶対にならない」
「そうかな」と本橋が首を傾げた。この楽観的なところも改造してもらった方が良かったのではないだろうか。
「じゃあ早速行くわよ」
並木が待ちきれない子どものように部室のドアを開けた。
「え? もう? どこへ?」
急な話に慌てて立ち上がる。
「アトランティスよ。骨董市で買った予言書に書いてあったの。パスポートを準備して」
「それどこだよ」




