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第三話 地図

二人の不毛な話し合いが続いている中、先ほどどこかへ飛んでいった鳥が、またこちらに向かって飛んできた。足に何か挟んでいる。

そのままちょこんと、ベンチの前に止まると、「金を持ってきた。くれとは言わぬ。パンを売ってくれ」と、右足を上げた。足に挟んでいたのは、千円札であった。

「金があるならパン屋で買えばいいだろ」

「鳥がパン屋でパンを買えるはずがないだろ」

「確かに人間以外がパンを買っている姿は見たことないな」

ここで考える。千円をもらう。クリームパンとアンパンで、より安い百十円のアンパンを渡す。大幅な黒字である。

「釣りはもらうぞ」

鳥に心を読まれた。なんとも情けない話である。しかしまだ交渉の余地はあるはずだ。

「手間賃をもらう。釣りはない」

鳥に対して金銭を要求する俺は、今世界で五本の指に入るほど格好悪いが、資本主義社会では当然の行為である。

「北見君・・・」

「北見、お前・・・」

なんと、喧々諤々の討論は終わっていたようで、並木と本橋先輩に、鳥とのやり取りが見られていた。

「何か?」

声が裏返らないように、落ち着いて声を出す。ここで動揺しては、目に見えない俺というブランドが、地に落ちてしまう。あくまでここは、当然の行為であるということを貫く。

「面倒な奴だな。じゃあ今日は釣りいらんよ」

鳥が先に折れた。

「ありがとうございます」

反射で深々と鳥にお辞儀をする。

並木と本橋先輩は、何も言わなかった。非難を受けなかったということは、意思を貫いた俺が勝利した瞬間である。

サービス業でお辞儀は当然の行為だろう。俺は間違っていない。

無言で、まだ口を付けていないクリームパンとアンパンを鳥に差し出すと、「うむ」と鳥は偉そうに頷いた。クリームパンも付けてやったんだ。誰にも文句を言われる筋合いはない。鳥と俺の契約である。

仕切り直すように、大げさに「さてと」と言って立ち上がり、二人のことを見ずにベンチを離れる。いやあ、今日もよく晴れて、暑いくらいだな。

「待て、待て、待て」

本橋先輩が俺の方に向かってきた。止められて、なぜか安心した自分がいる。鳥と契約した俺をまだ必要としてくれた。

「なぜ鳥が喋っている?」

「そこ?」

「ミステリーだな」

「実は普通みたいですよ」

「見たことがなかったが、そういうものか」

「そういうものです。インコとかオウムも喋るじゃないですか」

続けて並木も小走りで俺の方に寄ってきた。鳥はベンチでパンを食べている。

「人としてどうなのかと思ったけど、個性として受け入れるわ。冒険に行きましょう」

「お前まだ言ってるのかよ、鳥に恵んでもらってるような人と遊べるのは俺だけだ」

二人とも俺の心に、言葉という棘を刺してくる。

並木と本橋先輩が俺のことをじっと見た。俺からの答えを待っているようである。

俺は将来働きたくない。これは嘘ではない。でも、現実から逃げた訳ではない。だから将来について考える必要はあるし、働かないと食べていけない。だから見なくてはいけない現実はあって、授業は受けなくてはいけないし、卒業もしなくてはいけない。ここではっきりと言っておくことにする。

「正直に言うと、全てが嘘くさい。古代文明の話もあの地図も信じられない」

「は?」

並木が眉間にしわを寄せた。

「じゃあ、俺と永遠の大学生やるか? 色々な大学を転々して」

「将来性がないから、嫌です」

「あれ?」

本橋先輩が首を傾げた。

少し無言の時間ができる。二人の視線に対して、俺は何も答えない。俺の気持ちは伝えた。

「北見は何がしたいんだよ、中途半端だな」

「北見君に足りないのは、覚悟よ。あなた本当に働きたくないの?」

二人が悲しそうな表情で、俺に語りかける。

二人に責められ、俺は間違っていないはずなのに、間違えているような気になってくる。

「パン屋に自分の昼飯買いに行ってくる」

右手の千円を握りしめ、二人から離れようとする。これ以上、俺の在り方を否定されたくない。何で一方的に絡まれて、こんな気持ちにならなくてはいけないのか。

「あら? 楽しそうなのに行っちゃうの?」

透き通るような綺麗な声がした。

新たな人物の登場に、俺たちは一斉に声がする方を向く。

そこには、我が大学無敵の女王。森下先輩が立っていた。


森下先輩は、俺の一つ上の先輩である。つまり本橋先輩の五つ下の後輩である。

森下先輩は入学式で新入生代表として挨拶をして、大学内の注目を集め、学力優秀で更に有名になり、容姿端麗で人気も加速し、人柄の良さも相まって大学内で無敵の地位を確立した。そして駄目押しとして、彼女はヒーロー組織に所属し、ヒーローの一員というステータスを持っている。

ヒーロー組織は国からの独立宣言をした怪人組織の対策組織で、ヒーローはヒーロー組織の戦闘部隊の中でも選ばれし者しかなることができないエリートである。組織の膨張を防ぐため、法律でヒーローの人数は特例を除いて五人までと定められていて、1号から5号までナンバリングされている。彼女は5号である。この大学で彼女を知らない奴はいない。日本にも知らない奴はいないかもしれない。怪人組織の独立宣言撤回もあり、かつてのような熱狂的な支持がヒーローにある訳ではないが、未だに根強い人気がある。

そんな森下先輩を含めた俺たち四人は部室へと移動し、部室の中央にある机を囲うように立っている。ちなみに鳥も器用に飛びながら部室に入ってきて、ロッカーの上で置き物のように止まっている。

この部室というのは、並木が以前に所属していた古代文明調査サークルから分捕ったらしい。詳細は聞かない方が良さそうだ。

部室には、真ん中のテーブルを囲うように椅子が六脚備えられていて、スチールのロッカーが三つ入って右側の壁に立っている。左の壁に世界地図と日本地図のポスターが貼られているのが唯一古代文明に関連しそうなところだろうか。正面にある窓の手前に設置されたテレビ台の上にはブラウン管のテレビが置いてある。

「さぁ、どういう冒険に出かけるの?」

腰に手をあて、森下先輩が張り切って声を張り上げた。

同じ美人というカテゴリーにはいるはずだが、並木がやると痛い姿になって、森下先輩がやると絵になるから不思議だ。森下先輩には、近寄り難いオーラがあって、そのオーラが彼女の行動一つ一つを作品にする。これは年齢が上ということは問題ではない。もう一人の先輩、本橋先輩こと魔王のことを、特段断りもなく、俺はすでに本橋と呼んでいる。近寄り難いオーラが皆無の先輩だ。森下先輩のオーラは彼女の容姿、所作が俺にそういうものをかんじさせているのだろう。

一応、並木の方にフォロー入れておくと、並木は親しみがある美人なのだと思う。本橋のフォローは特には不要だろう。

「じゃーん」

並木が嬉しそうに、机の上に骨董市で買ったという地図を広げた。

嘘くさい地図だと思っていても、目の前に地図を広げられると、反射的に前のめりで地図を見てしまう。

そして首を傾げる。さっぱりどこの地図か分からない。

「こういうの好きじゃなかった?」

森下先輩がからかうように、懐かしむように、笑顔で俺のことを見る。

「こういうのと言いますと?」

「みんなで話し合って、作戦考えることよ」

「好きですけど」

「けど?」

「この地図嘘くさいじゃないですか」

正直に言うと、並木が地図を広げた時に、昔のことがよぎっていた。でも分からないふりをした。

少し考える素振りを見せた森下先輩は、改めて俺に話しかけた。

「あのね、北見君の考えていることも分かるわよ。でも、私はバランスを取りながら、色々なことに挑戦してほしいな」

「バランスですか?」

「バランスを上手に取っていれば、北見君みたいに焦ることもなくなると思うの。平均台と同じよ。走ったら落ちちゃう。慎重になりすぎたら進めない。降りて進むのは以ての外。平均台に乗ったら、バランスをとりながら進めばいいの。だから頑なになって、どうしようって塞ぎ込むんじゃなくて、色々やってみようよ。やる前からダメじゃなくて、とりあえずやってみたら、心にバランスが取れて、きっと見えてくるから」

森下先輩は、俺よりも頭が良すぎるからだと思うが、何を言っているのかよく分からなかった。

「やってみるにしても、こんな嘘くさい地図」

「分からないわよ、何が起こるか。みんなで何かをやることは、きっと寄り道なんかじゃない。ほら、これがどこの地図か見つけてみて」

森下先輩は楽しそうだ。

「何、また浮気?」

並木が突っかかってきた。

「またって何だよ、浮気って何だよ」

「鼻の下伸ばしまくって。分かったわ、どこの地図か分かったらパンツくらい見せてあげてもいいわ」

「お前何言ってんだよ」

俺が呆れていると、隣の本橋こと大先輩が「マジかよ」と呟くと、意を決したように森下先輩の方を見た。

「森下は、こういう地図がどこの地図かを見つけられる男をどう思う?」

「素敵だと思うな」

明らかな作り笑顔を森下先輩が見せると、「うおおおお」と本橋は雄叫びをあげた。

それから本橋は無言でスマホと地図を見比べ始めた。恐らく本気でパンツと賞賛を狙いにいっているようで、清々しい男である。

「どうして、森下先輩みたいな超有名人が、こんな冴えない北見君と知り合いなんですか?」

並木が右手を思い切り上げながら森下先輩に質問する。冴えないとは随分と失礼だが、否定もできないので黙っていることにした。

「俺も気になる。森下は超有名ヒーローだぜ」

本橋も顔を上げる。

「あなたも有名人じゃない、魔王君」

「初めて名前で呼んでもらえた」

照れる本橋。嬉しそうだが、魔王は名前ではない。

「北見君は冴えなくないわよ。本気の北見君はすごいんだから。それに北見君には人を惹きつける魅力があるから、こうやってみんなが集まってきてるじゃない」

「森下先輩は北見君に惹かれて、声を掛けたんですか?」

「私から声を掛けたのは間違いないわ。北見君、シャイだから」

森下先輩が「ね?」と俺の方に試すような微笑みを向けてきたが、「どうでしたかね」と誤魔化した。過去をあまり思い出したくない。

「私まだ信じられない。森下先輩と一緒にいるという状況が。ドッキリかも」

「そうだよな。だってヒーローだぜ。5号だぜ」

キョロキョロ見回す並木と本橋に、「お前らにドッキリ仕掛けて何になるんだ」と、一応言っといてやる。

「森下先輩が現れて、もうこれは冒険が始まっているわ。邪馬台国の謎を解明するわよ」

興奮気味の並木。この地図が邪馬台国と関係していると思っている様子だ。

「私のことは、もういいわよ。地図の場所を特定しましょう」

森下先輩が苦笑いを浮かべながら、話を打ち切った。


森下先輩の仕切りで、地図の場所を特定することとなったが、これが厄介である。

本橋は再びゾーンに入り、黙々と場所の特定を急ぐが、相当運が良くない限り、すぐに見つけることは困難だと思われる。

この地図には、ヒントがなさすぎる。小学生が作ったのなら、ヒントととして文章と隣に狸の絵ぐらいあってもいいものだが、文字は一つもない。

地図には、いくつかの家が点在していて、後は畑、田んぼ、川である。特徴的な地形ではないのだ。そもそも実在する場所の地図なのかも怪しい。誰かが空想の場所を思い描いた地図の可能性だってある。実在する場所だとしても、このまま見つめていても答えが浮かんでくることはない。

「図書館で地図見てきます」

俺は地道な作業を選んだ。しらみ潰しに探すしかない。

「センスがないのぅ」

部室を出ようとしたところで、これまで黙っていた鳥が、ぱたぱたと地図の上まで飛んできて、地図を見る。

「ちょっと待って、鳥が喋ってる!」

森下先輩が驚きを見せた。

「そういう鳥もいますよ」

「いる訳ないでしょ、気味が悪い」

森下先輩に喋る鳥を否定されて、ようやくこれが普通の反応だと思い出した。昨日から感覚が麻痺していた。

「川の形を見てみろ。特徴的な蛇行をしとる。赤い丸が付いてる部分は、少し丘になっとるだろ。この二つで決まりだ」

鳥はそういうと、壁に掲示してある日本地図を嘴で二回つついた。

「ここだ」

「どこだよ」

鳥相手にツッコミを入れてしまう。

鳥がつついたのは日本地図の埼玉県あたりだと思われるが、縮尺が小さすぎる。

「ここ、ここ」

もう一度地図をつつくと、鳥は再び机に戻ってきた。

鳥は並木と森下先輩からのご褒美が欲しそうに、二人のことを交互に見ていたが、二人は真顔のままだった。

ちなみに本橋は、先に見つけられて悔しそうな表情を浮かべていた。


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