第二十八話 決着
俺の対戦相手である1号は、俺が向かっても腕を組んで余裕そうだ。
「悪い、待たせた」
そう言いながら、1号の顔面目掛けて右ストレートを放つ。
「待ちましたよ」
不意打ち気味にもかかわらず、1号は頭を傾け避ける。
手を引くと同時に一度距離を取ると、1号からハイキックが飛んできたが、そんな大振りの攻撃は当たらない。更に後ろへのステップで避ける。
「私は誰からも相手してもらえないのか」
1号の隣にいた森下先輩は不満そうにこぼしたが、余裕がなくて反応できない。
「いいよ、外の人達に相手してもらう」
ぶりっ子気味に不貞腐れながらそう言って、森下先輩は離れていく。
その間も、俺と1号で殴る蹴るの応酬は続くが、両者決定打は決まらない。
お互いに肩を上下させ、呼吸を整える。
「なあ、加藤。お前さっき言ってたよな。俺の時代の方が良かったって言うやつがいるって。だから俺を倒すって。自分の理想が否定されて辛いか?」
「辛くはない。ただ間違った考えを正したいだけだ」
「お前の怒りは、お前の理想への批判に対してのものだろ。俺への怒りは八つ当たりだ」
「そんなことはない!」
「図星だろ。だから怒鳴る。そんな所まで俺と同じだ」
加藤が助けを求めているように俺には見える。そして理想と現実の違いに悩む姿は、過去の自分を見ているようだった。
「ヒーロー組織が俺の憧れていたヒーロー組織でなくなって、俺は居場所を見失った。あんなにもなりたいと願っていたヒーローだったのに、最後はヒーローでいることにも耐えられなくなった。そして俺はヒーローを辞めた。大好きだったものを否定したという事実を認めたくなくて、働くのが嫌だっていう都合のいい言い訳を見つけて、誤魔化しながら居場所を探してさまよっていた。授業を必死に受けて、学生の居場所は教室だと自分自身に思い込ませたりもしていた。他人に指摘されて、初めて気づいたよ。自分のことなのにな。自分は自分に平気で嘘をつく。それとさ、お前に逃げるなって言われて、足が止まりそうになったよ。逃げてたんだよな、お前から、ヒーローから、過去の自分から」
「突然何を語り出したんですか。あなたの話なんか聞きたくない」
「言わせてくれよ。逃げ出した相手と向き合った俺のために。俺と似ているお前のヒントになるかもしれないだろ」
「私があなたと似ていると言われるだけで吐き気がする。あなたに俺の何が分かるんだ。あなたに説教されるような筋合いはない」
「お前のことなんか分からない。でも1号のことは分かる。俺も1号だったからな。1号でいるのが苦しいから、助けてほしいから俺の話に耳を傾けてくれてるんだろ。どこかで聞こうと思う気持ちがあるんだろ」
「さっきからあなたはうるさいんだよ!」
1号がフルスイングの右フックを俺の左頬目掛けて振るう。大振りで当たるものではない。だけど、先輩である俺が後輩の理不尽な怒りを受け入れるため、敢えて避けずに貰うことにする。
1号の拳が当たった直後、頭の中で火花が散ったような衝撃が走った。倒れない様、両脚に力を込める。
衝撃で一瞬思考が途切れ、本能で同様にフルスイングのフックを1号に返す。1号も避けることなく、フックはクリーンヒットする。
今度は1号の右ストレートが飛んでくる。それも直撃し、再び火花が頭の中で散った。一発目と違い、もう避ける余裕はなくなっている。二発目は膝にきた。
「もう威力が落ちてるぞ」
ふらふらな自分に鞭打つ様に、強気の発言をした。実際は立っているのも辛い。
俺もストレートを1号に食らわせる。こちらも再び直撃。1号はよろめいたが、直ぐに体勢を戻して、三発目のフック。これも貰う。威力は確実に落ちているが、俺の気力も落ちていて、ダメージが大きい。お返しとして、全力で三発目のフックを放った。
四発、五発と回数が増えるにつれ、お互いの限界が近づく。もはや立っているのは、意地でしかない。
お互い意地の張り合い。意地を張り負けたら、自分の考えが負けそうな気がした。まだ倒れる訳にはいかない。
「普通こうやって殴りあったら仲良くなれるんだけど、お前とは無理な気がする。先にギブアップしてくれたら仲良くしてやってもいいぞ」
「倒れる寸前のくせに口が減らない人だな」
「そうだな。お前もな」
格好つかない自分に苦笑いしてしまう。でも、お互い思うように動けなくなり、話を聞かせる状況は作れた。
「俺は倒れてもいいんだ。後方支援担当だから。最後に俺らが勝てばそれでいい。俺がお前の体力を削って、並木がお前を倒せば、俺らの勝ちだ。Pストーンを無事取り戻せて、俺が俺でいられる。俺の居場所もそれで守れる」
俺は並木を信じる。最後に立っているのは俺らだ。
「並木というのは5号のスーツを着た奴ですか? 素人に私が負けるはずない」
「じゃあやってみなさいよ」
1号とは別の声がして、驚いて声の方を見る。5号のスーツを着た並木だ。
「怪人は?」
怪人二人を同時に相手するという無茶を並木が引き受けた。
香水と蛇がうつ伏せで倒れている。
勝つかもしれないという期待はあった。
怪我はなさそうで、ヒーロースーツに傷も付いていない。
「死んではいないと思うわよ。意識はないだろうけど」
「もう倒したのか」
並木が俺の期待に応えた。天才だと想像していた。その想像を超えている。
「私強いわ」
並木の言葉は大げさではない。怪人幹部二人と同時に戦って、こんなに短い時間で倒すことは森下先輩でも出来ない。
「並木は森下先輩と同じ天才だ。俺やお前じゃ歯が立たないほどに」
「ヒーローは負けない。逃げ出したあなたには分からないが、私はヒーローを背負っている」
そう言って、1号は立っているのがやっとのくせに、渾身の突きを俺のみぞおちに放ってきた。
思わずうめき声が出てしまう。効いた。体がくの字に折れ、倒れる。
1号は追い討ちのようなことはしない。むしろ出来ないのだろう。立っているのがやっとなはずだから。それで今の突きを出せるのは、意地以外の何でもない。
ゆっくりと立ち上がる。
「本当はまだ戦えるんじゃないですか」
1号が意外なことを言った。どういう意味なのだろうか。すでに立っているので精一杯だが、元気が余っているように見えるのだろうか。
「何言ってんだ」
「いつも戦いから逃げ回っていたあなたが、考えもなく私と殴り合うはずない。いつも後ろから見ているだけで、手柄は自分のもの。私はそんなあなたが許せない」
「手柄は別に興味がなかったよ。後ろからヒーローも予備隊員も見てたことはない。いつもこうやって他のヒーローのお膳立てをしていただけだ」
「それって」
「長いわよ、あんた達」
並木が待ちきれず、会話に入ってくる。
「言いたいことはほとんど言った。散々お前のためのようなことを言ったけど、結局は俺のためだ。俺は過去と別れて先に行く。今のサークルで」
「うむ、良く言った」
並木が偉そうに、俺の肩に手を置いた。
「俺は後方支援担当だから」
俺の居場所を見せつける様に自慢気に言う。
「どこが後方支援だ」
「まあ、今日の場合は俺がいなくても並木一人で全て倒してしまうけどな」
「そういうことを言っているんじゃない」
お互いゾンビのようにふらふらしながらも、なんとか倒れず向かい合う。
「後方支援なんて紛らわしいことを言うから、こんなことになったんだ。あなたのやっていることは後方支援なんかじゃない。もっと自分の戦い方をアピールしていれば、あなたへの批判なんか起きなかった。私への批判もなかった。そもそも私がヒーローになれたかも分かりませんが。とにかく、あなたがきちんとヒーローのリーダーをしないからだ。やはりあなたのことが憎くて仕方がない」
「俺にとってはこれが後方支援なんだけどな。俺の憧れていた先代のヒーロー達の戦い方とは似ても似つかない。後方支援というのもおこがましいくらいだ。結果論だけど、自分の戦いを後方支援と位置づけて、周りから批判を受けてよかった。俺は自分を曲げないで、ヒーローを辞めて良かった。並木と本橋に出会えたから。お前もブレるなよ。ブレない結果がどういう形であったとしても。それが俺の求めてたヒーロー組織でなくても、俺はそれでいいと思う」
「あなたの「最強キーーーーーック」」
1号の言葉は途中で、並木の振り抜いた右足によりかき消された。
1号は吹っ飛び、そのまま倒れた。
「あんた達話が長いのよ。でも一件落着。守り切ったわ」
「そ、そうだな」
まあ、いいか。言うことは言って、俺はすっきりしたし。




