第二十四話 逃げ
「参った」
1号の他に5号も警備にいるとはお手上げだ。
Pストーンは5号の手にしっかりと握り締められている。
諦めて逃げるしかないが、先に部屋へと走った並木はどこへ行ったのだろうか。並木を置いて逃げる訳にはいかない。この部屋に入れなかったとしたら、手前の部屋だろうか。L字の一本道で、すれ違わなかったということは、どこか鍵の開いていた部屋を見つけて入ったはずだ。
考えている時間もなく、後ろからやってきた1号が扉を開けた。
「1号が二人?」
5号が戸惑いの声を上げた。
思わず自分の身体を見る。そうか、今は俺も1号と同じ格好なのか。
「なぜ5号がいる。Pストーンの警備は俺で十分だと言っただろ」
1号がきつい口調で尋ねながら部屋に入る。5号がこの部屋にいることにご立腹のようだ。あからさまに不愉快そうである。
「そうだよね。帰るね。お疲れー」
5号が早口でそう言うと、Pストーンを持ったまま部屋を足早に出ようとする。
「いや、待て」
1号が自分の横を通り過ぎた5号を制した。ここにいるなと言っておいて、去ろうとしたら待てという理不尽さもあるが、1号の気持ちも分かる。5号に違和感がある。挙動不審気味で、森下先輩と声も違う。Pストーンを持ち出す理由も分からない。
聞き慣れた声なので俺には分かる。どういう訳だが、並木が5号のヒーロースーツを着ているようだ。
1号に制された5号の足が止まる。
俺と1号に背を向けたまま数秒止まった後、5号が「何か?」と並木の声で尋ねた。
「お前誰だ」
1号が一歩、5号の方へ進む。
1号の一歩を合図に、5号のスーツを着た恐らく並木である人物が、振り向きざまにミドルキックを1号に繰り出した。1号は両手でガードをする。
チャンスとみた俺は、ガードによってがら空きとなった1号の身体に思い切り体当たりをして、1号を吹き飛ばした。1号は保管室の棚に激突し、棚が1号に覆いかぶさるように倒れた。
「行くぞ!」
俺がそう言う前に、5号のヒーロースーツを着た並木は部屋を出て走り出していた。
今日二度目の独り言に少し寂しさを感じた。
並木を追いかけ、俺も部屋を出る。
Pストーンを握ったまま走る並木は、ヒーロースーツの能力を活かして、高速で廊下を駆け抜けていく。初めてヒーロースーツを着て、あれだけ使いこなすことは、通常考えられない。ヒーロースーツをかつて着ていた俺が追いつけそうにない。
侵入してきた時とは違って脱出の時は、上から降りてきたであろう職員と何人もすれ違う。驚いているようだが、何もしてこない。見た目はヒーローであるし、万が一不審に気づいたとしても何もできないのだろう。俺らはヒーロースーツを着ていて、力ずくで止めることはできないし、速すぎて捕まえることもできない。
走っている途中、すれ違う何人かの職員の中に、一人よく知った人物を見つけた。
森下先輩だ。彼女は変身することなく、他の職員同様ただ俺らが走り去るのを見ているだけだった。
その姿に、何となく先輩が、並木にヒーロースーツの予備を渡したんだと思った。
一瞬迷ったが、俺は並木を追いかけるのをやめ、通り過ぎた先輩の元へと戻った。
「逃げないの? チャンスよ」
1号の格好をしているのにもかかわらず、森下先輩は俺と分かったみたいだ。
「先輩は俺らが逃げてもいいんですか」
「言ったじゃない。私はあなたの味方なのよ。特に命令がないなら、私は私の思うように動くだけ」
「やっぱり先輩が並木にヒーロースーツを渡したんですね」
「どうかな。そう言えば魔王君はどうしたの? 姿が見えないけど」
「それは、あの」
俺が言い淀んでいると、森下先輩が廊下の奥の方に目をやった。
「ほら、今の1号が来たわよ。早く逃げないから」
廊下の奥から猛スピードで1号が来る。森下先輩は目を細めてそちらを見ている。
1号は今にも床が爆発しそうな急ブレーキで、俺と森下先輩の所で止まった。
「なぜ5号がここにいる」
1号が先ほどと同じ質問をする。
「私、ヒーローだから、ここにいるのは普通でしょ」
「意味の分からないことを言うな。あいつにヒーロースーツを渡したのはお前か」
「どうかしら」
自分がいないヒーロー部隊は、あまり関係が良くないのだろうか。不穏な空気が流れている。俺がいた時は、ヒーロー同士でこのような空気になったことはない。
「終わったら、説明してもらう」
1号を見ている森下先輩が一瞬だけ俺を見た。そして直ぐにまた1号を見る。
「あなただって、ヒーロースーツを渡してるじゃない。私は奪われただけよ」
「屁理屈を言うな」
「言うなというのは命令? 上司でもないあなたに命令される覚えはないわ。どういう権限であなたは私に命令したのかしら」
いつになく攻撃的な森下先輩。正解なのか分からないが、森下先輩の視線を「行け」というサインとして受け取り、言い合いを続ける二人を他所に、俺は入り口まで全速力で走った。




