第二十二話 1号
支部内部は、静かだが灯りはついている。
深夜でも灯りは消えない。これが通常営業だ。当番制で夜中にも職員は待機している。東京本部での陽動があったはずなのに、少し静か過ぎる気もしなくはないが、ほとんど支部には残らなかったのかもしれない。
警備員が倒された異変を察知した奴はいなさそうだ。エントランスから見える範囲には、人影がなかった。残った職員や予備隊員は、恐らく仮眠をとったり、仕事をしたりとそれぞれだろう。残った職員にバレないように、早くPストーンを見つけ、逃げてしまった方が良さそうだ。
「あるとしたら、一階か三階の保管室だ。一階から行くぞ。音を立てないように」
小声で並木に伝えると、並木は何か楽しそうな顔になり、手招きした。何か言おうとしているようで、耳を傾ける。
すると、並木は俺の耳に息を吹きかけてきて、思わず「うひゃ」と変な声を上げてしまった。
「静かにしなさい」と並木が小声で注意してくる。
文句を言おうとしたが、並木の満面の笑みを見て言う気が失せた。
音を立てないように静かに小走りで、一階奥の保管室を目指す。
幸い一階に職員がいそうな部屋はなく倉庫ばかりだ。深夜に一階で職員に遭遇する確率は低いだろう。万が一見つかったらアウトだ。
もし一階にPストーンがなかった場合、三階の保管室に向かうことになるが、三階では職員との遭遇確率があがってしまう。
一階になかった場合は、使わなかった花火を一階で上げて、混乱に乗じて三階の保管庫に向かった方がいいのか。そんなことを考えながら、走っているとスマホが震えた。
再び「うひゃ」と変な声を上げてしまう。「何なのよ、それ」と並木が笑う。
また並木かと思い、走りながらも画面を見る。
違った。
森下先輩からのメッセージだった。
『組織にバレてるよ』
そうスマホに表示される。
バレてる。何が? 組織って?
前を見る。
誰もいなかった廊下に男が一人立っている。俺と並木は足を止めた。
「お久しぶりです」
俺らの前に立ちはだかった男がそう言った。無表情で。
全身から汗が一気に吹き出した。
「なんか感じの悪い奴ね」
男の印象を並木が口にした。侵入者の分際で、とんでもないことを言う。
並木の無礼な言葉に特段反応を見せず、男は真っ直ぐに俺を見据えている。目の鋭さはあの時から変わらない。俺はこの男を知っていた。
男は両手に一つずつバッグを持っている。ヒーローの変身バッグだ。
俺は手に持っていた花火の入った袋を投げ捨てると、並木の手を引き、急いで元来た道を走って戻ろうとする。
「待ってくださいよ」
俺の慌てた姿に、男はそう言うと、素早く俺らの前に回り込み、変身した姿で前に立ちはだかった。
「1号になったんだったな」
俺がつぶやく。
ヒーローの姿。胸には1の数字。リーダーの数字。現役ヒーロー。俺の後任のヒーロー。そして、最も冗談が通じない男が目の前にいる。
「なぜ組織を逃げたあなたがここにいるんですか」
「なんでだろうな。俺もよく分からない」
「とぼけないでください」
声が低くなった1号から怒気が滲んでいる。
「お前がいるということはPストーンがここにあるのは間違いなさそうだな。そこまで重要なものだったんだな」
「あなたの狙いはPストーンですね。聞いてますよ、あなたが見つけてくれたみたいですね。そうですよ、Pストーンは千葉支部にあります。廊下の奥の保管室に。私がいるので、他に警備はいらないと言いました。邪魔ですから」
自分以外は邪魔だと言う。こういう性格はあの頃から変わっていない。Pストーンがあると平気で言う。嘘はつかない。そういう性格も変わっていない。
通常ヒーローは宿直をしない。呼び出されれば、夜中だろうが出動するが、指令がない限り夜に活動することはない。そのため、怪人が現れる東京本部に出動することはあっても、千葉支部で遭遇することはないとたかをくくっていた。まずい展開になった。Pストーンは思っていたよりも重要なもので、1号が守っている。ヒーローに俺らは勝てない。
「先代の1号であるあなたが勝手に辞めてから、私がどれだけ苦労したか」
「辞めることをお前に断る必要はないだろ」
しかもなんだか俺を恨んでいるようだ。声から怒気が抜けていない。
並木の手を離す。
「気の済むまで握っていていいのよ」
「もう済んだ」
「欲がないのね」
「間違っても戦おうとするな」
並木の戯言を無視して俺がそう言うと、並木はいつもと違い制止を振り切ろうとはしない。並木なりに危険を察知しているのかもしれない。
「私がヒーローのリーダーとなった時に、重圧を感じ、悩みを持ち、押しつぶされそうになりました。同時にリーダーであったあなたに尊敬を抱きました。でも今こうしてあなたを目の前にしても何も感じません。私はあなたを越えることができた」
尊敬なんてどの口が言うのか。
ひたすら自分の理想を押し付けてきた奴が。
とにかく何もしてこない今の内に、行動を起こす必要がある。
並木に耳打ちをすると、並木は頷き、走って廊下奥の角を曲がっていった。
1号は並木を追いかけるようなことはしなかった。Pストーンよりも、俺への想いの方が強いのか。
「Pストーンはいいのか」
「私には何の価値もない石ですよ」
森下先輩も興味がないようなことを言っていた。現役ヒーロー達にPストーンは不人気のようだ。
「さっきトラックが何台か飛び出していったが、ダミーか」
「ダミー? あなたは、東京本部の事件に絡んでいるんですか。救えない人間ですね。私がここで待機して、予備隊員を東京本部に向かわせただけですよ」
「Pストーンに何の価値もないのに、お前は残ったのか」
「私はそれよりも、あなたに用事があったんです」
「まるで俺が来ることを知っていたような口ぶりだな」
1号は「Pストーンに関わっておいて、誰からも監視されないと思ってるんですか?」と怖いことを言うと、ずっと片手に持っていたもう一つの変身バッグを俺の方へ投げた。
受け取って確認するが、本物のようだ。
「どういうつもりだ」
「変身して、俺と戦ってください」
「ブランクのある俺が勝てる訳ないだろ」
「勝つ必要ないですよ。戦って負けてください。それであなたという重力から解放される」
「よっぽど自分に自信がないんだな。もっと自信持てよ。俺はお前の重しじゃない」
「変身しろ!」
1号が激昂した。
「はいはい」
このまま襲いかかってきたら堪らない。俺は渋々変身する。ボタンを押し、バックから飛び出すスーツに包まれ数秒で変身は終わる。胸に1の数字。対峙している1号が着ているヒーロースーツと同じものだ。
ヒーロースーツは故障した時や破壊された時に使う予備がいくつかある。俺が身につけたのは、予備の1号スーツであろう。性能は変わらない。
久々にヒーロースーツを身にまとったが、相変わらず身体が軽く感じられた。そして、ヒーローを辞めた時のことが頭をよぎって、胸に痛みを感じた。




