第二十話 作戦2
「なんだよ」
思わずスマホの画面を睨みつける。決起集会から三日後、Pストーン奪還作戦の当日。一日の授業も終わり、部室へ向かう途中、本橋に連絡を試みたが、相変わらず電話が繋がらない。何度目の電話か途中で数えるのも辞めた。折り返しの連絡はなく、メッセージに既読もつかない。
決起集会の翌日、ほぼ住み着いていた部室に本橋は姿を見せず、連絡もなかった。翌日だけでなく、決起集会以降一度も連絡がつかない。並木も連絡を試みているようだが、結果は同じようだ。
見上げると、空は黒い雲に覆われていて、予報では夜から雨が降る可能性もあるらしい。ヒーロー組織千葉支部を混乱させるために打ち上げ花火をいくつも購入済みのため、何とか花火前までは天気が保ってほしいと思う一方で、本橋がいないまま作戦を実行するかどうかという問題もある。
「どうするかな」
黒い雲を見上げたままつぶやいた。
部室のドアを開けると予想通り並木がいた。本橋の姿はなかった。
椅子に座って、買ってきたコーヒーを飲む。今日二杯目のコーヒーは、たっぷりとミルクを入れた。
「授業は?」
「いよいよ復讐当日よ。よく授業なんかに出ていられるわね」
並木はため息をついて、冷めた目で俺を見た。ため息は俺への呆れだけではないだろうが。
「作戦は決行でいいのか」
「やるわ。この機会を逃したら、次はいつ取り戻せるか分からないから」
「そうだな」
空気が少し重い。
「表情に出てるわよ。気になるって」
「そりゃ、気になるだろ」
「そういえば二人きりになるなんて、あまりなかったわね。貞操の危機を感じるわ」
並木が笑って言った。
「気になるのは、お前のことじゃない」
だから俺も笑って返した。並木が無理して明るくしてくれたのを、暗くする訳にはいかない。
「何よ」
そう言う並木も笑顔のままだったが、その後に「いつも通り冷たいわね」と言った並木は、俺の方を見ていなくて、自分のことを言っているように見えた。今日奪還作戦を実行するのは、前から決めていたことで、誰も並木を責める奴などいない。
「冷たいのは、黙っていなくなる方だ」
何気ないフォローのつもりだったが、顔が赤くなるのを感じた。並木の方を見ることが出来なかった。
並木が何も返してこないので、咳払いをして、気を取り直す。
「そうだ。花火をなけなしの金で買ってきた。あとで三分の一ずつ払えよ」
自然に本橋の分も計算に入れてしまう。「いや、折半か」と、小さく言い直した。
二つのビニール袋一杯に買ってきた打ち上げ花火を、机の上に広げた。
「気をそらすだけだから、こんなにいらなかったかもな」
「これを警備員に発射すればいいのね」
こいつは俺の話を聞いていないな。
「行く前に確認するぞ。万が一、5号までの現役ヒーローの誰かしらがいたら、中止だからな」
中止と言うと、並木は腕を組み不満がありそうな顔を見せた。重要なことなので、確認しておいて良かった。やはり全く分かっていない。だからもう一度念を押すことにする。
「いいか、ヒーローがいたら中止だ。支部を襲撃した場合、さすがにこの前みたいな拘束だけの甘い対応なんかしてくれないからな。それと花火は警備員の気を逸らすために使うだけだからな」
並木はまだ不満そうだが、無視をする。
怪人がちゃんと陽動するかが気がかりだ。本橋と連絡が取れないのももちろん気になる。色々と不安は尽きない。
「なあ、並木」
「何?」
不貞腐れてる並木が口を尖らせる。
「やる前からする話じゃないけど、もし失敗したらどうする?」
「その時にヒーローが持ってたらヒーローから、怪人が持ってたら怪人から、取り返すだけよ。考えるまでもないわ」
失敗したらまた苦労しそうだと思ったが、不思議と嫌な気はしなかった。
その時は本橋もいることを願って。




