第十九話 決起集会
そんなことで決まったPストーン奪還作戦の後、本橋の提案により、大学近くの居酒屋で決起集会を行うこととなった。
初めてきた居酒屋だったが、学生の客がメインの財布に優しい店で安心している。
どこの席も騒がしく、立ち上がって皆に語りかけている人、一発芸でスベっている人、校歌をひたすら歌い続けている人、テーブル毎に状況は違うが、とにかく笑い声があちらこちらから聞こえてくる。これでもかと酒を飲ませようと店員は店中を走り回っている。
すでに酔いが回り倒れている人がチラホラ見えるが、誰かが介抱している様子はない。学生街の居酒屋はどこもこんな雰囲気であろう。
ちなみに俺は酒が飲めない。
割り勘になりそうなので、酒の代わりに、ここぞとばかりに食べ物を食べることにした。
濃い目の味付けで作られたこの居酒屋のおつまみは、酒よりも米に合って、食事が進む。まあ、酒が飲めない人間の意見だが。
本橋は、乾杯からペースが尋常じゃない。
何杯目か分からないジョッキを机に叩きつけるように置いて、愚痴り始める。
「負けようと思って戦うわけじゃないんだ。それなのに、無様に負けて、俺は情けない!」
「怪人に襲撃された時のことか?」
「その前もだ! 俺はヒーローにも負けた」
「情けないと思う羞恥心があるなら早く卒業しなさいよ」
「卒業はしない! ヒーローになるまで。それまで俺は大学生だ」
「ヒーローはヒーロースーツ着てたし、怪人幹部は身体改造してるし、しょうがないだろ。よく戦ったよ」
「よくやったって言葉が欲しいんじゃない。俺は俺の思い描くヒーローにならないとダメなんだ。負けたらヒーローじゃないだろ!」
再びジョッキを持ち上げ、一気にビールを飲み干す。清々しいまでのヤケ酒だ。
「次は絶対に負けない」
「そこまで言うならいいわ。今回の件は許してあげる。今回だけよ」
「ありがとうございます」
本橋も並木も酔っ払っていて、何を本橋が許されたのかよく分からないが解決したようだ。
「それよりもあなたよ!」
並木に割り箸を突きつけられ、思わず仰け反る。並木が目を細めて俺を見る。
「危ねえな」
「なんで黙ってあの女に水晶渡してるのよ」
その話か。今更だが痛いところを突かれる。部室棟でPストーンを奪われた時の話だ。確かにもう少し抵抗する余地はあったかもしれない。
「ヒーロー相手だし」
「少しは足掻けたはずでしょ? 私や魔王を見習いなさい。相変わらずパンツでも見せないと動きもしないの?」
「え! ズルい!」
本橋が立ち上がった。
「いやいや一度も見てないから、足掻いたって、まさか並木も戦ったのか?」
「当然じゃない。急にあの女が水晶渡せとか言い出したから。あの手と足をぐるぐる巻きにするやつを使われて、動けなくなったけど。あなたはボーッと立ってただけじゃない」
「そ、そうか。それは悪かったな」
確かに取られた後も、無防備な先輩相手に動けずにいた。
「あの女のどこがいいのかしら。私って魅力ないかしら?」
腕を伸ばした並木に顎を指でなぞられる。細めた目が妙に色っぽい。酔ったことで、いつもより色気が加わっているようだ。
慌てて誤魔化すようにコーラを飲んで、呼吸を整える。
「森下先輩が良いとか悪いとかじゃなくて、ヒーロー相手にビビっただけだ。悪かったって」
「森下は良いだろ。めちゃくちゃ可愛いだろ」
本橋がにやけてる。
「そういう話じゃないんだよ。それに森下先輩は可愛いと言うか…」
美人だと言う前に、並木の目が少し気になってしまう。コーラをもう一度飲む。
「可愛いと言うか何? 悪口?」
後ろから突然森下先輩の声がして、ブフッとコーラを吹き出した。
慌てて後ろを振り向くと森下先輩が嬉しそうに立っている。
「可愛いと言うか何かな?」
もう一度森下先輩から尋ねられる。美人であることを再確認できたが、本人を目の前に美人だと言える訳がない。
「な、なんでここに?」
「俺が呼んだんだよ」
本橋が俺の疑問に答えた。
「お前、今日はあれだろ」
ヒーロー組織襲撃の決起集会のはず。そこにヒーロー呼んでどういうつもりだ。
「あれって何? 私が来たらまずかった?」
まずいに決まってる。今の俺の発言もアウトだった。とんでもなく勘がいい人だ。何か変なことを言えばすぐに俺らの企てが察知されてしまう。
それに俺らからPストーンを奪った相手だ。特に並木は強い怒りを持っているはずと、思っていたら、「いいじゃない。座ってもらえば」と並木が偉そうに言った。
「ありがとう」と森下先輩は、俺の隣に座った。
それにしても本橋の野郎、いつの間にか森下先輩と連絡先を交換してやがった。許せない。自然とこめかみに力が入り、本橋を睨みつけていた。
「大丈夫だって」
本橋はヒーロー組織襲撃がバレることを俺が危惧して睨んでいると勘違いしたようだ。そんなこと言ったら余計にバレる。
森下先輩を横目で見ると、きちんと本橋の事を観察している様子だ。
「何飲む?」
本橋は飲み物を要求されていると勘違いしたようで、森下先輩に飲み物のメニューを渡した。
「ビールにする」
本橋が自分の分と合わせて生ビールを二杯頼んだ。森下先輩に馴れ馴れしく飲み物を聞くのも癇に障ってきた。
「それで、どの面下げてここに来たのかしら?」
「誘ってもらったから来ただけ」
並木の挑発を森下先輩はこの前のように乗ることなく流した。
「そうだよ。俺がお願いしたんだって。ヒーローのこと聞けたらと思ったからさ」
「魔王君はヒーローに興味あるの?」
「あるある。興味どころじゃない。俺はヒーローになりたい」
本橋がはにかみながら答えた。
「ヒーロー大変だよ。なるのも大変、なっても大変」
「そりゃヒーローだから大変だろ」
「魔王君が思っているヒーローとは違うかも」
「それは北見にも言われた。だから俺が思い描くヒーローになれれば、ヒーロー組織に入れなくったっていいんだ」
「それは素敵だけど、ヒーロー組織に入らないとお給料出ないよ」
「おおお、無職ヒーローか」
本橋は気づいていなかったようで、天を仰いだ。
「乾杯するわよ」
本橋のアホさを無視して、並木がジョッキを掲げる。俺もコーラが注がれたグラスを掲げた。早くヒーローの話題を変えたい。
本橋、森下先輩のビールも到着して、
「乾杯!」
とジョッキとグラスをぶつけて、ヒーローを含めたヒーロー組織襲撃決起集会が始まった。
「で、今日はどうしたの?」
森下先輩が早速口火を切った。恐らく何か隠しているということがバレ、探りを入れている。
「だからヒーローの話を聞きたかったから、連絡したんだよ」
「ちょっと待てよ、いつの間に連絡先交換してんだよ」
「あれ? ヤキモチ?」
「違いますよ」
「えー? 違うの?」
森下先輩が軽く腕を押してきた。
「ちょっとうちの部員に馴れ馴れしいわよ」
「あれ? ヤキモチ?」
「違うわよ」
並木が森下先輩に素っ気なく言うと、ビールを飲んだ。
「私の水晶は今どこにあるの?」
並木が話題を変えるが、とんでもない質問をする。とにかくPストーンの話題は避けないと、いずれバレる。
「うーん、私も知らない。知ってても言えないから、どこに保管されてるか聞いてもいない。どうせ聞かされるのは私達の戦力が必要になった時だけ、北見君は知ってると思うけど、私たちいつもそんな扱いだから」
「早く返しなさいよ」
「北見君返してくれたら、考えようかな」
「もうヒーローにはならないわよ。口では働くのが嫌だって言ってるし」
並木の発言が俺の心を乱暴に揺さぶった。
「おい、口ではって何だよ。もう働くことにウンザリしたんだよ。」
並木が睨みつけてきた。無性に腹が立った。
「そんなに言ってほしいなら言うけど」
「言ってみろよ」
「働くことにウンザリしたんじゃなくて、ヒーローにウンザリしたんでしょ」
「そんなことある訳ないだろ!」
思わず怒鳴ってしまった。
「…悪い」
「北見君の分かりやすいところ、私は嫌いじゃないわ」
並木が相変わらず懐の広さを見せてくれた。
「何で・・・」
分かったんだと言いかけた。熱くなってしまった思考が冷めて気がつく。並木の指摘は図星だ。俺は自分自身を誤魔化していた。今も誤魔化すために、咄嗟に強く否定しまったのだ。
「私ももうウンザリよ」
ポツリと森下先輩がこぼした。
「でも誰かさんが辞めちゃったから、今は辞めづらいのよね」
「すいません」
「冗談よ」
また森下先輩に腕を押された。押す力がさっきよりも強く感じた。
「辞めるきっかけ、何かあったでしょ」
森下先輩が、どこか試すような目で俺を見る。
「言いたくないことが男には一つ二つあるからな」
俺が口を開く前に本橋がフォローを入れてくれた。
「ふーん。それは私にも言えないことかしら」
並木がつまらなさそうに言う。
「今の1号と何かあった?」
更に森下先輩が突っ込んできた。
「ないですよ」
俺は即答すると、お終いということで本橋のビールを奪い、飲み干した。
「そっか」
それで森下先輩の攻撃は終わった。
アルコールのせいで一気に身体が熱くなる。
「でも北見君はヒーロー辞めてよかったかも。今の方が楽しそうだから」
楽しそうと言った森下先輩はどこか寂しそうに見えた。
「私といてつまらない訳ないでしょ」
「また私も仲間に入れてもらえるのかな?」
「ヒーロー辞めたらいいわよ」
「優しいのね」
並木と森下先輩のやり取りを見ているが、頭が痛くなり始めて、口を挟むことができない。
「そんなことよりヒーローの話、聞かせてくれよ」
本橋が森下先輩の方へ前のめりになった。離れろ。
「北見君だって色々知ってるわよ。ヒーローだったんだから。1号でリーダーだったのよ?」
森下先輩が俺の方を見た気がするが、アルコールの力で目が思い切り閉められそうなのを我慢することで精一杯。他のことが何もできない。
「北見はもう無理そうだ。それに俺は森下から聞きたいんだよ」
「いつまでも裏切者相手にヘラヘラしてんじゃないわよ」
並木が前のめりの本橋の服を引っ張り、元に戻した。
「森下は裏切者じゃないだろ。ヒーローだからしょうがなかったんだ。辛い立場なんだよ。並木だって分かってるくせに」
「そうかしら。楽しんでいたんじゃないの?」
森下先輩は苦笑いを浮かべている。
「森下はいいんだ。ただ2号は許さない。次は倒す」
「彼も色々大変なのよ。失敗が続いてね。怪人に負けちゃったこともあって、大怪我もしたの。だから、もう失敗できないし、負けられないって思い込んじゃってるみたい」
「人それぞれ事情があるだろう。だが三日後、奴には俺の夢の為に散ってもらう」
「三日後何かあるの?」
本橋のアホさに呆れつつも、酔いが回り過ぎて、瞼を開けていることができずに、意識が遠のいていった。
遠のく意識の中、並木に言われた言葉だけが咀嚼されずに頭に残っていた。「ヒーローにウンザリしたんでしょ」という言葉だけが、まるで悪夢の様に。誤魔化していた気持ちが姿を現してしまった。
この後の記憶はなく、決起集会がどうなったのか分からない。後から聞いた話だと、特段変わったことはなかったということだ。なので、察知することはできなかった。
決起集会後、本橋が姿を消した。




