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第十六話 蛇

「怪人に話をつけてきたぞ」

パンを食べ終えた鳥がそう言った。胸を張り威厳を持って言おうとしているようだが、先ほどの姿を見てしまうと、滑稽に見える。でも男として触れないでおく。

「様子を見てきただけじゃないのか?」

「そんな意味のないことをして、何になる。子どもの使いじゃないのだぞ。金ももらったしな」

金ね。鳥が嫌なことを思い出させる。

「何をしてきた?」

「だから話をつけてきたのだ。もう来る頃だろう」

「来る?」

鳥の返事を待たずに、俺の目がキャンパスに入ってくる不審な男を捉えた。首から下に黒いマントを着て、長い髪の毛が波のようにうねって、逆立っている。

間違いなく怪人の幹部だった。


「改めまして、私は怪人組織で幹部をしております、蛇と申します」

蛇はニコリと笑う。だが目の奥は笑っていない。値踏みするような目で俺を見ている。

蛇がキャンパスに現れると、異物感が周囲に漂った。

突然現れた男が怪人であることは誰だって分かる。幹部は黒マント、構成員は黒ジャージ、制服の様にいつも同じ格好だ。周囲の生徒は遠巻きに怪人を見ていた。怪人組織が独立宣言を撤回してからは、怪人は街を普通に歩いている。それでも一般人と同じとは、とても言えない。しばしば怪人による犯罪が起きている。社会にいるが、敢えて自分からは近づかない。そんな存在である。

何をしてくるか分からない怪人相手に、警備員ですら対応をためらう。ましてや幹部となると、警備員では手も足も出ないであろう。できることと言ったらヒーロー組織に通報するくらいだ。

怪人が俺を訪ねてきたとなると、大学内にこれ以上いる訳にもいかず、場所を変えるよう提案をして、ファミレスに戻りコーヒーを飲むことにした。

ファミレスには朝食を食べている客がチラホラいるが、みんな離れた席に座っている。近くに座っていた人はそそくさと店を後にした。蛇は気にする様子もなく、ドリンクバーを注文すると、全身マントの異質な雰囲気のまま、コーヒーをカップに注いで、席に戻ると、口もつけずに話始めた。

「まず我々の歴史からお話をしましょう。我々は今から約二十年前、正確に申しますと二十三年前に結集した組織です。当初我々の目的はこの国からの独立でした。それを阻止しようとできた組織が、当然ご存知ヒーロー組織ですね。それは今は昔。今、我々は営利企業へと転身を遂げ、業績は急成長」

「大体知ってます」

話の腰を折るようだが、延々と話しそうな雰囲気を感じて、思わず止めた。

「ああ、そうでした。聞くところによるとあなたは元ヒーロー、しかもリーダー。そんなあなたに話すようなことではありませんでした」

俺が現役ヒーローの時、怪人幹部に蛇はいなかった。怪人組織の入れ替わりは中々激しいようで、怪人は怪人で大変そうだ。

「今日は何で来てくれたんですか? あの鳥は何て言ってました?」

「鳥? ああ、フェニックスですか。フェニックスからは、我々に話がある人物がいると聞いて今日は伺いました。しかも元ヒーローで、リーダーだというので、飛んできましたよ。私、鳥ではなく、蛇ですけど。何やら尋常じゃないなと」

あの鳥、怪人と知り合いのようだ。ますます何者か疑問が深まる。しかもフェニックスなんて呼ばれているようだ。ちなみに鳥は蛇が現れると、どこかへ飛んで行った。

「フェニックスと呼んでるあの鳥は何者ですか? 知り合いみたいですけど」

「知らずに、共に行動をされてたんですか?」

蛇が少し驚く。初めて素の反応を見せた。

「世界でもっともお金を持った鳥ですよ。色々な通り名で呼ばれているようですが、私はフェニックスと呼んでおります。フェニックスの考えていることは分かりませんが、私、鳥ではなく、蛇ですから。お金をたくさん持っているというのは、脅威なんですよ。だから、誰もが知っている」

いや、俺は知らない。あの鳥そんなに金持ってるのか。

あの鳥がなんであれ、怪人幹部とこうして話ができるのはありがたい。鳥に金を払った甲斐があった。ヒーロー組織と怪人組織は、水と油である。怪人組織をうまく扱えれば、奪還に役立てることができそうだ。

「フェニックスからの話では、何かお困りとのことでしたがなんでしょうか」

「ヒーロー組織に復讐がしたい」

俺の言葉に蛇がマントから手を広げ大げさな反応を示した。

「元ヒーローがとんでもないことを言いだしますね」

蛇は笑ったが、相変わらず目は笑っていない。

「それで一つお願いがあります。俺らはヒーロー組織の千葉支部を襲撃します。同じタイミングで怪人にもヒーロー組織の東京本部を襲撃していただきたい」

Pストーンは千葉支部にあると思われる。海外に保管施設があって、そこに運ぶ前は千葉支部に保管してあるはずだ。

「あなたがヒーローに復讐しようと言うのでしたら、私は止めません。あなたが恨みを持った理由も知らないですし、止める義理はないですからね。我々にとっては、ヒーローの内輪揉めでしかないのですよ。それに我々が巻き込まれる筋合いはないですね」

「ヒーロー組織の戦力を削るチャンスですよ」

「確かに我々はヒーロー組織を叩き潰したい。それには猫の手でも、元ヒーローの手でも借りたい。そうは言っても、あなた一人で何ができますか。我々が動くのはリスクしかない」

「俺らは三人です」

「三人? 確かに戦力は三倍になります。それでもたった三人。我々が動く理由にはなりません」

「同じタイミングで襲撃してほしいというのは、怪人には俺らの襲撃のための陽動をしてほしいという意味です。戦うのはあくまで俺ら。怪人は陽動をしてくれればいいですよ。流石に怪人でも、それくらい簡単だし、できますよね? 実際に襲撃する必要はないです。東京本部付近に集まるだけでいい。ヒーローが恐ければ、怪人は見てるだけでいい。恐かったらすぐに逃げてもいいですよ。集まって、逃げるだけで、支部の一つを俺らが潰してあげると。こんなに割のいい仕事ないですよ」

蛇を煽るような言い方をする。

「怪人がまるでお前の道具のようだな。お前にどれだけの同胞がやられたか分かっての発言か」

蛇が挑発乗って、口調を変えた。机にコーヒーカップを押しつけるようにすると、取っ手の部分がもげた。

挑発に敢えて乗っているように思われるが、怪人達がヒーローに持つ恨みは本物だ。元ヒーローの俺のことだって、良くは決して思っていないはずだ。

「俺らだってつい昨日怪人の幹部に襲われた。そのことを許した訳じゃない。ここでやろうってなら、俺は構わない」

引いたら負けだ。ハッタリでも強気に振る舞うしかない。元ヒーローという肩書きが今だけはハッタリの武器になってくれる。

しばらく蛇は俺を睨みつけたまま止まっている。沈黙が長く感じる。

やがて蛇は壊れたカップを直接持って、コーヒーを啜った。

「いいでしょう。フェニックスに免じて、我々も参戦しましょう。あなたの復讐のお手伝いで。ただ我々は、我々の考えで動かせていただきます」

「分かりました」

 おかしな話だが、怪人にだってヒーロー組織を襲撃するとなると理由がいる。その理由を俺らが作ったのだから、またとない機会であるはず。ただ簡単に乗る訳にはいかない。蛇にも立場がある。

 だから話に乗りやすいように、俺が挑発するように話をもっていった。蛇も恐らく理解している。

 茶番のようだが、大事なプロセスだ。

「それと香水は今回の件に絡まないでいただきたい」

「香水?まぁ、気性の荒い奴ですから、お気持ちは分かりますが、我々横の連携は苦手なので、どこかで情報を得て、奴が来たければ来てしまいますね。止めることは出来ません。上下関係ではないので。連絡はしないでおきますが、察知されても責任は取れませんよ。先ほどおっしゃっていた、襲われたというのは香水にやられたんですか? あの女に襲撃されたとは、お気の毒でしたね」

苦笑いしかできない。今回の件、香水には関わってほしくなかった。感情の問題だ。

「香水のことは分かりました。それともう一つ」

「色々と要求があるんですね」

蛇が少し鬱陶しそうに言う。でも一番大事な部分であるため、怯むわけにはいかない。

「怪人に荒らされた部屋の弁償をしてください」

 机に顔がくっつくほど頭を下げる。

「ええと、私がですか?」

「払ってくれるなら誰でもいいです。俺の家をめちゃくちゃにしたのは怪人です。それは今回の協力とは何も関係ありません。弁償してください」

 顔を上げ、蛇の顔を見つめる。

「そうですね…」

蛇が少し困った顔をした。


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