第十三話 黒く濁る
無残な状態の部屋に一人残され、倒れたまま天井を見つめる。
「何で」
並木がサークルの解散を決めてから何度も頭に浮かんで、何度も発した言葉。何でと問いかけても答えはなくて、自分自身に問いかけても答えはでなかった。
それでも何では浮かんでくる。何でヒーロー組織にPストーンを強奪されなきゃいけない。何で俺らは解散しなきゃいない。何で並木が大学辞めなきゃいけない。何で俺らが怪人に襲撃されなきゃいけない。
並木と本橋と出会って、何か始まった気がした。俺が妄想していた現実逃避の世界でなくても、これまでとは違う新しい世界が始まっていた。
それが急に終わって、こんなことになってしまった。
「何で」
涙が溢れた。並木も本橋も傷ついているかもしれない。
こんなことになるならPストーンなんか見つけなければ良かったのか。そもそも一緒に行動するべきじゃなかったのか。
そうじゃない。俺らは何も間違っちゃいない。俺らは出会って、探して、見つけて、喜んで。Pストーンは俺らのつながりを象徴したものだった。
やり場のない怒りに心が支配されていく。
もう全てなくなってしまった。
これからどうしていこう。
俺の心は黒く濁っていく。
インターホンが鳴った。
こんな夜中に。
また怪人が来たのか。いや、インターホンを鳴らすような神経は持ち合わせていなかったし、もう俺に用はないだろう。
それなら近所の誰かが警察に通報したのか。
鍵なら開いている。用があるなら入ってくればいい。無視を決めて、倒れたまま立ち上がらない。
もう一度インターホンが鳴る。また無視をする。またインターホンが鳴る。帰る気配がない。
「誰だよ」
立ち上がり、何年か振りに歩いたような重い足取りで玄関へ向かう。ドアスコープから、外をのぞき込む。
しかし、誰もいない。
ようやく帰ったのかと思い、部屋に戻ろうとすると、またインターホンが鳴った。
再びドアスコープをのぞき込むが、やはり誰もいない。
ドアを開けた。
誰もいない。
「こっちだ」という声がした足元を見ると、鳥がいた。
「元気そうだな」
「そう見えるか?」
「ジョークだ。ジョーク。まあ立ち話もなんだ」
鳥はそう言って羽ばたくと、俺の頭上を越えて、家の中へ入っていく。
「こりゃ酷いな」
荒らされた部屋を見て鳥が羽をバタつかせながら言う。
「うるせえ」
デリカシーのない発言でイライラする一方、誰かと話せることが少し嬉しかった。相手は鳥だけど。
鳥は倒れている机の脚に留まり。俺は倒れている椅子を立てて、座った。
「酷い顔しとるな」
「何があったか聞かないのか」
「知っとるからな」
「それなら」
思わず前のめりになった。
「並木は? 本橋は? あいつらは大丈夫か」
「安心せい、死んではおらん」
「襲われたのか」
「お前同様にな。怪人は目的の物がないのが分かって、もう撤退しておる」
「そうなのか」
やはり並木と本橋も俺と同じ目に遭っていた。実際に話を聞くと、一段と心をえぐられる。
「それであいつらはどうしてる?」
「そこまでは知らん」
「そこが大事だろ!」
どうしたらいい。何をしたらいい。気持ちが焦る。
「まあ命あればだ」
「そんな気持ちにはなれない。どこかにぶつけないと、この気持ちはやりきれない」
「ほうほう、まだ折れてないではないか」
鳥が満足げに言う。
何に満足したのか分からない。そもそもなぜ鳥が今ここにいるのだろうか。何で俺の家知っているのだろう。
「なあ、何の用でここにきたんだ」
「怪人も動き出したようだからな。様子を見にきた」
「怪人が動き出すこととお前に何の関係がある。お前一体何者なんだよ。何の鳥だ? お前は怪人の何かなのか? それともヒーロー組織の秘密道具か何かか」
この鳥、前々から、何なら出会った時から、怪しい。
まず何の種類に分類される鳥なのか分からない。カラスでもないし、インコでもないし、鳩でもないし、つまり普段見かけるような鳥ではない。
「小生が何の鳥かと問われても、人間の分類は知らんよ。小生は小生だ。それで問題があるのか?」
「そこはそんなに問題じゃない。お前はヒーロー側なのか怪人側なのか、どっちだ」
「小生は怪人組織ともヒーロー組織とも与しておらんよ」
本当かどうか判断できない。例えどちら側だと答えられても証拠はないので、結局何も分からない。
だから俺は持っていた奥の手を出すことにする。
「お前が何者なのか気になって、上野の骨董市にこの前行ってきたんだ」
鳥は反応を示さない。
いつもはどんな些細なことでも相槌を打つのに。いつもと違うということは、俺の読みは間違っていない気がした。
「そこで、Pストーンの地図を並木に売ったじいさんを見つけた。大変だったよ、じいさん片っ端から話しかけていったから。その日も地図を売ったじいさんがいるのか分からないし」
まだ鳥は喋らない。
「続けていいか? その地図を売ったじいさんに、地図はどこから仕入れたのか聞いたら、覚えてた。空から降ってきたらしいんだ。そしたら降ってきた直後に地図は売れたと。その日は風は吹いてなかったらしい」
鳥は一度嘴を開いたがすぐに閉じた。まだ喋らない。
「地図が自然に降ってくるわけないんだから、誰かが降らせたんだよな。空から地図を降らせることができる奴なんて限られる。お前なら意図的に地図を落として、並木に近づくことができるんじゃないか」
俺の問いかけに少し間を空け、鳥を嘴を開く。
「正解だ。正解。小生はあのお嬢に地図を手に入れさせた」
「並木に近づいた目的は何だ」
「あのお嬢に近づくというよりも、小生はお前と話すために地図を落とした。お嬢がお前を巻き込むことは、簡単に分かったからな。小生はお前を観察している時に、お嬢の視線にも気づいておった。目的はお前を中心とした組織を作り出すことじゃ。こんなにトントン拍子に話が進むとは、小生の腕も中々のもんじゃろ」
「組織? そんなものを作り出してどうする」
「ヒーローと怪人の奴らが気に入らなかっただけだ。お前の組織がヒーローも怪人も倒してくれるのが、小生の最終目的じゃな。基本的には鳥の道楽だ。小生を楽しませてくれ」
「なぜ俺を選んだ」
「元ヒーローのリーダーだろ。ヒーローの敵にも、怪人の敵にもピッタリではないか」
「そうか」とまで答えて、それ以上は何も言わなかった。特段鳥に対して怒りも感謝も感じず、何も言いたいこともなかった。
喋るという嘘みたいな鳥だ。どこまで本当でどこから嘘か気にしたって仕方がない。
「なあ、お前に聞くことじゃないけど、教えてくれ。俺はこれからどうしたらいい」
「小生の目的は話しただろ。お前達にはこんなことで折れてもらってはつまらぬ。戦ってほしいのだ」
「こんなことって簡単に言うな。もう俺らは解散したんだ。お前の思惑通りには進まない」
「お前がまた別の奴を見つけて、新しい組織を作ってもいいが、お嬢もあの筋肉男もそんな玉じゃないだろうよ。お前もよく知ってるだろうに」
「…そうかもな」
あの時、並木に突き放される恐怖で冷静にはなれなかった。でもあの時、並木に食らいついていたら。本橋を焚きつけていたら。もしかしたら、サークル解散なんてならなかったかもしれない。
「もっと熱くなってもいいのではないか」
「俺を利用しようとしている奴に言われてもな」
口ではそう言っても、心は動き始めている。森下先輩が「生ぬるいことを言ってたら、結局何も守れない」と言った。俺が守るべきは、俺らの関係。そのために俺のすべきことは、何か。鳥は戦えと言う。鳥の言葉全てに従うつもりはないが、間違っていない。戦わないで、サークルは守れない。気付かなかったせいで、サークルは解散してしまった。
でも、まだ遅くないはず。今からでも俺らはやり直せる。戦える。
「なあ、鳥。お前はあいつらの家も知ってるのか」
「知らんが、調べれば分かる」
「だったら、明日の昼、出会ったベンチに来るように伝えてくれないか」
「急に勢いが出てきたな。現金な奴だ。いいだろう。では早速調べてくる」
そう言ってくれた鳥を玄関のドアを開け、見送る。
また一人になった。でも、さっきとは違い少し前を向けている。
散らかった部屋を見ると、香水に襲われたことが思い出され、また心が黒く濁りそうだ。
せっかく前を向いた気持ちが振り返らないように、今日ここにはもういられない。外に出る。
どこに行こうと考え、再認識した。サークルがないと俺には居場所がないんだって。
足は自然と大学に向かった。




