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第十一話 一人

サークルが解散して一週間。あれから並木と本橋とは会っていない。避けているわけではなく、多くの人が行き来する大学の中で、偶然に出会うというのは中々ないことだ。授業に出ていそうにないあいつらなら尚更だ。

今日は昼飯としてメロンパンを買って、コーヒーにいつもは入れない砂糖を大量に入れた。

サークルがなくなっても、大学はなくならないし、授業に出ないと卒業できない。

だから今日も大学に来たが、「やる気が出ない」と独り言をつぶやく。

授業に対して前ほど熱意はなくなってしまっていた。

授業の前にパンを食べるため、いつものベンチに重い足取りで向かう。その途中、前方に通行の妨げになるような集団を見つけた。 どこかのサークルが何かやっているのかと、目をやると、集団の中心には我が大学無敵の女王、森下先輩がいた。集団は森下先輩とその取り巻き達であった。

森下先輩は離れている俺の視線に気づいたようだ。相変わらずそういう嗅覚が鋭い。

目が合ってしまい、慌てて目をそらす。

「相変わらず冷たいんじゃない?」

森下先輩に大きな声で呼びかけられ、逃げられなくなる。立ち止った俺のところへ森下先輩はゆっくりと歩いてやってきた。取り巻き達は森下先輩の少し後ろで固まっている。

取り巻き達からは、「誰こいつ?」という声が聞こえた。

「すいません、授業ありますんで」

そう断って離れようとしたが、

「まだお昼休みでしょ。パン食べるんじゃないの?」

森下先輩がそう言って俺を引き止めた。

「誰だよ、こいつ」という声が聞こえる。お前こそ誰だ。


並木と出会ってから、部室でパンを食べていたので、以前座っていたベンチからの景色が今は新鮮に見える。

ベンチではいつも一人で食べていたが、今日は隣に森下先輩がいる。そのことが景色を新しいものにしているのかもしれないが、きっとそれだけじゃない。部室で食べることが当たり前になっていたからだ。

ちなみに取り巻きは森下先輩が角の立たぬよう、上手に追い払った。

「食べます?」

大きいメロンパンを半分にして、森下先輩に渡す。

「返事する前に割っちゃってるじゃない」

森下先輩が笑って受け取る。

「パンを断る人はいないですから」

持論だ。おそらく真理だ。

森下先輩とパンを分け合って食べるなんて状況は、以前なら緊張して、喉を詰まらせてしまっていたかもしれない。今はそんな気持ちになれないが。

「ここのメロンパン、美味しいね」

森下先輩が口についた砂糖を指で取りながら言った。

「メロンパンはもちろんですけど、一番はクロワッサンですね。バターが違います。日本のバターではないと思うんですけど、口に入れた瞬間香りが広がるんですよね。バターが違うということは、食感も違うんですよね。もっちりとした食感はまさに、俺好みです」

「そ、そっか」

森下先輩が少し戸惑っていた。クロワッサンより、カレーパン派だったのだろうか。そうか、今はメロンパンの話をしていたのだから、メロンパンについて語るべきだったのか。

それにしても流石は森下先輩だ。取り巻きを追い払っても、次々に声を掛けられる。森下先輩は、「またね」とか「後でね」とかわしていく。声を掛けてこない周りにいる奴らも、全員彼女の存在を気にしているようだった。

森下先輩は、そんなことを少しも気にしていないようで、俺の顔をのぞきこんできた。

「ねぇ、さっき避けようとしたでしょ。まだ気にしてるの」

「それはそうですよ」

「北見君だってヒーローだったんだから、分かってるくせに」

そう言って森下先輩は頬を膨らませる。森下先輩が「分かってるくせに」と言っている意味は、森下先輩はヒーローで、ヒーローにとって指令は絶対で、今回のPストーンの件も指令だったから仕方がなかったということだろう。ヒーローだった俺には理解はできる。それでも俺らからPストーンを奪ったという事実はなくならない。

とぼけて「何がですか」と言ったら、「生意気」と言って小突かれた。

「でも謝らないわよ。私は間違った行動はしてないもの」

「謝ってほしいんじゃないです」

「そっか」

森下先輩は一瞬躊躇うように開いた口を閉じたが、もう一度開いた。

「ヒーローに戻る気は更になくなっちゃった?」

「元から全くないですよ」

「そっか」

 森下先輩が残りのメロンパンを口に放り込んだ。

「そう言えばさ」

森下先輩が目線を隣の俺から、前に向けた。

「何ですか」

「並木さん大学辞めたんだって」

「え?」

不意打ちのような森下先輩の言葉に思考も身体も固まる。並木が大学を辞めた。なぜ。

「やっぱり知らなかったか」

「な、なんでですか」

「彼女と話した訳じゃないから分からないけど、責任とったんじゃない」

「責任って何ですか」

まさかと思いハッとした。

ベンチから見える景色とは反対側にある部室棟を見るために振り返る。

Pストーン確保のために、入り口が破壊された部室棟は、すぐに修復工事が始まった。あれだけの衝撃だったので、入り口以外にも修復箇所があったのか入り口以外も工事をしているようだった。今回のようにヒーローが任務中に破壊した建物は、ヒーロー組織が修復工事を行う。未だに立入禁止だが、流石はヒーロー組織の力で、急ピッチで行われた工事は数日でほぼ完了しているようだった。

まさかだが、並木は部室棟が破壊された責任とったというのだろうか。

「あいつは被害者ですよ」

「世間はそう見ない。不審物を持ち込んで、ヒーローに取り締まられた。そう見えるのよ」

「当事者の俺には何の話もきてないですよ」

「並木さんが一人で責任取ったからでしょ」

「そんな馬鹿な話…」

俺らがPストーンを見つけただけで、どうしてこんなことになってしまうのか。

「もう一つ、良くない話」

俺の心が落ち着く前に、森下先輩が続ける。隣に座る森下先輩を見る。森下先輩も俺を見ると、眉を下げた。

「そんな顔されちゃうと話しづらいけど、言うね」

俺はどんな顔をしているのだろうか。

「怪人があのPストーンを探し回ってるみたいだから気をつけて」

以前森下先輩が話してくれた話だと、Pストーンはヒーロー組織だけでなく、怪人組織も狙っているという話だった。

「もう俺ら、持ってないですよ」

ヒーローにPストーンを奪われた。後はヒーロー組織と怪人組織で勝手に奪い合ってればいい。

「そう言って聞くような連中じゃないでしょ。一度関わったら、無関係ではいられないわ」

「そうですけど」

「だから気をつけて」

「また気をつけるんですか」

Pストーンを見つけた時にも言われた。

「そうね」

「何で俺らばかり」

その後の会話は覚えていない。


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