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福 物語 〜小学生編  作者: 真桑瓜
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奉納試合

奉納試合



当日、福は八時半に神社に着いた。

境内に設えられた試合場には、新開の姿があった。


「新開君おはよう、長野君は?」

「もう来てるよ、本殿の裏でウオーミングアップしてる」

「おはよう!」後ろから声が掛かった。「今日は頑張れよ」

「あっ、野瀬先生、おはようございます!」

「お前たちも、早く稽古着に着替えてこい。俺は審判だから、お前達についててやれないからな」

「は〜い」福は、新開と一緒に更衣室へと向かった。


着替えを終えて本殿の裏に行くと長野がいた。

「おはよう長野君、張り切ってるね。僕なんかもうドキドキだよ」福が言った。

「おはよう、今日はあの吉田塾が相手だろ、負けるわけにはいかないよ」

「俺が先鋒だからな、勝って勢いをつけてやるよ」新開が言った。

「新開君、自信満々だなぁ」

「ああ、俺は負けるのが大嫌いなんだ!福、お前も負けるなよ」

「う、うん頑張るよ」


試合場は地面より一段高くなっていた。足場を隠すように紅白の幕が張り巡らされている。

吉田塾の三人は、白組の控えにきちんと正座をしていた。

福達が紅組の控えに入ると赤い紐を渡された。それを白帯の上に結んだ。

「先鋒、前へ!」審判の声がした。

相手の選手は新開より大きかった。体重も中学生くらいありそうだ。

「新開君、頑張れ!」長野が言った。

新開は無言で開始線に立った。もう周りの声も聞こえていないのだろう。

「はじめ!」

審判の声と同時に、新開は突進した。しっかりと前襟を取って力任せに押し込む。

しかし、体重に勝る敵は新開をがっちりと受け止め、押し返して来た。

その勢いに負けて新開が退がる。

「新開君、退がるな!」長野が叫ぶ。

敵は勢いに乗って強引に前に出る。

その時、フッと新開の力が抜けた。同時に敵が弧を描いて飛んで行った。

「一本、それまで!」審判の右手が上がる。

約束通り、新開は巴投げで一本勝ちを収めた。


次は、福の番である。

相手の中堅は、まるで女の子のように華奢だった。

長い前髪で片目が隠れているが、眼光が異様に鋭い。なかなかの負けず嫌いのようだ。

『あちゃ〜苦手なんだよなぁ、ああいうの』福は心の中で呟いた。


開始線に立つと審判の声がした。「はじめっ!」

福は、定法通り前襟を取りに行ったが、相手は組もうとしない、頭を下げて足を取りに来る。

「はやっ!」

あっという間に、福は尻餅をついてしまった。

「技ありっ!」審判が叫ぶ。

その後は覚えていない。頭の中が真っ白になって、気がついたら時間切れで負けていた。


次の試合では、長野が接戦の末吉田塾の大将を破り、福の道場は二勝一敗で勝つことができた。


試合場を降りると、野瀬先生が待っていた。

「福、最初にしてはよく頑張ったな」

「あっ先生、すみません、負けちゃって・・・」

福は、恥ずかしくて情けなくて、泣きそうになった。

「そんな事は気にするな。ただ、負けて後悔するようなら時間の無駄だからやめておけ」

野瀬先生はニッコリ笑って審判席に戻って行った。


昭和三十年台後半は、柔道を題材にしたテレビドラマの全盛期であった。「姿三四郎」「柔道水滸伝」など、福は毎回ワクワクしながら観ていた。

「かっこいいなぁ、どうしたら三四郎みたいになれるのかなぁ」嘆息まじりで福が呟く。

「稽古しかないよ、たくさん稽古をするんだ」長野が答えた。

「長野君は、誰が好きなの?」

「三船十段、空気投げかっこいいよね」

「俺は、西郷四郎のようになりたい、姿三四郎のモデルだ」福は深く頷いた。

「それはそうと、聞いたか?」急に声を潜めて新開が言った。「今度隣の小学校の奴らと、うちのクラスの奴らが決闘するそうだぞ」

「えっ、本当!」福が驚いて聞き返す。

「本当だ、学級委員長の大林が言ってた」

「長野君は知ってた?」

「うん、それで僕らに手伝って欲しいって」

「なんでも、うちの転校生をいじめた奴らがいるんだと」

「あっ、飯田君のことだね、そういえば昨日、泥だらけだった」

「福、お前も手伝え!」新開が言った。

「わかった!」

「よし、そうと決まれば今から大林のところへ行くぞ!」

「おお!」

福は、なんだかウキウキしていた、これは試合じゃない、勝つためにやらなくてもいいんだ。



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