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第5話:三田村工務店とその主

 扉を開けた一行を出迎えたのは、外にある町工場のような光景だった。外に出たのかと思ったが、そうではない。店の軒先だけが切り取られたようにそこにあり、周囲の壁は全て、その周辺の風景を絵で描かれているようだ。広さは、10畳ほどといったところか。

 天井付近を見てみれば、『三田村工務店』という看板が上がっている。屋根の下に入ってみれば、加工された木材があちらこちらに積まれている。その木材の上に、あの少年の姿をした人形がちょこんと座っていた。イツカが小突いて、地面に転がす。特に面白そうなものもないからか、代わりにアイナが木材に腰かけた。

 部屋の中には作業机があり、その前の椅子に、一人の初老の男が座っていた。宙に目を向け、紫煙をくゆらせている。

 サトウが声をかける。

「やぁ三田村さん。ここはどんな場所なんだい? 私達は急にここに飛ばされちゃってね」

「ん、あ? 知らねぇ顔ばっかだな。なんで俺の名前知ってんだ?」

「ここに入ってくる前に、看板がかかっていたからね」

「んぁ、そうか、そうだったな。俺ぁここの大工で、三田村源蔵ってんだ」

 ヤマジが源蔵に問いかける。

「いや、少し道に迷ったみたいでね。外に出たいんだけど、出口はどこだい?」

「出口ならテメェらが入ってたとこから出りゃあいいってもんだが、そういう話じゃねえんだろうな。とはいえ、あいにくここにゃその扉しかねぇよ」

「ここは出入り口であって、出口じゃない」

「なるほど、確かにお前さんの言う通りだ。ならここにゃ出入口一つっきりだな」

 サトウの指摘に頷くと、源蔵は煙草の火を消した。

「三田村さん、この業界始めてどのくらいです?」

「そうさなぁ、中卒と同時に棟梁(かしら)んとこ行ってたから、ざっと四十年か?」

「何か異変に気付かなかったかい? 私達は大きなホテルのロビーみたいなとこからここに来たんだ」

「そうさなぁ――」

 とやりとりをしていたところ、視界の端に気になる影が映った。目を向けると、先ほどホールに出てきたような黒い煙が、部屋の隅から立ち上っている。

「また煙、こんどはいったい何が」

 一ノ瀬の言葉に、誰もがその煙に注目する。長い舌に青黒い体色の異形が飛び出してきたように見え、サトウとアイナは恐怖を感じた。

 他の面子は、すぐに正体に気付けたようだった。

「なんだ、絵か」

「いい趣味ね」

「むっ……これは、トリックアートってやつか」

「絵、なの……?」

 周りに言われ、アイナが呟く。サトウも落ち着いて見てみると、飛び出して見えるだけの絵であると気付いた。その絵はやがて水に洗い流されるかのように静かに消えていった。

「三田村さん、あんな絵を飾る趣味でもあるのかい?」

「あんな悪趣味なもん飾る趣味なんざねぇよ。今初めて見たわ……大方あのクソガキの仕業じゃねぇのか?」

「あぁ……それで説明がつく。貴方は普通にここで作業をしていたようだが、あの扉がこの店に繋がった感じか」

「というか、店の一角がそのままここに持ってこられちまった感じだな。『協力依頼』とかいうふざけた文書を見た途端にこれだ」

「ほう、私にも招待状が届いてね。気が付いたら扉の向こうのホテルのロビーだ」

 源蔵と話していたサトウが、扉の方を見やる。豪奢なホールの様子が小さく見える。

「へぇ、そっちは『招待状』かい。ってぇことは、お前さんらは『客』になるわけだ。そうなると俺は……エキストラ、奴の企みに組み込まれた駒ってことになるのかね」

「鬼ごっこ、とか聞いたぞ」

「ふむ、だが鬼役を与えられてるわけでもないな。ここで好きにしてろって感じだったし」

 ヤマジの言葉に応じる源蔵。思ったよりも大掛かりかつ大胆なことを色々としでかしているらしい。小僧の人形を拾い上げながら、サトウが言葉を漏らす。

「へぇ、あのガキは何でも出来るんだなぁ……」

 そこでイツカが、源蔵に問いかけた。

「おじさま、もし良ければその『協力依頼』とやらを私達にも見せてくださらない?」

「あぁ? あんなふざけたもんとっくに燃やしちまったよ」

「そう。ならあのクソガキにお灸を据えるのに手を貸してくださらないかしら?」

 イツカの提案に、源蔵は渋い顔をした。

「そいつぁ願ってもない話だがなぁ嬢ちゃん。正直アイツに関わってもろくなことねぇんだよ」

 心底うんざりしているような様子に、サトウは共感を覚えずにはいられない。

「それによ、俺はどうやらアンタら『客』とは違うらしい。つまり奴ぁ俺に、何かしらの役割を持たせてるんだろう。そいつを考えてからの方が、賢明だと思うがね」

「そう。仕方ないわね……」

 イツカと源蔵がやりとりしている間、サトウは改めて部屋の中を見る。床にはノコギリやカンナ、コーキングガンといった工具類が無造作に転がっている。作業机の上には、彫りかけの龍と彫刻刀、そして灰皿。

「三田村さん、その龍は、あんたの作品かい?」

「あぁそうだよ、趣味なんだ。まだ始めたばっかだがね」

「それならいいんだ。ガキが何か仕込んでいたかと疑ったが、どうやら違うらしい。すまなかった」

「あぁ、構わねぇよ」

「では、そろそろ別の部屋を探索しにいかないかい?」

「確かに、他の部屋も調べてみないことにはね」

 一ノ瀬、ヤマジの言葉に従い、ホールへ出ることにした一行。その旨を告げると、源蔵は二本目の煙草をくわえながら手を上げた。

「おう、好きにしな。奴が何を仕掛けやがったか知らんが、どうにかなるといいな」

「また、『来るわ』おじさま」

「ふん、何もねぇ作業場で良けりゃあ来るがいいさ」

 イツカの挨拶を最後に、一行はホールへと戻っていった。


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