第3話:ゲームスタート
場が一息ついたところで、文太が手を打ち鳴らす。何事もなかったかのように、再び言葉を紡いでいく。
「さて、では改めてルール説明だ。今回のゲームはタグ・ゲーム。つまりは鬼ごっこだね」
「鬼ごっこだって?」
「鬼ごっこ……たのしそう」
「老体には辛いな」
ヤマジ、アイナの反応に続き、眉根を寄せたサトウが呟く。若干二十歳のアイドルも、困惑したような顔を見せている。
「すまない、私は一応足を怪我しているのだが、それでも鬼ごっこしなくてはならないのかい?」
「うん、まぁ、一応鬼ごっこって名前にしたけど、そこまで走り回るようなもんでもないと思うから、大丈夫だと思うけどね。そうそう、それで今回の鬼ってのは……こいつだぁ」
ワン、ツー、スリー、と素早くカウントする文太。その言葉に応じてか、水晶玉の中の巨大なサイコロが勢いよく回転を始めた。様子をじっと見ていたサトウだったが、運悪く気付いてしまった。
回転するサイコロの残像の奥に広がる、黒い闇。そこから青黒い体色の何かがこちらを睨みつけていることに。
「……」
「あれは……?」
「ん、どうした?」
「何かあった?」
「どうしたんだい?」
アイナの不思議そうな呟きに、大人三人が首を傾げる。この三人には、見えていなかったのだろうか。
「まさか、さっきのでかい化物が鬼なんじゃないだろうな」
ヤマジが漏らした言葉と同時に、サイコロが動きを止めたらしい。しかしそちらを気にする間もなく、一ノ瀬が声を上げた。
「煙!?」
一ノ瀬が示す方に目をやる。水晶サイコロの左奥、鏡張りの壁と左側の壁でできた角から、黒い煙のようなものが噴き出している。ヤマジが火災と判断したか、口と鼻を手で覆っている。同じようにしつつ、サトウはホールの天井近くを見ていく。非常口を示す標識を探したが、そんなものは見当たらない。
再び火点と思しきところに目を向け、サトウは動きを止めた。そして息を飲んだ。
黒い煙の向こうから、何かが姿を現した。鋭く伸びた注射針のような舌を先頭に、顔、首、足と姿を現してくるその異形。青黒い体色をしており、その目はこちらを睨みつけるように鋭い。
先刻サイコロの向こう側に見た異形かと目を見張ったサトウ。しかしすぐに、違和感を覚えた。
「ぐっ……ヒグマと出会ったときよりも体が震えるぞ……」
「これが……本物の神様ってこと……?」
ヤマジとアイナは、どうやら本当の化物と思い込んでいるらしい。サトウとアイナが、種明かしをする。
「お嬢ちゃん、神様ってーのは、都合のいい時にしか見えないんだよ」
「アイナちゃん、アレをよく見てごらん。ハリボテだって気付かないかい?」
そう、煙の奥から出てきた化物は、ただのハリボテに過ぎなかった。ベニヤ板や紙、竹ひごなんかで形を作り、それなりの色を塗っただけのまがいもの。
「ハ、ハリボテだって?」
「パネルだから、光が反射してるだろ?」
言われて二人も、ようやくそれがただの虚仮威しだと気付いた。
「神様…神様……あ、ほんとうだ……なんだ、違ったのか……」
残念がる狂信者をよそに、ハリボテは一ノ瀬の傍を通り過ぎていく。反対側の角まで進んでいくと、そこで煙のように消えてしまった。
呆気に取られる四人。一人イツカだけが、忌々しげに文太を睨みつける。
「アッハハハハハ!! いいねいいねぇ、いいリアクションだよ皆さん方!!」
楽しそうに笑いながら、どこからともなくガイコツマイクを取り出す文太。どこか不思議な響きを残すビートが、ホールの中に流れ出す。
「文太君。もしかして君はさっき消えたアレと鬼ごっこさせる気なのかい?」
一ノ瀬の問いかけにニヤリと笑うと、文太はタイミングを計って口を開く。
※
ウェルカムトゥマイトイボックス ここで仕掛けるボクの謀略
君たちにできるか攻略 問われる皆の[知能]
命ベットして[生きるか死ぬか] 死にとうないなら思考なさい
中央のダイスか出てくる[怪物] 見事制してごらんなさい
※
齢十一の少年がノリノリで紡ぐリリック。ラップを歌い終えると、文太はマイクとポーチの中身を持ち替える。
「とゆーわけで、みんなの奮闘楽しみにしてるよ。まったねー」
マッチで導火線に火をつけ、足元に落とす。そこから噴出する煙が、文太の姿を隠していく。やがて煙が晴れると、そこに彼の少年の姿はなかった。高さ五十センチほどの、少年を模した人形が横たわっているだけだった。
「にんじゃみたい」
「ふざけたガ――子供ね……覚えてなさい」
「煙玉とは」
「あぁ。そしてあれだけやって何もないなら、煙感知器や非常ベルも無し、と」
狐につままれた気分を感じつつ、彼らのゲームは幕を開けた。
本シナリオにおいては、文太君がノリノリでラップを歌います←
その際のビートについては、以下の音源を参照しております。↓
ラップビート "Champion" Prod. K3NTA
https://www.youtube.com/watch?v=wegBElfYuU0