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第2話:主催者のご挨拶

「ええと、どういうことかまるでわからないのだけど、どうやら夢ではないようだ。僕はヤマジというもので、猟師をしている」

「私は一ノ瀬咲夜だ。歌手としてテレビで私の事を見たことはないかい?」

「あーっ! 確かにテレビで見たことがあるぞ!」

「私はイツカ。同じく状況がよくわからないのだけど?」

「アイナ……九さい、です……」

 各々が名乗り、挨拶する。初老の男サトウは、彼らの様子を傍からじっと眺めていた。目の前にいる面々と、記憶の中の情報を擦り合わせていく。ハンチング帽に手を添え、興味深げに目を細める。

「おやおや。これはこれは……どこぞの危ない宗教の狂信者と、殺人者として容疑者に上がるが証拠が不十分の女。それにアイドル……」

 アイナ、イツカ、一ノ瀬と見やりながら呟く。それを聞きつけたイツカが、深い闇のような眼をこちらに向けてきた。

「あら、詳しいのね?」

「職業柄……ね」

 元部下から殺しの犯人(ホシ)かもしれないと聞いている女に、あまり身の上を明かすものじゃあない。

「探偵かい?」

「似たようなものさ」

 もちろん並みいる一般人にも明かすようなものじゃあない。興信所職員という身分は、世間から歓迎されづらい側面もあるのだから。変に誤解されて、猟銃を向けられたくもない。

「ふぅん――」

 何か言いたげなイツカの様子を窺っていたところで、ふと視界の端が気になった。巨大水晶の影に目を向けると、一人の少年が姿を現した。

「レディースアーンドジェントルマーン。ようこそボクの玩具箱へ」

 バンダナを頭に巻き、身軽そうな印象を与える少年。飄々とした様子で、こちらを見透かしてくるかのような嫌な笑みを浮かべている。

 谷原文太。

 自らの口をもって名乗るだけある、【天下御免の悪戯小僧】だ。

 サトウの警戒、その度合いが一気に高まる。この少年がうろつくおかげで、何度仕事の障害となったことだろう。たまにこちらに協力的なこともあるが、やはりベイカー・ストリート・イレギュラーズのようには思えない。とかく憎たらしい少年なのだ。彼は。

「おやおや、シュレーディンガーの様なクソ――お坊ちゃんじゃないか」

 好々爺然としたサトウでも、思わず本音を漏らしそうになる程度には。

「で、出たー!」

「……」

「あ、谷原お兄ちゃんだ! 今のは……新しいマジックかな?」

「久しぶりじゃないか! 元気かい?」

 どこか怯えたように叫ぶヤマジに、胡散臭そうな目をしているイツカ。比較的年上の彼らの反応は、自分と近しいものである。

 しかし若年である他二人の態度は、むしろ少年に好意的と感じられた。おそらくは関わり方の違いであろう。

 反応一つで、どのような印象を持っているか、どのような関わり方をしてきたか、こうまで如実に、対照的に表れる人物というのも稀有なものだと感心する。

「おやおや、どこぞで見たような顔ばかり。うん、ごらんの通りピンピンしてますよ」

 さっとこちらの顔を確認し、一ノ瀬の問いかけに答える。仕切り直しとばかりに手を打ち鳴らし、言葉を続ける。

「さて、まずは皆さん方の疑問に答えるとしよう。なぜこんなところにいるのか? それは『招待状』が行ったから。つまりはボクが『招待』したからだ。何に、何のために? ボクが作ったゲームに、プレイヤーとして、だ。どんなゲームかというと――ハックシュン!!」

 一人舞台のように滔々と喋っていた文太の、不意なくしゃみ。


 ――刹那、誰もが目を疑った。


 少年の姿が揺らいだかと思うと、人の背丈を大きく超える異形の姿が目に映ったのだ。

 鉤爪のついた手のような器官が、肉塊の中で蠢いている。顔があるべき部分にそれはなく、代わりに血の如き赤色をした触手のようなものが天高く伸びていた。


 あっと思った次の瞬間には、その怪物の姿はどこにもなかった。軽く鼻の下を擦っている少年が立っているのみ。

 ほんの一瞬の出来事だったが、サトウの目にはこの世ならざる怪異の姿が鮮明に刻まれた。あのような怪異の存在を、サトウは知らなかった。いや、知りたいとも思わない。アレは人を狂わせる存在だろう。知れば知るほど、近づけば近づくほど、人間ではいられなくなるだろう。そう確信させるだけの何かが、かの異形の姿にあった。

(……長年生きてるが、不思議なこともあるもんだ)

 とはいえ年の功と言うべきか、サトウの反応はかなり落ち着いたものだった。

「うわぁ、化け物!?」

「――」

 ひきつった声で叫ぶヤマジと、絶句する一ノ瀬。まぁ、どちらも正常な反応だろう。

「――っ!? 誰!! ……もしかして、神様……?」

 かの異形に対し神と称するこの幼女は、噂通り精神に問題があるのかもしれない。しかし取り乱してあらぬ行動に出ないだけ、今この場ではマシな方と言えた。

 問題は、残る一人。

「あ、あああ……」

 瞳孔を開き、頭を抱えて呻くイツカ。一見恐怖に慄いているようにあるが、そうではなかった。

 何かに触発されたような、溢れ出す感情を抑えきれないでいるような印象を、サトウは見てとった。その口元は、徐々に口角が上がっている。

「ど、どうしたんだい? 急に叫んで」

 近くにいた一ノ瀬の問いかけにも、応じることはない。

 そして彼女は、感情に流されたようだ。

「ああぁぁ……殺したい……コロシタイ……あ、あああああ」

 袖に隠し持っていたらしい大振りのナイフを片手に、ふらりふらりと歩き出す。驚く暇もあればこそ、彼女の視線の先には、あの少年――。

「おっと失礼――ハァイストップ。そこのお姉さん、その物騒なもん下ろしなさぁい」

 話を中断したことを詫びを入れた文太。迫りくるイツカに気付いた後の動きは早かった。ウェストポーチからスリングショットを取り出し、撃ち放つ。パン、と、ともすれば銃声にも似たような破裂音が、イツカの足元から響く。かんしゃく玉を床に打ち付けたということか。

「ッ――! ……あ、あら……」

 そしてその強烈な音により、イツカは正気を取り戻した。周囲の様子を見て、しまったというような表情で口元を押さえている。

 安堵の溜息と共に、投げつけようとしていたバッグを下ろすサトウ。見れば同じくショックを与えようとしていたのか、ヤマジがライフル、アイナがスタンガンを下ろし構えを解いていた。

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