第1話:玩具箱へのご招待
朝。起床して朝食をとり、歯を磨いて服を着替える。この日もヤマジは、常と変わらぬルーティーンの中で時間を過ごそうとしていた。
十徳ナイフやドッグタグ、ライター、防刃ベスト、くくり罠と、必要な準備を整えていく。一通り揃えたところで、彼は壁に掛けられていたものに手を伸ばした。
二十二口径ボルトアクションライフル。猟師である彼にとっては相棒ともいうべきものだ。
点検を済ませてベルトに肩を通す。支度を終えたところで、もう一つの相棒である狩猟犬の様子を見ようと玄関口に進んでいく。
すると扉についている郵便受けの中に、一通の封書が入っているのに気付いた。手に取ってみると、表には『招待状』とある。裏を確認してみると、差出人は『谷原文太』とあった。
「……アノ子からってだけで嫌な予感しかしないんだが」
苦々しげに、思わず呟く。
谷原文太。この辺りの住人で知らぬものはないであろう稀代の悪戯小僧である。悪知恵に関しては大人顔負けの知能を発揮し、飄々とした言動で誰も彼もを手玉に取っているクソガキなのである。
かくいうヤマジも、文太には何度も翻弄されている。いずれも犯罪のレベルにはならないようなものであり、たまにこちらの利になるようなことをやってきたりもするのがなんとも歯がゆいところである。
そんな少年が差出人なのだから、ヤマジはまず何かの悪戯ではないかと警戒した。開けた瞬間にばね仕掛けが飛び出してくるとか、けたたましい笑い声が響くとか、あの小僧ならやりかねない、いや、十中八九してくるはずだ。
そうしてペタペタと触ってみたが、特におかしなものが入っている様子はない。普通に紙が入っているだけの封書のようである。
「ふむ……手紙しか入っていないみたいだし、開けてみるかな」
まだ気後れするところがありながらも、封書を開けて中身を確認した。
『ハァイ皆さんごきげんよう。
はいそこ、しょっぱなから胡散臭いとか言わないの。子どもの言うことには耳を傾ける余裕がなきゃダメだと思うよ?
まぁそれはそれとして。今回差し上げたのは招待状。
ボクの新しい玩具箱、そのお披露目にご招待ってわけ。
皆のリアクション、楽しみにしてるよ。
では、ウェルカム トゥ マイ トイボックス!! ハバ ナイスデイ!!』
こちらを見透かすようなあくどい笑みを浮かべ、やや大仰な身振りと共にノリノリで喋っているのが容易に想像できてしまう。そんないかにもな文章に、思わず苦笑を浮かべてしまう。
「いやはや、これはこれは。相も変わらず胡散臭い」
手紙の雰囲気に飲まれかけたヤマジだったが、そこで自分は犬の様子を見に行くのだったと思いだした。
手紙のことは後で考えよう。
そう思いながら封筒ごとポケットに突っ込み、ドアを開けて一歩を踏み出す。
――そしてヤマジは、奈落に落ちた。
「っ!?」
そこにあるはずの地面はなく、あっと思ったときにはもう、その体は闇に飲まれていた。落ちる先は、無限と思しき黒の空間。どこまでもどこまでも、このまま落ち続けるのではないか。そんな状況の変化に耐えかねたか、彼の意識は次第に遠のいていった。
「――ハッ! ここは?」
肌に触れる馴染みのない感覚。飛び起きたヤマジの目に入ってきたのは、豪奢な装いの大広間だった。緻密に織り込まれた絨毯が、床一面を埋め尽くしている。照明や色調によって表現される荘厳さは、一庶民にすぎないヤマジを気後れさせる。
まるで高級ホテルの中にあるパーティ会場のような場所。何気なく壁に目を走らせていると、自分自身と目が合った。どうやら1面だけ、壁の全てが鏡張りになっているらしい。そうなると部屋の大きさも、最初の感覚の半分ということになるだろうか。それでもかなりの大きさを持つ部屋であることは間違いない。
その鏡張りの壁のすぐ手前、部屋の中央に、ひときわ目を引く置物があった。人の背丈を越える大きさの水晶玉が、同じく巨大な台座に乗せられている。透明な球の中には、これまた巨大なサイコロが封じられていた。
その圧倒的な存在感に、思わず釘付けになる。
「でっか……」
「あれは……普通ではないね。あのサイコロもおかしな大きさだ」
不意に聞こえてきた声で気付く。この場にいるのは、自分だけではないのだと。